今日は私がお兄さんを独り占めするんだから、もっと早く来てくださいね?(短編小説・前編)※18禁のため閲覧注意

  *

「もう、遅いですよ!」
「あはは……ごめん」
 待ち合わせ場所にやってきた俺を待っていたのは、少し怒った様子の彼女だった。
「今日は私がお兄さんを独り占めするんだから、もっと早く来てくださいね?」
「わかったよ。努力する」
「それじゃあ、行きましょうか!」
「ああ、そうだな」
 俺たちは並んで歩き出す。
 今日、俺と彼女は二人でデートをすることになっているのだ。
(まさか、俺がこんな可愛い子とデートすることになるなんてな……)
 正直、今でも信じられないくらいだ。
 でも、これは現実で……俺は今、夢のような時間を過ごしているのだった。
「……お兄さん? どうしたんですか?」
「え? あ、いや、何でもないよ」
「そうですか……? それならいいんですけど……」
 不思議そうに首を傾げる彼女に、俺は慌てて首を振る。
「それにしても、本当にいいのか? せっかくの休日なのに、俺の用事に付き合わせてしまって……」
「もちろん、構いませんよ。それに、私としてはむしろ、嬉しいくらいですから……」
「え……?」
 最後の方は声が小さくて聞き取れなかったが、彼女が嬉しそうだったので良しとしよう。
「それより、早く行きましょ? せっかく時間を作ってもらったんですから、たくさん楽しみたいです!」
「それもそうだな。よし、行こうか」
 こうして、俺たちは街へと繰り出した。
 まずは、彼女の希望で服屋に向かうことになった。
「どうですか? 似合ってますか?」
 試着室から出てきた彼女が、恥ずかしそうにしながら聞いてくる。
 その服装は、白いワンピースの上に水色のカーディガンを羽織っていて、清楚な雰囲気を漂わせていた。
「うん、すごく似合ってるよ」
「ほ、本当ですか!?」
「本当だよ。嘘だと思うなら、店員さんにも聞いてみるといい」
 俺の言葉に、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせる。
 そして、すぐにまた試着室に戻っていった。
 それからも、色々な店を見て回ったが、その度に彼女が試着をして、感想を求めてくるので、俺はそのたびにドキドキしていた。
 しかし、それだけ楽しい時間が過ごせたのだから、決して悪いものではなかったと思う。
「ふぅ……さすがに疲れたな……」
「そうですね……ちょっとはしゃぎ過ぎちゃいました」
 あれから、しばらく街を歩き回った後、休憩のために公園のベンチに腰掛けると、彼女が照れたように笑った。
 俺もつられて笑いながら、飲み物の入ったペットボトルを差し出す。
「ほら、これ飲んで」
「あ、ありがとうございます……」
 俺から受け取ったそれを口に含むと、彼女はほっと息を吐いた。
 その様子を見ながら、俺も水を口に含む。
 冷たい水が喉を潤していく感覚が心地よかった。
「お兄さん……」
 ふと、彼女がこちらを向いて口を開いた。
 その顔は赤く染まっているように見える。
「ん? どうした?」
「あの……一つお願いがあるんですけど……」
「俺にできることなら何でも言ってくれ」
「えっとですね……私のこと、名前で呼んでほしいんです……」
「え……?」
 予想外の言葉に、思わず固まってしまう。
 そんな俺を見て、彼女は慌てたように手を振った。
「ご、ごめんなさい! やっぱり、今の忘れてください!」
「ま、待ってくれ!」
 走り去ろうとする彼女の腕を掴んで引き止める。
 すると、彼女は驚いた顔で振り返った。
「え……?」
「あ、いや……その、別に嫌ってわけじゃないから、そんなに慌てなくてもいいぞ?」
「ほ、本当ですか……?」
 不安げに聞いてくる彼女に、俺は笑顔で頷いた。
「ああ、本当だ」
「……それじゃあ、お願いしますね?」
「わかった。それじゃあ、改めてよろしくな、結愛ちゃん」
「はい……! こちらこそよろしくお願いします、和真さん!」
 こうして、俺たちの関係は少しだけ変わったのだった。

  *

「今日は楽しかったですね!」
 帰り道、隣を歩く結愛ちゃんが弾んだ声で言った。
 その表情はとても満足そうで、見ているこっちまで嬉しくなってくる。
「そうだな。久しぶりにこんなに遊んだ気がするよ」
 最近は色々と忙しくて、なかなか遊ぶことができなかったからな……。
 そういう意味では、今日、こうしてデートができたのは良かったのかもしれない。
「私もです。だから、今日はとっても幸せでした」
 そう言って微笑む彼女を見ていると、なんだか俺まで幸せな気分になった。
 それと同時に、彼女と出会えたことに感謝したい気持ちになる。
(これからも、この子と一緒にいられたらいいな……)
 そんなことを考えながら歩いていると、不意に彼女が立ち止まった。
 不思議に思って振り返ると、彼女は少し緊張した様子で口を開く。
「そ、それでですね……今日のお礼と言っては何ですが、私の家に寄っていきませんか?」
「え……? それって、もしかして……」
「はい……お泊まりですよ」
 彼女の言葉に、一瞬思考が停止した。
 今、この子は何て言った? お泊まり……つまり、一晩一緒に過ごすということか!? それはまずいだろ!? いや、もちろん俺だって男だし、そういう欲がないとは言わないけど……さすがに早すぎるというかなんというか……。
「や、やっぱりダメですよね……」
 俺が黙り込んでいると、不安そうに目を伏せながら呟いた。
 それを見て、慌てて首を横に振る。
「そんなことないよ! むしろ、俺の方こそいいのかなって思ってたくらいで……」
「ほ、本当ですか!?」
「あ、ああ」
 頷くと、彼女の顔がぱあっと輝いた。
 その嬉しそうな様子に、思わず頬が緩んでしまう。
「それじゃあ、早速行きましょうか!」
 俺の手を取ったかと思うと、そのまま引っ張って歩き出す。
 そんな彼女の行動に驚きながらも、俺はされるがままになっていた。
(まあ、いいか……)
 楽しそうに笑う彼女を見たら、細かいことはどうでもよくなってしまったのだ。
 こうして、俺たちは手を繋いで、仲良く帰路についたのだった。

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