瑠璃という名の少女 第9話

ゲームセンターを後にした俺たちは次にどこに行こうかと考えていると、瑠璃が思い出したように言ってきた。

「そうだ! 行きたい場所があるんですけどいいですか?」

もちろん構わないと答えると、彼女は嬉しそうに微笑んでから俺の手を引っ張って歩き出した。そして、辿り着いた場所は映画館だった。それもカップル専用と書かれたチケット売り場の前である。まさかここに連れてこられるとは思ってもいなかったので驚いていると、彼女は財布を取り出しながら言った。

「この映画なんですけど、前に観たいって言ってましたよね?」

そう言われて思い出したのは少し前のことだ。確かに彼女と映画の話をした時、こんな内容のものが見たいと言った記憶があるのだが、それを覚えていてくれたらしい。そのことを嬉しく思いながらお礼を言うと、彼女は照れたように笑いながら言った。

「いえいえ、気にしないでください♪」

それから映画が始まるまでの間、二人で色々な話をしていたのだが、その時に気付いたことがあった。それは普段よりも彼女の口数が多かったことである。普段はどちらかと言えば無口な方なので珍しいこともあるものだと思っていたが、それだけ楽しみにしてくれているのだと分かったことで自然と頬が緩んでしまう俺なのだった。

上映が終わると、俺たちは近くのカフェで休憩することにした。飲み物を飲みながら先程の映画について話していると、不意に彼女が尋ねてきた。

「どうでしたか?」

「面白かったよ。付き合ってくれてありがとう」

「ありがとうございます! でも、こうしてあなたの口から直接聞けて良かったです♪」

本当に嬉しそうだったのでこちらまで幸せな気分になったところで、そろそろ帰ることにするのだった。

帰り道を歩いている最中、瑠璃が不意に手を繋いできたので驚いてしまった。そんな彼女の様子を見た彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら聞いてきた。

「もしかして……緊張してるんですか?」

「いや……そういうわけじゃないけど……急にどうしたんだ?」

「えっとですね……こうした方がもっと恋人らしくなれるかなって思いまして……」

そこまで言って恥ずかしくなったのか、彼女は顔を俯かせてしまうのだった。そんな彼女を見つめながら思ったことはただ一つ――。

(かわいすぎるだろっ!!)

心の中で叫んだ後で再び彼女のことを見ていると、視線に気づいた彼女が顔を上げてこちらを見つめてくる。その仕草にドキッとしながら顔を背けると、彼女は不思議そうに首を傾げた後でまた前を向いて歩き始めた。それからしばらくの間沈黙が続いたが、不意に彼女が立ち止まったかと思うとゆっくりと振り返った。その表情はどこか不安そうなものだったのでどうかしたのかと尋ねると、彼女はか細い声で呟いた。

「あの……私たちって周りから見て恋人同士に見えるでしょうか……?」

突然の質問の意図がよく分からなかったものの、とりあえず答えることにした。

「まぁ……多分そう見えるんじゃないか?」

「本当ですか? それならよかったです……」

安心したように胸を撫で下ろす彼女を不思議に思っていると、今度はこんなことを言い出した。

「それで……その……これからなんですが……」そこで一度言葉を区切ってから続けた。

「これからは、こうやって二人きりの時だけ……名前で呼んでもいいですか……?」

「名前……? でも、俺は記憶喪失で自分の名前も覚えてないんだぞ?」

「はい、分かってます。だから私が決めました。あなたの名前は玻璃です」

「……どうして、その、『はり』という名前なんだ?」

「瑠璃も玻璃も照らせば光るって、ことわざで言うじゃないですか。だからあなたにぴったりだと思ったんです。だって、私の名前は瑠璃ですし、対になってるかなあって」

「……そっか」

その説明を聞いて納得した後、彼女の目を見てハッキリとした口調で言った。

「いいよ、好きなように呼んでくれて構わない」

俺がそう言うと、彼女は満面の笑みを浮かべた後で言った。

「これからもよろしくお願いしますね……玻璃さん♪」

その甘い囁きに全身が痺れるような錯覚を覚えた直後、頬に柔らかな感触を感じた俺は動揺のあまり言葉を失ってしまっていた。

帰宅した俺たちはいつものように一緒に過ごすことにしたのだが、その時にふと気になったことを聞いてみた。それは先程言っていた呼び方のことだった。試しに呼んでみてくれないかと言うと、彼女は頬を赤らめながらも了承してくれたので期待を込めて待っていると、不意に名前を呼んでくれた。

「玻璃、さん……!」

やはり少し恥ずかしいのか、名前を呼ぶだけで精一杯のようだったがそれでも嬉しかったので笑顔で頷くと、彼女も嬉しそうに笑ってくれるのだった。

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