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となりの敷地の神白さん:第八話【人形焼き】

となりの敷地の神白さん:第一話【天ぷら①】

前話⇒となりの敷地の神白さん:第七話【いとこ煮】


「そういえば、笹森さんってお隣さんの名前とか知ってるの?」

職場のお昼時間。

寿さんが、残り少なくなったカットレタスの袋を片手に、私に聞いて来た。
相変わらずの寝癖をそのままにした短髪は、毛先がはねている。

午後から商談なのか、今日はいつものパーカーでは無くワイシャツを着ている寿さんは、なんとなく新鮮に感じる。

「知ってますけど、どうしたんです?」
「いや、赤の他人にそんなに世話を焼ける人ってどんな名前なんだろうと思って」

何気に失礼な言い方では無いだろうか。
寿さんの言い方に若干引っかかりを感じたが、相変わらずの気怠げな様子に「単純な興味本位で聞いている」と気付く。
そういえば、この人は嫌味を言うような人では無い。素直に教えることにしよう。

「神様の神に白いで神白さん、です」
「神に白い?なにその神々しい名字」

私が若干どや顔を意識しながら伝えると、寿さんの眠そうな目が珍しく大きく開く。
神々しい。言われてみれば確かにそうかもしれない。
しかし、寿さんの「寿」という名字も同様では無いだろうか。

「いや、寿も相当神々しいと思いますけどね……?」
「いやあ、神には勝てないっしょ」

寿さんにしては珍しいまじめな顔と、その一言が無性に面白いと感じた瞬間、むせた。
丁度口に運んだお茶が、変なところに入ったらしい。

「ちょ、大丈夫?」

むせる私のことを、寿さんが心配する。
……が、口元が笑っているのでそこまで深刻には考えていないようだ。
実際、すぐに治まってくれた。

「はあ……大丈夫です。面白すぎてむせました」
「ごめん、至って真面目だったんだけど」
「いやいや、絶対笑わせに来てましたよね?」
「そんなこと無いよ。勝手に笹森さんが面白がってくれただけで」

寿さんがわざとらしく肩をすくめると、そのタイミングで、会社の携帯が鳴る。

「あ、お客さんだ。じゃあ俺、このまま出ちゃうから。行って来ます」

携帯の名前を確認すると、寿さんが立ち上がる。
私に向かって口早に言いながら、いつの間に綺麗に畳んでいたのか、カットキャベツの袋をゴミ箱に放り投げる。

「はい、お気を付けて」

寿さんを見送ったあと、「神には勝てない」発言を思い出して笑いそうになり、咳払いでごまかした。


ー ー ー


後日の仕事帰り、神白さんにお礼のお菓子を持って行くと、丁度紙袋を片手に持った神白一(はじめ)さんに会った。

「おや、ちょうど良かった」

神白さんは、心なしかいつも以上に上機嫌な気がする。

「何かあったんですか?」
「うん。スーパーで人形焼きが売っててね。笹森さんもどうかなあと思って持って行くところだったんだよ」
「そうだったんですか? すみません、ありがとうございます」

慌てて神白さんに駆け寄ると、紙袋には『熊本県』の文字が印刷されている。

「九州の物産展がやっててね」
「へえ!そうなんですね」
「たまに東北の物産展もやるんだよ」
「え……! そうなんですか。それは気になりますね」

現在関東在住の私だが、ひとり暮らしをはじめるまで、ずっと東北で育って来た。
こちらでどんなものが売られているのか、興味がある。

「ここから自転車で20分くらいのスーパーなんだけどね。もう少しあたたかくなった時にまた物産展があったら、良かったら一緒に行ってみる?」

予想外のお誘いに、社交辞令なのか本気なのかを考える。
神白さんは、いつも通りのほのぼのとした微笑みを称えている。

「そうですね……。はい、良いですよ!是非お供させて下さい」

少し考えるが、社交辞令であったとしても、行きたいか行きたくないかであれば、行きたいという結論に至ったので、了承した。
ただ、神白さんと私、二人でサイクリングをしているのは、我ながら不思議な状況だなあとも思う。

「良かった。じゃあ、そのときはまた声をかけるから、よろしくね」
「分かりました。楽しみにしてます」

不思議な状況だと認識しつつも、私自身は楽しみに感じているのだから、今はそれで良いだろう。

「あ、そうだ。これ、いつもお世話になっているので……」

そう思ってから、持っていたお菓子を手渡す。
最近お気に入りの、たまごボーロだ。
工事部の人にオススメされて買ってみたら、美味しくてハマってしまった。

「お世話になってるのはこっちなんだけどなあ。ありがとね」
「いえいえ、こちらこそ」

その後少し世間話をして、神白さんと別れて帰宅した。


紙袋の中の人形焼きは、熊本県のマスコットキャラクターである、有名なクマだった。
こちらを見つめる可愛らしい顔に、癒やされる。

一口食べると、カスタードのやわらかくも甘い香りが口の中に広がった。
寒い季節に食べる人形焼きの特別感は、いったいなんなのだろうか。

早くあたたかくなることを願いつつ、私はカスタードの余韻を楽しんだ。

⇒となりの敷地の神白さん:第九話【ジャスミン】


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