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となりの敷地の神白さん:第七話【いとこ煮】

となりの敷地の神白さん:第一話【天ぷら①】

前話⇒となりの敷地の神白さん:第六話【きな粉の型なしタルト②】


竹庭建設で事務全般を担当している私にとって、月末月初は忙しい。
土浦さんと一緒になんとか乗り越える日々で、気持ちが鬱々としていたそんなある日。
重い足取りでアパートへ帰宅すると、横から明るい声に話し掛けられる。

「笹森さん」

ハッとして目を向けると、神白ともえさんがこちらに向けて手を振っている。
話しかけられたことにより仕事脳だったものが強制的に切り替わるが、「もうアパートだったのか」という考えがよぎった自分自身が少し心配になる。

ともえさんは、ダークグレーに白地の花柄が映えるロングTシャツに、ジーンズを履いており、その上から桃色のダウンベストを羽織っている。
まだ寒い冬の期間なのだが、足下はサンダルだ。

「おかえりなさい。お仕事だったの?」
「ええ、そうなんですよ。月末月初とお手伝いで大変です」

人手が足りていない会社あるあるだと思うのだが、竹庭建設ではそれぞれが、自分のメイン業務の他に様々な業務を兼任している。
例えば私だと、事務関係全般に、設計補助。
土浦さんは経理と秘書。寿さんは設計営業とサイト運営だ。
最近、私の方に寿さんのサイト運営がはみ出してきており、戦々恐々としている。

「あんまり無理しないようにね。そうそう、この前頂いたタルト、美味しかったよ。ありがとね」

そういえば、きな粉の型なしタルトを作ったのは2週間ほど前だった。
2週間で精神状態はここまで変わるものなのか。仕事とは恐ろしい。

「いえいえ、お口に合ったなら良かったです。ホッとしました」
「ふふ、ごちそうさま」

ともえさんの笑顔を見て、作って良かったと心から思う。
あたたかい感情が心の中に広がっていく。
仕事で追い詰められ、負の感情で満たされていたさっきまでの心境が嘘のようだ。

「それでね、うちのお父さんが今とっておきのものを仕込み中だから、後で持って行くね」
「え……?!そうなんですか?」

いたずらっぽくともえさんがウインクしながら言う。

「南瓜の料理だから、楽しみにして待っててね」
「その、ありがとうございます……!」

何度も貰ってしまって申し訳ない。が、それ以上に嬉しい。

「いえいえ、いいのよ。じゃあ、待っててね」
「はい、ありがとうございます!待ってます!」

ともえさんは軽やかに微笑むと、アパートに面した勝手口から室内に戻って行った。
私はそれを見送ってから、アパートへと帰宅した。


ー ー ー


アパートへ帰宅し、部屋着に着替える。
神白さんを待つ間に弁当箱を洗い、一連の流れで電気ケトルに水を入れ、お湯を沸かす。

沸かしたお湯で作った紅茶を飲んでいると、アパートのチャイムが鳴る。
モニターを見ると、神白一(はじめ)さんの顔が映っている。

「はい」
「お届け物ですよ~」
「ありがとうございます。今行きますね!」

玄関を開けると、にこにこしている神白さんがいた。

「遅くなっちゃってごめんね」
「いえいえ、とんでもない。むしろわざわざありがとうございます」

30分程度しか待っていないので、まったく遅くない。
むしろ私が貰いに行くべきだとさえ思う。

「いやいや、この前のタルトが美味しかったからそのお礼に、いとこ煮作ってみたんだ」

そう言いながら、神白さんからお皿を渡される。
深い群青色のお皿の中には、南瓜と小豆の煮物が入っていた。
ふわりと南瓜特有の甘い香りに小豆の香りも加わって、見た目と香りだけで美味しさが伝わってくる。

「美味しそう……!ありがとうございます!けどこれ、いとこに?って言うんですね」
「あ、いとこ煮って知らない?」
「はい」

はじめて聞く名前に、思わず質問していた。
『いとこ煮』とは何なのか。

「糸こんを煮たものなんだけどね」
「糸こん!?」

糸こんが入っているようには見えないが、と思って煮物を見ると、神白さんが笑う。

「ごめんごめん、冗談だよ。僕もあんまり詳しくないんだけどね。南瓜と小豆を煮たものをいとこ煮って言うみたいだよ」
「あ、ですよね、冗談ですよねえ……。なるほど。教えて頂いてありがとうございます」

神白さんからの初ジョークに動揺しつつ、同時に、新たな一面を知れて嬉しくなる。

「いえいえ。じゃあ、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい。ありがとうございました」

神白さんを見送り、自室に戻る。
ほんのりと湯気の立ち上っているいとこ煮をテーブルに置く。
お互いに笑い合うことの出来る関係性を、まさか敷地の違うご近所さんと築くことが出来るとは、引っ越して来た当時は思ってもいなかった。

ごはんをレンジで解凍している間に冷めてしまったら勿体ないので、少しだけ食べることにする。

「いただきます」

まずは、南瓜を箸でつかんで口へ運ぶ。
中まで味の染みた南瓜のホクホクとした食感と、特有の甘さが口の中に広がっていく。

次に、小豆も口へ運んでみる。
正月のあんこもちを思い出す、小豆の上品な甘さが口に広がる。

最後に、南瓜の上に小豆を置いて、一緒に口へ運ぶ。
今まで食べたことのない組み合わせだ。
少し不安に思いながらも食べてみると、良い意味で予想を裏切られた。

南瓜と小豆のそれぞれの甘さが程よく主張し合い、お互いに美味しさを引き上げている。
美味しい……!これを考えた人は天才なのではないだろうか。
こんな組み合わせがあることを知れて良かった。
美味しさを噛みしめながら感動していると、『チン』と電子レンジに呼ばれる。

そこでやっと、自分がいとこ煮を半分ほど食べてしまったことに気付く。
危なくごはんと味噌汁の準備が完了する前に完食するところだった。

タイミングの良い電子レンジに感謝して、ごはんと味噌汁を準備し、同様にテーブルに並べる。

いとこ煮の甘さに癒やされながら、私は夕飯をあっという間に完食したのだった。


⇒次回へ続く…【5/1土曜日20時更新予定!】

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