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となりの敷地の神白さん:第六話【きな粉の型なしタルト②】

となりの敷地の神白さん:第一話【天ぷら①】

前話⇒となりの敷地の神白さん:第五話【きな粉の型なしタルト①】


材料を平日のうちに無事揃えることが出来たので、早速週末にお礼のお菓子を作ることにした。
作るのは勿論、きな粉の型なしタルトだ。

朝食後、材料と使う道具をひとり暮らし用のせまいシンクに並べていく。
小麦粉、きな粉、ベーキングパウダー、サラダ油、小さめのボウル、計量カップなどなど……。
買ったばかりの袋物が多いので、必然的にシンクにはすき間が無くなってしまう。

これでもまだ広めのシンクを選んでこのアパートにしたのだが、やはり狭いものは狭いようだ。
実家の広く使えるキッチンが恋しいが、仕方が無い。

冷蔵庫の上に置いた電子レンジの足のすき間にどうにかレシピ本を挟み込み、ページがめくれないように調節する。

「よし、作るぞー!」

自分に気合いを入れるために呟く。
「他人のために何かを作る」ということが、久しぶりなのだ。

実家にいたころは、家族のためにたまに作っていたのだが、ひとり暮らしを始めてからは、自分専用にしか作ったことがない。
しかも、形が多少いびつでも誰に見せるわけでもない。必然的に、肩の力が抜けた料理しか作っていなかった。

少し、いや、かなり緊張する。
多少いびつであっても、神白さんはきっと受け取ってくれると思う。
しかしせっかく渡すのなら、自分が納得したものを渡したい。そう思うのが、人の性と言うものだろう。

「きっと大丈夫だ」と自分に言い聞かせて、私は計量カップに水を注いだ。


- - -


「……と、いうわけでいつも頂いてばかりなので」

15時になったのを見計らって神白さんのお宅にお邪魔した私は、そう言いながら、朗らかな微笑みをたたえた神白さんに、お皿と共にきな粉の型なしタルトを渡す。

結果だけ伝えると、我ながら納得の行く良いものが出来た。
しっかりきな粉の味はするし、適度に硬さもやわらかさもある、お年寄りでも食べられる固さだ。
だがしかし、人には好みというものがある。

そもそもだが、神白夫妻はきな粉は好きなのだろうか?
いや、最低ライン、嫌いでなければ良いのだ。
自分のリサーチ不足に、まさか焼き上がったタルトを見た瞬間に気付くとは思わなかった。
我ながら気が利かず、タルトを切っているときには思わずため息が出た。

「笹森さんが作ったの?」
「え、ええ……その、お口に合うかは分かりませんが。きな粉の型なしタルトです」
「いやあ、嬉しいなあ。ありがとう、ともちゃんと一緒に食べさせてもらうね」

受け取りながらそんなことを言ってくれる神白さんは、やはり優しい人だと思う。

「……あの、そもそもなんですけど、きな粉ってお二人は嫌いではないですか?」

いっそのこと聞かないという選択肢もあっただろうに、思ったことは言わないとモヤモヤするので、今後のためにと割り切って聞いてみる。
「聞く順番を間違えている!」という自分の心の声は無視しておく。

しかし、私の質問に目をぱちくりさせる神白さんを見て、一瞬にして申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
ああ、聞かない方が良かったかもしれない。そう思ったが、一度自分の口から出た言葉は、無かったことには出来ない。

「大丈夫、僕は基本的に好き嫌いは無いよ。ともちゃんは好き嫌いが多いけど、きな粉は大好きだから」

根本的な準備不足をしでかした自分を責め立てようとした矢先、救いの声が聞こえた。
神白さんは、穏やかな笑みをたたえている。

「笹森さんは優しいね。年寄りの好き嫌いを気に掛けてくれるなんて、ありがとね」

私は心の中で「優しいのは神白さんの方です」と、勢いよく土下座をする。
将来はこういう気の利いた台詞を言えるような人間になりたい。そのためには今のところ足りないものだらけなので、年を取る過程で、今回のタルトを作ったように少しずつ材料を集めて行きたい。

「いえ、そんな。こちらこそ……!お好きなら良かったです、本当に」
「うん、うん。ありがとう」
「じゃあ、私はこれで……!ありがとうございました」

天の声のような神白さんからの言葉に、感極まりすぎて泣きそうになったので、勢いよく礼をして神白さんのお宅をあとにする。
咄嗟に出てくる言葉はありきたりなものばかりだが、今の自分の精一杯の心を込めて言えたと思う。

目標を立てると焦りがちな私だが、神白さんレベルになるのは、一朝一夕では無理だ。
それが今日ハッキリと分かったので、タルトを作って良かった。

そんなことを思いながら、私はアパートに戻った。


⇒となりの敷地の神白さん:第七話【いとこ煮】

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