となりの敷地の神白さん:第五話【きな粉の型なしタルト①】
となりの敷地の神白さん:第一話【天ぷら①】
前話⇒となりの敷地の神白さん:第四話【カレーライス】
神白さんからカレーライスを頂いた週。
何かを作ろうと考えていると、不思議と材料が集まるものだ。
まず、近所のスーパーの特売で安く小麦粉が手に入った。
そして次の日、土浦さんから会社のお昼時間にきな粉を貰った。
「夫が今、きな粉ドリンクにハマってて……『1袋、笹森さんに渡して!』って。良かったら貰ってくれる?」
呆れたような顔で言う、土浦さん。
土浦さんの旦那さんに直接会ったことは無いが、「妻の職場の20代の女の子」として、気に掛けてくれているらしい。
非常に恐れ多いことだが、私のことを家で「良き後輩」として話してくれているようだ。
「ありがとうございます。きな粉、好きなので嬉しいです」
「そう?なら良かった」
朗らかに微笑む土浦さんを見て、ふと神白さんを思い出す。
小麦粉ときな粉……最近ハマっている型なしタルトのレシピ本の中に、きな粉を使ったものがあったような気がする。
たまたま出来た組み合わせにより、私の中で神白さんへ渡すお返しが決まった。
そうだ、きな粉の型なしタルトを作ろう。
足りない材料は何だろうか。
私はレシピ本の内容を思い出しながら、帰りのルートを考える。
無塩バターに粉砂糖、アーモンドプードル、ベーキングパウダー……おそらくいつものスーパーで問題無く揃うはずだ。
忘れないように携帯のメモに買う物を記入する。
それから、土浦さんの旦那さんに関する話しを聞きながらお昼時間を過ごした。
- - -
会社帰りのスーパーから、アパートに着く。
予定通りに行きつけのスーパーで無事にタルトの材料を揃えることが出来たので、足取りは軽い。
「あれ、笹森さん。お帰りなさい」
お隣の敷地の木の塀から、ひょっこりと神白一さんが顔を出す。
木の塀と言っても私の腰元程度の高さしかない背の低いものだが、神白さんは、どうもしゃがんだ状態で草取りをしていたらしい。
私の視界に突然現れた神白さんの手には、雑草が握られている。
「神白さん、こんばんは」
「お帰りなさい」と言われたのだから「ただいま」と返したかったのだが不思議な照れくささを感じてしまい、いつも通りの言葉を返す。
「この前は、カレーライスありがとうございます。美味しかったです」
そして、これまたいつも通りの返し。
咄嗟に出る言葉というものは、どうしてこうも気が利かないのか。
続けて、カレーライスを食べながら素直に思ったことを口に出す。
「カレーライスにゆで卵って合いますね」
「うん、うん。僕のお気に入りの組み合わせでね。気に入って貰えたなら、それは良かった」
我ながら雑な感想ではないだろうかと心配だったのだが、神白さんからの朗らかな返答に内心で胸をなで下ろす。
「お皿はあとで返すので、もう少しだけお預かりしていても大丈夫ですか?」
「うん、問題無いよ」
借りたお皿を空で返すのは失礼だと、母から教わったことがある。
私自身は、返すものがない時は空で返すことになっても仕方ないと思っている。
それに、神白さんはそんなことは気にしないだろう。
しかし今回は、せっかくなので何かを載せてお返ししたい。
「ありがとうございます……!」
自発的にそんなことを考えている自分に正直驚きを隠せないが、神白さんから許可を貰い、私は意気揚々とアパートへ帰宅した。
⇒となりの敷地の神白さん:第六話【きな粉の型なしタルト②】
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