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川田さんからの手紙


長女は学校の先生をしている。大学を卒業して大企業に就職したが、学校の先生になる夢が忘れられず、会社は1年で退職して先生になった。実は夢には続きがあって、”学校の先生になって、吹奏楽部の顧問になりたい”というのがあるらしい。自分が青春を捧げた吹奏楽だが、正直、学校の吹奏楽部の顧問はほとんどが音楽の先生であるから、音楽の先生ではない長女は、なれても第2顧問ぐらいだと思うが、そんな夢を抱いている。


そんな長女は、学校では生徒に対してはかなりツンデレで、そのくせ学校行事にはかなりアツい女になるらしい。体育祭や文化祭の前になると、家で何やら生徒たちへのサプライズ的な企画物を制作しているのを見た事がある。昔から学校行事には全力で取り組むタイプであったので血が騒ぐのだろう。


若い先生というものは生徒たちから見れば友達みたいなもんで、若いというだけで人気があったりするもんだ。うちの長女にもコアなファンが何人かいる。いずれも女生徒である。その中の1人は、卒業して何年も経つのに未だに我が家に手紙が送られてくる。何ヶ月かに1回くらいではあるが、長女は1度も返事を返していない。「返事はしないよ」と言ってあるからとのことだが、少し不憫に思う。まぁそれも仕方ないことだろう。


そしてもう1人、強烈な印象を残した生徒がいる。川田さんだ。川田さんは担任として受け持った生徒さんで、少し変わったところのある子だったらしい。私は本人に会った事もないし顔も知らないが、長女のファンというのだから変わっているというのも頷ける。ある日長女がぎっしり字が書かれた便箋を私に渡してきて、「これ読んでみて」と言った。


そこには川田さんが書いた、長女の”良いところ100”がズラーっと書かれていた。最初の方こそ「優しい」「可愛い」「面白い」「頭が良い」「教えるのが上手い」「絵が上手」「服のセンスが良い」などと良いところが書いてあったが、だんだんと同じことを違う言い方で書いてあったり、これ良いところか?と思うようなこともあったりしたが、とにかく一生懸命ひねり出して書いてくれたということだけは分かった。

ありがたいじゃない。お母さんだってこんなに貴方のいいところ、出ないよ


私は川田さんのこのリストで、長女がツンデレでアツい女だということを知ったのだった。それから2週間ほど経った頃か。またもや長女が「はい、これ」と言って、メモ用紙ぐらいの大きさの紙3枚くらいに何やら字が書かれたものを渡してきた。


見るとそこには、川田さんから見た”先生のお母さんの良いところ”、つまり私の良いところが書いてあった。「え?何?会った事もないのに?」



読んでみた。


「優しい」「面白い」まあこれは一般的な褒め言葉であるので、分かる。

「料理が上手」ん?食べさせた覚えはないが、まぁ良かろう。

「先生にもっと家事を教えてください」ちょっと叱られた。それにしてもごもっとも。独身時代の長女が家事を手伝ってくれた事はほとんど無い。何故バレた?

と読んでいくうちに、


「子育てが上手」

え、何?嬉しい。長女が良い子に育っているという意味と、私が上手に育てたという意味と。長女と私を両方いっぺんに褒めてくれている。生徒がこれを書いてくれたかと思うと愛おしくて、本当に嬉しかった。私は川田さんに返事を書きたかったが、長女にやめてくれと言われ断念した。


実はもう一度、川田さんと同じ事を言ってくれた人がいる。以前の記事にも書いたことがあるのだが、長女の結婚式に来てくださったゲストの方が、帰り際に私に言ってくださった。


「お母さん、上手に子育てされましたね」


私にとっては最高にして、最上級の褒め方だ。
嬉しい。ありがたい。ありがとう。



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