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二十年付き合っている強迫性障害のこと

 強迫性障害をご存知だろうか。
 私は自分がこの病気になるまで知らなかった。
 そして、まさかこんなに長い付き合いになるとは思ってもみなかった。

 強迫性障害を簡単に言うと、病的に極端なマイナスイメージが頭に浮かび、それを打ち消すために何度も同じ行為を繰り返す精神疾患である。

 発症したのは、およそ二十年前。それから現在に至るまでこの病気と付き合っている。私の人生において強迫性障害でいる時間は、そうでない時間より長くなってしまった。
 もうベテランの域になってきており、飼いならしているわけではないが、だいぶ自分の状況を客観的に把握できるようになった。

 現在この病気で一番困っていることは書類業務である。カルテを記載後、ミスがないか何度もチェックする。周囲に人がいないことを確認して、声に出して読み上げる。
 不安が強いと、言葉をちゃんと意味のあるものとして認識することが難しい。意味を考えようとすると、先に不安がやってくるからだ。または集中力を切らして他のことを考えてしまう。
 視覚だけで確認作業を終えるのは、相当調子のよいときでないとできない。だから聴覚も、ときには触覚も用いて確認する。
 傍からすると、信じられないほど確認を繰り返し、方法も独特なその様は、まるで不審者のようである。絶対に他人には見せられない。

 私が自分の行動に違和感を抱いたのは、十八歳の頃である。
 その年、東京にある家賃の安いアパートで一人暮らしを始めた。角部屋であったが、そこはちょっとした物音が隣の部屋に聞こえてしまうという欠点があった。

 引っ越した日、両親と共に菓子折りを持って隣人を訪ねた。チャイムを押すも何の反応もない。留守のようである。しかし、自分の家に戻ると隣から物音が聞こえてくる。明らかに人がいるようだ。そのとき、居留守を使われたことを不思議に思ったが、東京では当たり前のことかもしれないと、あまり気にしないでいた。

 それから二、三日後、洗濯物を干すために部屋の窓を開けると、壁から「ドン」と大きな音が聞こえた。隣人が壁にぶつかったか? 衣類を取りに廊下を歩くと、「うるせぇな! 静かにしろ!」という声と共に、再び壁から「ドン!」と低く鈍い音が鳴った。
 急激に心拍が高まる。その場からしばらく動けなくなってしまった。

 それからも、少し物音を立てるだけで壁を叩かれる日々が続いた。次第に、私はテレビをイヤホンで聴き、足音を立てないように廊下を歩くようになった。まるで悪事を隠すかのように、あるいは鼠のように、コソコソと静かに生活していた。
 しかし隣人はというと、そうではない。朝からシャワーを浴びながら、わけのわからない歌を熱唱する。しょっちゅう恋人らしき女性を連れてきては、夜中にけたたましい喘ぎ声が聞こえてくる。

 私は気が狂いそうだった。

 ある日の夜、いつものようにレンタルビデオ屋で借りたDVDを返却しに行った。返却ボックスにDVDの入った袋をポトンと入れる。それだけの用事を済ませ、家に帰ってきた。すると、急に恐怖が襲ってきた。

「あれ……本当にDVDを返しただろうか……」

 ついさっき返したはずだ。頭ではわかっている。しかし、本当に返したという保証はどこにあるのだろうか。動悸が治まらない。
 もし返していなかったらどうなるだろう。
 延長料金が取られる。それは明確である。
 そして、私が気付かないまま、店員も連絡してくれなかったとしたら……
 買い取りによる本体価格では済まないかもしれない。
 莫大な金額に膨れ上がり、自分では払えないかもしれない。
 取り立てが来るようになるかもしれない。
 両親の元に連絡があるかもしれない。
 家族の誰かが犠牲になり、危害を加えられるかもしれない。
 命を落とすかもしれない。葬式の金もないかもしれない。
 家族は成仏できないかもしれない。
 一生、家族の死と借金を背負って生きていかなければならないかもしれない。
 冗談のように聞こえるかもしれないが、そんなことを真面目に考え、頭の中では不安が溢れて止まらなくなっていた。

 家から懐中電灯を持ち出してアパートの敷地内を隈無く捜す。私の行動を見られたら、泥棒のような怪しい人間に思われるだろう。人目を気にして、誰にも会わないように注意を払う。やはり、ない。返却したか。いや、記憶が曖昧になっている。返却した事実がないではないか。DVDはどこか違うところに落としたかもしれない。
 レンタルビデオ屋まで、少なく見積もっても片道三キロはあるが、その道のりを懐中電灯で照らしながら歩いていく。
 二往復し、何時間も探したが見つからない。暗いから見えないのだろうか。あるいは、もしかしたら誰かが拾って家に持ち帰ったかもしれない。しかし、夜中ではもうこれ以上確認するすべがない。朝が来て開店時間になったらレンタルビデオ屋に駆け込もう。そしてDVDが返却ボックスに入っているか、店員に調べてもらおう……。
 その夜は不安に苛まれ、なかなか寝つくことができなかった。

 自分の思考や行動が異常であることは自覚していた。だが、脳の誤作動とも思える思考パターンを簡単に変えることはできなかった。それどころか、日に日にどんどん深刻になっていった。

 私が一番嫌だったのは、家のごみ箱をあさってしまうことだった。
 ごみ箱が視界に入ると、そこに私の大事な物を捨ててしまったのではないかという不安に襲われてしまうのである。
 まず、あさる前に、右の手のひらを見つめる。そこに大事な物がくっついていないか徹底的に調べる。そして、手の甲。次に左手。そうやって数分かけ、何もないことがわかると、ごみ箱の周辺を確認。そこも終わると、ようやくごみ箱の中身を一つひとつ取り出して調べていく。何か大事な物を捨ててしまってはいないだろうか……。もしあるとして、気付かなかったら、私は大変なことになってしまうのではないか……。
 これはある種の儀式だった。終わるまで約一時間かかる。その間、不安の衝動に駆られているため、物凄いエネルギーを消費してしまう。
 大切な時間と体力をごっそり削り取っているものが、無駄な不安と行動であるとわかっているからこそ、苦しくてたまらない。しかし、またごみ箱が目に入るとあさらずにはいられなかった。

 だんだん外出することも苦痛になっていった。外出するためには家にある大事な物が、全て決まった場所にしまってあるか確認しなければならない。また、あらゆる電源やコンセントの差し込み口、ガスの元栓、鍵の施錠、それらを確認しなければならなかった。これには毎回、二時間以上かかった。ようやく外出できたときには既にくたくたに疲れている。
 この身体と精神でアルバイトをこなすのはとても厳しいものであった。たとえば商品の発注なんかは、他のスタッフが数十回で終わるものを私は数千回行う。そのような状況であったため、店長からは毎回怒られ、たくさん迷惑かけていた。

 もう私の生活は滅茶苦茶だった。それなのに、誰かに相談する勇気はなかった。家族に打ち明けても、「気にしすぎ」だの「気の持ちよう」だのと言われる。もう耐えられなかった。
 この頃から、不安なイメージが頭に浮かぶだけで、たびたび過呼吸を起こすようになっていた。

 もう終わりにしたい。こんな人生、生きていけない。

 当時、インターネットが今ほど身近ではなかった。携帯電話でネットを使うにはパケット通信料が高額になってしまうし、パソコンも持っていなかった。
 アルバイトが休みの日にネットカフェへ行く。そこで自分の思考や行動を調べると、とても症状の当てはまる病名が出てきた。

「強迫性障害」

 聞いたことがなかった。そして、まさか自分が精神疾患を発症したなんて認めたくなかった。自分が別人になったと認定されたような気分になる。それは恐ろしいことだった。
 病気である可能性が高いとしても、病院に行くのは躊躇われる。二十年前の日本は、精神疾患に対して今より明らかな隔たりや境界線があった。私にも精神疾患に対する偏見があったのかもしれない。
 だが一方で、楽しそうに生きている皆よりも私は苦労している、この世の真実を知っている、そう思い込んでいたのも事実である。
 この泥沼にハマるには時間がかからなかった。胸の底にいつも鉛のようなものがあり、深く深くに沈んでいった。酸素のない場所で、呼吸ができなかった。

 ある日、アルバイト先で楽しいことがあり、晴れやかな気分で帰路に就いた。家のドアノブを触ることも怖かったのだが、この日は調子がよかったからか、珍しくスムーズに開けることができた。
 すると、ぐわっと生ごみの異臭が部屋の外に漏れる。
 眼前に広がっていたのは、ほぼごみ屋敷と化した家だった。
 台所では大量のコバエが飛んでいる。
 今まで見て見ぬふりを続けてきたが、そうはいかない絶望感に襲われた。
 恐怖から避けて、恐怖に支配されていた私の心を、この部屋は投影している。
 突然、凄まじく胃が気持ち悪くなった。
 私はどこで道を間違ったのだろう。
 
 このときになって初めて、病院で診てもらわないといけないのだと理解した。
 そして、足音を立てないように静かに、我が暗闇へ戻っていった。

 あのとき、長い闘いの始まりだと思った。
 が、実際は二十年以上の長い「付き合い」になっている。
「強迫性障害よ、ありがとう」なんて気持ちになれたら美しいかもしれないが、そんな感情はない。この病気になってよかったとも思っていない。
 だが、この出来事がなかったら知り合えなかったかけがえのない人たちや、気付くことのなかった人の温かさもあるかもしれないと、どこかで思っているのも嘘ではないのだ。


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