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宇宙への配送

1年にクリスマスイブの1日しか仕事をしないトナカイに、突然アルバイトが舞い込んできたが、嫌な仕事だった。短い物語をどうぞ。

「は〜い。こちら子供電話相談室ですよ〜」
「あのね〜、一昨日のクリスマスに来たサンタさんとトナカイさんがね、とってもお酒臭かったの〜。トナカイさんはお鼻だけじゃなくてお目目も真っ赤かでね〜」
「そ〜か〜、それは酔っ払い運転だね〜。おじちゃんから注意しておくね〜。教えてくれてありがと〜」

 フィンランドの北部、ノルウェーとの国境近くの深い森に四人の男が無音ヘリコプターから降りた。
 彼らは目指している場所をすぐに見つけ、厚みのある緑が濃く硬い針葉樹の束で出来た扉を二人で抱えて横に移動させると、奥にルドルフが横たわっていた。数百本の酒瓶に溢れたその寝ぐらはトナカイ特有の匂いを超えて目に染みる異臭を放っていた。
 一人がライトを照らし、一人がカメラを廻した。
「ルドルフ、起きろ!」
 首からぶら下げた小型の、人間と動物の翻訳機のダイヤルを《トナカイ》に合わせた男がルドルフの右前脚を軽く蹴り上げた。
 ルドルフと呼ばれたトナカイは薄く左目を開けると、目蓋が目やにで汚れて視界がぼやけているようで前足で目を拭いて半身だけ起き上がった。
「ルドルフ、年中酒浸りとは醜い姿だな。鼻も目も真っ赤だぞ。一年でたった一日だけの労働で後は酒の日々とは。クリスマスはよっぽどいい稼ぎなんだな」
 ルドルフは大きく欠伸をして酒臭い息を吐いた。側に直径五十センチほどの丸い器があり、中に酒が入っている。
「酒ならいつものところに置いて行け。俺が取りやすいようにケースから出してな」
 寝返りを打ち背中を向けたルドルフの尻を男が強く蹴った。
「仕事だ。これからは週に一回仕事をしてもらうぞ。断ればこの有様を世界中に公開し、ここへ酒を運ばせない」
「どういうことだ」
ゆっくりと起き上がりルドルフは四人を見渡した。
「あ、お前はマンネルヘイムじゃないか。シベリウス、ヤンソン、ハッキネンも。子どもの時に私がプレゼントを持って行った」
「酒浸りでも流石の記憶力だな。週に一度我が社の仕事をしてもらう。簡単だ。荷物を宇宙空間に放り投げてくるだけだ。ロケットで運ぶと手間がかかるがお前ならすぐに行けるからな。そりには荷物を積んで置いた。すぐに行ってこい」
「荷物は、何だ?」
「人間の死体だ。死後の世界を宇宙空間で永遠に泳ぎ、数万年かけて他の銀河や惑星に行きたいという連中だ。極寒の宇宙では体が腐らずに永遠に泳ぎ回れるからな。魂は生き続けていると思っているんだろう」
「酒は?」
「持ってきた」
「人間は天使と悪魔が共存している動物だ。断れないようだな」 

 遠くで光るオーロラの輝きを受けながら空を飛ぶルドルフの姿は幻想的だが、自分は宇宙を永遠に漂流したくはないとマンネルハイムは思った。

 週に一度と言う話だったが二度になり、三度となりルドルフは怒りに震え次の積み荷を断るつもりでいたが突然来なくなった。たまたま聞いていた子供電話相談室の再放送でのある少年の発言から状況が変わったことをルドルフが知ったのはその年のクリスマスイブの前日だった。

「は〜い。こちら子供電話相談室ですよ〜」
「最近、微生物がいない極寒の宇宙空間に放り出された死体は腐らず宇宙を永遠に漂うと思っている人が多いようですが、本当のことをどうして皆んな知らないんですかー?」
「え?どう言うことかな?」
「僕、宇宙博士と言われるくらい宇宙のことが大好きなんだけど、物体としての分解が起きないわけではなく太陽の力によって少しずつ崩れるんですよ。太陽に当たる側が熱されて、影側が冷やされて体内に残る水分が蒸発することで温度差で熱膨張と収縮で壊れていくんです。つまり肉体は太陽風の高エネルギー粒子によって徐々に崩されて蒸発してしまうんです。これは科学の常識なんですが知らない大人が多いみたいで」
「へー、詳しいんだねー。宇宙でも肉体は消滅するんだねー。勉強になった大人が沢山いると思うよー。おじさんも勉強になった。ありがとうー。バイバーイ」
「バイバーイ!」
                          完


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