知念満二

1996年、神の島・久高島でエレクトリックトランペッター近藤等則氏と琉球民謡の至宝、嘉…

知念満二

1996年、神の島・久高島でエレクトリックトランペッター近藤等則氏と琉球民謡の至宝、嘉手苅林昌氏のコンサートを兄とプロデュース。それまで誰も許可されなかった神の島で初めてだった。仕事の合間に野菜とバナナとマンゴーとコーヒーを育て、月に2〜3回身体文章塾で短編小説を書いています。

最近の記事

すぐそこの日本

僕たちは中学二年。普段あまり話さない山田君と僕の家に向かっているのは彼が「学園勇者リカリオン」を読みたいと言ったから。従兄弟のお兄ちゃんに全十五巻借りたのは一昨日だ。面白くて一気に読んで明日返すことになっている。電気柵に囲まれた畑と雑木林の間を抜けると僕の家が見える。郊外にある中古の建て売りで、駅から徒歩三十分。バスでもあちこち止まって二十分かかるから、歩いている。それでも良いから読ませてくれと山田君はついてきた。 「入ってよ。親は二人とも仕事でいないし、姉貴はバイトに行っ

    • 遠望17

       翌朝、前の日よりも早い朝食を終えてロバートと由季子、正一と三恵子の四人は敷地内の広い菜園や植栽に水やりをし、康一と今日子と美貴は夕べの来客が持ってきたプレゼントの整理をしていた。康一夫婦と、正一夫婦の知り合いや近所の人たちが次々に来て思わぬ宴会になったのだ。全員がロバートと由季子に初めて会うので、電話でおおよその話しを聞いていながらも興味津々に手みやげを持って挨拶にきていたが、今まで何十年も黙っていて水臭いと怒る人や、苦しかったでしょうねと涙を流す人とそれぞれの感情が交錯し

      • 遠望16

         山を降り、町に入ると隣り合わせに座っているロバートと由季子が窓の外へ釘付けになった。バスに乗った時から手を握り続けている二人の姿が愛おしくて大筒は無口になって二人を見ている自分に気がついた。   「どうですか、十七年ぶりの町並みは。かなり変貌していると思いますが」  ロバートの肩に頬をつけて外を見ていた由季子が体を戻して大筒を見た。 「街の姿はね、テレビでよく見ているから変わったなぁとはあまり感じないんだけど、みんな背が高くなったわねぇ〜。康一や美貴はロバートの血が入

        • 遠望15

          康一がロバートの服が入ったリュックを担ぎ、もう一つを美貴に渡しながら、 「はい出来ていますよ。ではすぐに降りますか」  越谷家の四人が階段を降りると沢山の若者がいて、家を見て驚いていた。何人かがスマホを取り出して写真を撮ろうとしていたが廻りに止められてポケットにしまった。撮影は禁止と事前に言われていたのだ。 「随分大勢いらっしゃるのね。何人いらっしゃるの?そんなに大きい籠なの?」  合羽を着込む美貴を後ろから手伝いながら由季子が三宅に聞いた。 「十六人です。大きい籠

          遠望14

          「気をつけてね〜」と美貴が叫ぶと、姿が見えなくなった姫野の声が「美貴ちゃん、明日ね〜」と届いた。 「さ、家に入ろう。日が沈むと冷えてきた」  康一が三人を家の中に誘いドアを閉めた。 「美貴、夕ご飯を作ろう。手伝って」 「うん。お父さん、何作る?」  由季子が椅子に腰掛けながら二人に声をかけた。 「ご飯は炊いてあるのよ。でも冷たくなっているから炒飯作ってほしいわ。お味噌汁もおかずもあるから温めるだけでいいのよ」 「お婆ちゃん、スゴイ。じゃすぐ出来るね」  二人が台所に入るとロ

          空へ

          「お母さん。じゃ、病院行ってくるね」 「由貴ちゃん、良くない結果が出ても一人で考え込まないですぐに電話するのよ」  返事をせずに私はドアを閉めた。検査の結果が悪かったら冷静ではいられないと思うし、母にすぐ電話をかけられるかどうかも分からない。胃カメラで見て、血液や尿を検査し、二週間経っても答えが出ないので腸壁を削り取って再検査して三週間、やっと結果が出たので病院へ来るようにと昨日、連絡があった。  私の体はどうなってしまっているのだろう。 お腹の中では何が起こっているのだ

          遠望13

           ずっと目をつむり静かに聞いていた大筒が、お茶を一口飲み、ゆっくりと天井を見上げどこか一点を見つめながら息を吐いたので姫野が口を押さえて笑った。ロバートの仕草と全く同じで美貴も口を手で押さえて笑っている。 「なぜなんでしょうかねぇ。涙が出てくるんですよ。泣く話しじゃないのに、涙が出てくるんです。『子供を家から出しなさ〜い』って言ったのは、倒れた古い大木だったのじゃないのかなぁと僕は思いますね。ロバートさんがおっしゃるように全てに神がいる。僕たちは実は神に溢れている世界で生きて

          The board that connects the ocean and me(By Mitsuji Chinen)

          I am beginning to lose faith in my son.  My son is eight years old, in the second grade. He is still at an age when parents need to protect him at all costs, but sometimes I cannot understand what my son is saying and doing, and I see him

          The board that connects the ocean and me(By Mitsuji Chinen)

          The Cost(by Mitsuji Chinen)

          We are grateful for the crash of the Osprey twenty years ago. It was a tremendous cost, but we are truly grateful. The pilot who was flying the aircraft said, "I was flying the aircraft while watching the beautifully shining moon, when su

          The Cost(by Mitsuji Chinen)

          遠望12

          「あらあらごめんなさいね。年を取ると時々廻りが見えなくなっちゃうのよね。え〜っと、他に何を話せば良いのかしら?」  由季子が大筒を見ると音のでない拍手をしながら笑っている。 「お聞きしたい事は山ほどあるのですが、一つ一つのお答えが素晴らしくて聞き入ってしまいます。さらに頭の中でそのお答えを反芻して味わってしまってすぐに次の質問が出て来なくて。三宅、姫野、他にお聞きしたいことはないかな?」 「あります」  三宅が手を上げ大筒が「では、よろしく」と言ってお茶を飲んだ。  

          遠望11

           美貴は両手で頬を挟みながら三宅と大筒の顔を見た。二人はその言葉に笑みを浮かべていた。  大筒が立ち上がりロバートに握手を求め、 「ロバートさん、ありがとうございます。それではいくつか確認をさせて下さい。まずはロバートさんのお生まれをお聞きしたいのですが」 「ジョージア州のアトランタです。そこで産まれました。両親の記憶はありません。施設で育ちました。今は発展していますが僕が子供の頃の南部、ディープ・サウスはとても貧乏で差別的な町でした。ジミー・カーター氏が大統領になった一

          遠望10

           三宅が先に階段を上がり、次に姫野が上がる時にはいつの間にかロバートが姫野に手を添えていた。 「ありがとうございます」という姫野に、 「美貴と同じくらい美人さんだね。僕の奥さんも若い頃はとっても美人さんだったよ」 「お爺ちゃん!」美貴は呆れた顔を見せながらも笑っていた。  三宅が扉を開ける。後ろから姫野が覗く。ゆっくりと中へ入るとそこは不思議なほど明るい空間だった。建物の窓が見えないほどに緑が覆っているのにいくつもある大きな窓から光が差し込んでいる。その光は葉っぱの揺らめ

          遠望9

           途中で買った豚肉とお米をパウラの背中の袋に入れて美貴が先頭、康一がその後で歩いている姿を撮影しながら上がっていった。六本のワインと茄子の漬け物は大筒、三宅、姫野で分けて背中のリュックに入れて運んだ。大筒と姫野は杖を用意していて、その効力に感謝していた。緩やかな坂で、木々が茂り直射日光がさえぎられている道だが一時間という時間が運動不足の体をいじめていた。  普段は六十分で登るという美貴だが撮影チームを振り返りながら彼らのペースに落として登った為に七十五分かかって山の家に着いた

          遠望8

           撮影スタッフ全員が、四人の親と一人の子供の暮らしに思いを寄せていると沈黙が続き、大きな家にふさわしい柱時計がぼーんと鳴る音で三宅が我に返った。   「今も康一さんは週末に山へ行かれているのですか?」 「毎週末ということはないですね。変わりに今は美貴が行ってくれていますから淋しくはないと思います。そのお陰ですかね、つい最近二十歳になったばかりなのにもうワイン好きになってしまって」  急に集まった全員の視線にたじろぎ、 「だってこっちでも山でも、お爺ちゃんたちが勧めるんです

          遠望7

           翌朝九時には特別編成チーム二十人のミーティングは終えていた。前日の映像を見て情報を全員で共有し各自今日のやるべき事を報告している時、報道局長が発言した。 「その親友のアメリカ人は今も健在かなぁ。山を降りてアメリカに帰った過程を知りたいし、今現在を知りたい。彼の名前と出身地を聞いて来てほしい。そして昨日のミーティングでの計画通り全国への報道は明後日の金曜日、記者発表は翌土曜日七日にしたい。越谷御一家にそのことの了承を得てほしい。今日を入れて四日。漏らさず俊敏に、且つ間違いの

          遠望6

           越谷が美貴にお茶を注ぐように言って、 「山の家と言ってもちゃんとした家ですよ。初めの頃は掘っ建て小屋みたいなもんでしたが、四十五年ほど前に大工さん達に来てもらって豊富な木材を使って平屋ですけど結構大きな家を作りました。まさに山小屋ですね。発電機と風車で電気もあります。テレビのニュースはよく見ていますよ。アメリカの現状には関心を持っていて、世捨て人ではないんです。日本の番組なので日本語は覚えていきましたがいつの間にか英語は忘れてしまったようです」 「お爺ちゃんは人を傷つける