すぐそこの日本
僕たちは中学二年。普段あまり話さない山田君と僕の家に向かっているのは彼が「学園勇者リカリオン」を読みたいと言ったから。従兄弟のお兄ちゃんに全十五巻借りたのは一昨日だ。面白くて一気に読んで明日返すことになっている。電気柵に囲まれた畑と雑木林の間を抜けると僕の家が見える。郊外にある中古の建て売りで、駅から徒歩三十分。バスでもあちこち止まって二十分かかるから、歩いている。それでも良いから読ませてくれと山田君はついてきた。
「入ってよ。親は二人とも仕事でいないし、姉貴はバイトに行ってる」
「失礼しまーす」
と、言いながら山田君は玄関に入った。リビングキッチンを抜けて階段を上がる時、テーブルにお洒落なピンク色の小さな袋に「おやつよ。食べてね」と書かれた紙が貼ってあったのが目に入った。部屋に入ると十五巻を床に置いた。山田君が読み始めると、僕は五巻から読んだ。何度も読んでいるけど面白い。山田君が八巻を読み終えた時、
「宮村君、あのさ。あの、さっき一階におやつって書いてあった袋があったよね。あれ、どうするの?食べないの?」
「え、いや食べるよ」
「あのさ。恥ずかしいけどさ。僕んちおやつって出たことないんだよね。見るだけで良いからさ、おやつ見せてくれないかな?」
「あぁ、良いよ。じゃ、ちょっと待ってて」
階段を降りピンクの袋を手に取って中を見てうろたえた。これは見せたくない。他に何かないかと食器棚や冷蔵庫の中を見ても普通のおやつになりそうなものは無かった。
『まぁ良いか。山田君にどう思われても良いし』
心でつぶやいて部屋に戻ると彼はまだ八巻を手にしていた。
「あぁ、宮村君、遅かったねー。おやつを待っていたら物語に入り込めなくてさ。小学生みたいだよね。ごめん」
この袋の中を見たら山田君は何て言うだろうか。学校でみんなに言うかも知れないけど、いいや。笑い話に持っていけばいいんだ。
「おやつ、これだった」
山田君は受け取ったピンクの袋の中を見て、駄菓子屋で一等賞を引いた時のような顔をした。
「すげー。納豆がまるまる一個入ってるよー。これがおやつなの?君んちって、いつもこんな豪華なおやつなの?凄すぎするよー。めっちゃ羨ましー」
反応が予想と違い過ぎてびっくりした。
「え?あぁ、まぁ、そうかな」
「納豆は俺んちでは朝ご飯に出るんだよ」
「あぁ、まぁ、ウチもそうだけど」
「でも、家族四人で四等分するんだ。お父さんがお箸で十字に切って。一個まるまるなんて、贅沢だよ〜。あ、お姉さんと半分こするの?」
「いや、姉貴はバイト先で食べてくるから」
とっさの事でどう反応すればいいか困った。
「山田君ちのお父さんは自衛官って言ってたよね。何で、そうなの?」
「今はなんでも物価が上がって、食糧不足もあってどこの家もそうだってお母さんが言ってたよ。宮村君ちが特別なんだよ」
それから二時間で一気に読んで山田君は帰っていった。見るだけの約束通り納豆が食べたいと言わなくてほっとした。だって、これは月に一度の贅沢だから。お母さんの給料日だけのご馳走だから。ウチも普段は四等分していて、それ以外のおかずはお父さんが作った特製の虫取りカゴをお母さんと二人で出勤しながら雑木林に十個仕掛けて、帰りに回収して中に入っているバッタやコオロギがおかずに出てくる。最近はカゴを仕掛けるライバルが増えて収穫が少なくなっているとお父さんが言っていた。虫もいなくなったら食卓に何が出てくるんだろう。
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