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遠望13

山の中で暮らしていた二人のインタビューを終える。
二人はついに山を降りる決心をする。

 ずっと目をつむり静かに聞いていた大筒が、お茶を一口飲み、ゆっくりと天井を見上げどこか一点を見つめながら息を吐いたので姫野が口を押さえて笑った。ロバートの仕草と全く同じで美貴も口を手で押さえて笑っている。
「なぜなんでしょうかねぇ。涙が出てくるんですよ。泣く話しじゃないのに、涙が出てくるんです。『子供を家から出しなさ〜い』って言ったのは、倒れた古い大木だったのじゃないのかなぁと僕は思いますね。ロバートさんがおっしゃるように全てに神がいる。僕たちは実は神に溢れている世界で生きているのかも知れませんねぇ」
 大筒の話しを聞いてロバートが椅子を後ろにずらして立ち上がり、カメラマンに手招きしながら「みんなも来て」と呼んだ。
 入り口に向かって歩き出したロバートの後をパウラも追っていく。由季子と康一はテーブルについたままだが美貴はパウラの後について行った。急にどうしたんだろうと思いつつも何か楽しい事が起きそうだとみんなが感じているようだ。ロバートが入り口近くで立ち止まり壁の板をすりすりと触った。

「この板はね、さっき話したあの倒れた古い木なんだよ。ただ腐らせてしまったり薪として燃やしてしまうのが勿体なくて壁材として使ったり、柱にしたりしてあっちこっちで生かしているんだよ。あれから六十年経ったけど、あの木はここでまだ生きているんです」

 姫野が「素敵」と囁いて壁の前に座り込んでロバートと同じようにすりすりと触った。三宅が壁に耳を当てると姫野も同じように耳を当て何かを感じようとしている。大筒は両手を拡げ全身を壁にくっつけて深呼吸した。
壁の板を撫でながらロバートが話した。

「この家は大工さん達が作ってくれました。僕は隠れていたから大工さんたちとは会っていないので由季子さんの弟の正一が大工さん達と話してくれたんです。ジェネレーターや機械を運んで、週の半分は泊まり込んで作ってくれたからかなり早く出来たんです」

 壁に耳を付けながら聞いていた三宅が体を起こし聞いた。

「ロバートさんはその間どうしていたんですか?」
 姫野も大筒もロバートに向き合った。

「僕は離れた場所でテーブルや椅子を作っていました。大工さん達が休みの日は彼らの道具を借りちゃったけどね。でもちゃんと元通りの場所に返したから気づかなかったよ。家が出来上がってパーティーした時は、大工さん達が来る前にテーブルと椅子をセットしたからみんなとっても驚いていたそうだよ。そのテーブルがその時に作ったものです。椅子は壊れちゃったから作り直したけどね」

 三宅たちがテーブルに振り向くと康一が立ち上がりカーテンを開けると夕焼けが部屋に広がった。

「皆さん、そろそろお帰りになられたほうが良いと思います。月の明かりも木の葉にさえぎられて山道には届かないので真っ暗になりますよ。足を滑らせて挫いたら救急車も呼べないし大変です。明日は午前中に来られるというのですから早めに帰られたらどうですか?帰っても仕事をされるんでしょ?あっという間に朝が来ますよ」
 大筒が撮影スタッフに「撤収しよう」と目で合図すると、カメラマンの二人がカメラを降ろした。三宅がロバートに握手を求めるといきなり抱きしめられ、戸惑いつつも抱き返すと「ありがとう。また明日ね」と大きな声で肩を叩かれた。姫野は中腰で由季子のそばに立ち、優しく手を握りながら礼を言った。
 康一がお茶を入れた四本のワインの瓶を大筒に渡すと三宅と二本づつリュックにしまった。撮影スタッフが外に出ると生温い風が吹いていた。空を見上げたロバートが、

「明日は雨が降りそうだ。山を下りるには厳しい一日になるかも知れない」
 そうつぶやいた独り言に三宅は不安になり赤い空を見上げ、姫野は夕焼けに見とれた。

「夕焼けの翌日は晴れると聞きますが、明日は雨になるのでしょうか?」
 姫野の質問にうなずきながら両手をひろげ、

「この風だとね。ゆっくりと天気は悪くなってくると思うよ。明日の午後は多分雨になるからその準備をしてきたほうが良いよ」
 ロバートの後ろから出て来た由季子も、

「私もそう思うわ。明日の午後は雨になるわよ。山を降りるときに滑っちゃうんじゃないかしら。私には無理かも」
 階段を下りて赤く染まる森を撮影していた加藤がカメラを止めて振りかえった。

「長年、この山の中で暮らしてこられたお二人がそうおっしゃるのなら雨の準備をしてきましょう。ありがたい情報です」
 大筒は深く頭を下げて首に巻いていたタオルで汗を拭いた。

「すいません。話し忘れていました。康一さんからの要望でお二人には籠を用意致します。今、我が社の大道具係が二つの籠を作っていますので、それに乗って降りていただこうと考えています。ウチのスタッフが大学の運動部の力自慢を十数人臨時バイトとして確保しているはずです。四人で担いで疲れたら交代出来るようにと。ロバートさんと由季子さんに歩いて降りてもらおうとは思っておりません。初めに話すべきでした。大変申し訳ありませんでした」

 三宅と姫野も頭を下げたのを見て加藤も他のスタッフも全員頭を下げた。由季子が笑いながら大筒の肩を叩いて顔を起こさせると、

「わぁ〜、そうなのぉ?水戸黄門様のようになれるの?うれし〜い。ロバートも時代劇が大好きでよく二人で見てたのよ。なんて素敵なの。座ったまま籠で山を降りられるなんて夢見たいよ」

 手を叩きながらはしゃぐ由季子を見てロバートも大筒に抱きついてほっぺにキスをしようとしたので、あわてて大筒は手のひらで防ぎながら三宅と姫野に助けを求めた。

「籠に乗せてくれるの?ホントに〜?ありがとう〜、嬉しいなぁ〜。明日僕はお殿様になれるんだね。歩かないで山を降りられるんだね。あのね、窓つけてね。籠に窓つけてね。森を見ながら降りたいから窓つけてね。康一、ありがとう〜。美貴ちゃん、交代で乗る?」

 由季子以上にはしゃぐロバートを見て大筒は胸をなで下ろした。説明不足で謝罪したことが逆に二人にはサプライズになったようだ。
 姫野が、ロバートと由季子の手を取り、

「明日はお殿様とお姫様になった気分で籠にお乗り下さい。お供として私たちがついていますので安心して下さいね」

「こんなお婆ちゃんがお姫様になっても良いのかしら。でも一生に一回だから良いわよね」

「お袋、お姫様とは言ってないよ。お姫様気分でと言ったんだよ」
 康一の横やりに美貴が怒って睨んだので「スイマセン」と小声で謝った。
 帰る間際に明るく一体感になれたことで大筒は安心した。

「それでは明日の十時か遅くても十一頃には来ますので今日はこれで失礼致します。長い時間ありがとうございました」

 スタッフ全員が礼を言って山を降りていった。

遠望14へ(4月9日)続く。1から読みたい方はこちら。



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