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記事一覧

美しく燃える森

電車の扉が閉まった時にタイムスリップ出来ることを思い出した。
微かな記憶ではあるが、前世では自分にとって都合の悪いことが起こるとしばしばそれを利用していたことや大切な誰かかが亡くなった時には最後に会いに行ったり(どれだけタイムスリップしても人の生き死にまでは変えられなかった)していたことを思い出した。
その日僕は現世で初めてタイムスリップをした。もう一度会いたいと強く願ったからだ。

彼女とは

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蜂の巣

真夜中、次第にどの家も灯りを落とすであろう時間に男は書斎にいた。髪は濡れて、息は酒臭く寝間着姿で文机と向き合っていた。男は小説家の類ではなく、寧ろ筆無精ではあったが、男の母親の教育方針のおかげか幼い頃から習字を習わされ字は綺麗な方だった。
酔っ払ったまま部屋に帰り、その勢いでシャワーを浴び、テレビを見ながらソファーで寝る。そんな男に先日恋人ができた。顔立ちが整っていると言えなくもないような男に対し

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ある饒舌な理不尽

もし、例えばだけど、私があなたに別れたいって言ったとするでしょ?私達、つまり女っていう生き物は半分止めて欲しいけど、もう半分は本当に別れたいと願ってるのよ。
少しも情がない訳では無いし、嫌われたくはない。だから、私は押し付けずに願望を示すだけなの。でも、決してニュートラルに半分ってことは無いから、その時の51:49みたいな傾きを感じてそっちに背中を押してもらいたいの。

それを僕は、つまり君なりに

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寂しいのち、曇りの兎

澄んだ空の下で洗濯物を取り込みながら、僕は大学の後輩のウサギについて考えていた。彼女はくしゃっと笑い、掴みどころのない人物で僕が知る限り19歳まで貞操を守っていた。

ウサギとは大学二年生の後期にイギリス文学史の授業で知り合った。確か、ディストピア文学の講義でトーマスモアについて教授が熱弁しているのを数名を除いて全ての学生が聞き流していた。授業後、ウサギは僕に話しかけてきた。
「タグチくん、でしょ

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寂しいのち、曇りの兎 β

よく澄んだ空に登る太陽が少し傾いてきた頃、僕はカッターシャツにアイロンを掛けながら大学の後輩であるウサギについて考えていた。12年前、彼女は夏のよく晴れた日に降り注いだ雨のように僕の前から跡も残さず消えた。

彼女とは大学の喫煙所で知り合った。その喫煙所はサークル棟としてしか活用されてない7号館の近くにあり、ずっとサークル室に入り浸ってる大学に来ているだけの学生か、意図的に少し独りになりたいと

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残り香

どこへ向かえばいいのか全くわからない時期が、多分誰しもある。学生時代にそれが来ることもあれば、思っていたように進まない人生に躓いた時に来ることもあるし、順風満帆なはずの生活なのにどこか満足し切れなくて来ることもある。乗り越えていく者もいれば、そうでない者もいる。

僕の高校時代の親友キズキは20歳になってすぐに行方不明になった。僕達が大学二年生の夏だった。彼とは10月2日に連絡不通になり、その前日

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赤と白に散らつく雨粒

私にとってそれが初めての失恋だった。中学時代にも勿論恋愛感情というものはなんとなく持ち合わせていたはずだが、それが上級生の憧れの先輩へ向けている感情と何が違うのかをきちんと説明しきれなかった。

高校に入学して、オリエンテーションで千葉にある牧場に行くことになっていた。その時は出席番号順で適当にグルーピングされた男女数名を班という括りで指定された場所を周回させられた。そのオリエンテーションで同じ班

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