残り香

どこへ向かえばいいのか全くわからない時期が、多分誰しもある。学生時代にそれが来ることもあれば、思っていたように進まない人生に躓いた時に来ることもあるし、順風満帆なはずの生活なのにどこか満足し切れなくて来ることもある。乗り越えていく者もいれば、そうでない者もいる。

僕の高校時代の親友キズキは20歳になってすぐに行方不明になった。僕達が大学二年生の夏だった。彼とは10月2日に連絡不通になり、その前日まで僕は彼と3泊4日の熱海旅行を敢行していた僕は普段と違わない様子の彼のSOSに気が付けなかった自分を責めた。
キズキには意中の女性がいた。彼は一度も女性経験がなかった訳では無いが、乏しかった。彼は大学でジャズ研究サークルで出会った直子という子を想っていた。彼はしばしば、直子とデートをしていたし、そこに僕が呼ばれることもあった。特別な関係ではなくともかなり親密で、互いに友人を誘い男女二人ずつで高田馬場にあるイェーガーが1杯180円のカラオケで彼はthe pillows、僕はELLEGARDEN、彼女は中森明菜を歌ったし、西早稲田のロシア料理屋でボルシチを飲んだ。直子はしばしば彼女のいない僕に彼女の高校時代の友人やアルバイト先の同僚を宛がった。僕は何度か彼女達とデートをし、付き合ったこともあったが長くは続かなかった。
「あなたは悪い人じゃないけど、4人で遊んでいた頃の方が楽しかったわ」そんな言葉でよく関係は終わった。そんな悲劇が僕達に齎されたが、直子は僕とキズキと3人で遊ぶことにシフトした。

9月の頭に僕とキズキは20歳になった。僕は8日、彼は13日が誕生日だったので、なんとなく13日に2人分祝い合うことにしていた。それが僕達の関係だった。その年は各々大学の友人らと誕生日当日に日程を押えられていたので、月末に旅行に行って、埋め合わせをしようということになった。
まだ暑さの残る9月の末に僕達は熱海へ向かった。その日彼はいつもと何も変わらず、僕は彼に彼の好きな作家であるデレクハートフィールドの全集を彼は僕にディップティックのアロマキャンドルを贈った。旅館に着き、一通り荷物を卸し伊豆山温泉に向かった。お互いビールを嗜みながら足湯に使ったり、その後旅行で飲みながら彼の持ってきたパソコンで映画を見たりとダラダラ過ごして僕達の旅行は終わった。

その後僕らはいつも通り次の予定も立てずにまたね、と別れその後キズキは行方不明になった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?