寂しいのち、曇りの兎 β
よく澄んだ空に登る太陽が少し傾いてきた頃、僕はカッターシャツにアイロンを掛けながら大学の後輩であるウサギについて考えていた。12年前、彼女は夏のよく晴れた日に降り注いだ雨のように僕の前から跡も残さず消えた。
彼女とは大学の喫煙所で知り合った。その喫煙所はサークル棟としてしか活用されてない7号館の近くにあり、ずっとサークル室に入り浸ってる大学に来ているだけの学生か、意図的に少し独りになりたいと思ってわざわざそこを選んでいる学生しか利用しなかった。
「あなた、確かハイライトメンソールよね?1本いいかしら」
勿論、僕はそう返して煙草と火を彼女に恵んだ。
「いつもここにいるわよね、私たち。あなたも周りに喫煙してるって知られたくないの?」
「男はどちらかというと誇らしげに煙草を吸うもんさ、ただここで1人でぼんやりながら、ここにいる人を眺めてるだけだよ」
「なるほど、じゃあ今日は私がここにいて、昨日は他の誰かを見てあれこれ卑猥な妄想でもしてくれてるの?」
「卑猥な妄想ってことはないけど、なんとなく覚えてるよ。昨日は兎を見て、一昨日は鹿を見たよ。今日は君」
「たんぽぽ娘ね、それ。私も好きよ。でも、私は昨日もあなたを見てたし、私はあなたに兎としか認知されてなかったのかしらね」
それから暫く海外文学や大学に対しての不満のあれこれを話した。煙草を吸う時に特に誰かと話したい訳では無いので、止めようと思えば止めれたのだがなんとなく適当に話していた。
「あなた、いつもこの時間ここにいるの?」
基本的には。
「なら、また明日来るわ。ランチはいつもどこへで済ませてるの?」
「特に決まってないけど、いつも本館か正門を出てすぐのカレー屋かなかな」
「あのネパール人のカレー屋ね、じゃあ明日一緒にそこ行きましょ。じゃあ、また同じ時間にここで」
翌日彼女は身体のラインのきっくり目立つ黒いニットに襞の多いチェックのスカートを履いて現れた。
「よかった、ちゃんといてくれて。行きましょ」
正門を出てから5分ほど歩いたところにあるそのカレー屋に向かう道で僕と彼女の間に少しの距離が空いていた。詰めようと思えば詰めたのだが、上手く昨日のように話せる気がしなくてなんとなくその距離を保ちながら歩き続けた。
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