寂しいのち、曇りの兎
澄んだ空の下で洗濯物を取り込みながら、僕は大学の後輩のウサギについて考えていた。彼女はくしゃっと笑い、掴みどころのない人物で僕が知る限り19歳まで貞操を守っていた。
ウサギとは大学二年生の後期にイギリス文学史の授業で知り合った。確か、ディストピア文学の講義でトーマスモアについて教授が熱弁しているのを数名を除いて全ての学生が聞き流していた。授業後、ウサギは僕に話しかけてきた。
「タグチくん、でしょ?」
「そうだけど、前にどこかで会ったことがある?」
「ううん、私が一方的に知ってるだけよ。私たちこの後本館の食堂に行くんだけど、一緒にどう?」
「君を含めて誰も知らないし、気を遣うから大丈夫だよ」
「そう、じゃあ今度二人でランチしましょう」
それなら、まぁと言うと彼女は颯爽と待たせている友達の元へ消えた。
三号館近くの喫煙所で煙草を吸いながらぼんやり少し前に別れた彼女について考えながら、後からウサギ(この時名も知らぬ彼女をそう名付けた)の言葉を思い出していた。
三号館近くの喫煙所はキャンパスの隅に追いやられており、ここに来る者は独り者の喫煙者だけだった。非喫煙者を引き連れてくる喫煙者達は本館か5号館の喫煙所を好んで利用した。
僕はその日二箱目のピースライトの封を開け、一本取りだしジャケットの内ポケットからジッポライターを取り出し火を点けた。一服して、前方を見ると女性が歩いてきており、よく見るとウサギだった。
ウサギは赤いマルボロを鞄から取り出し、ライター貸してくれる?と僕に言ってきた。僕はライターで彼女の咥える煙草に火を点けた。
「麻美さん」
なるほど、彼女の後輩がうちの大学に入ったと言っていたけどこの子だったのかと不意に理解した。
「なるほど、彼女の後輩というのは君だったのか。でも、どうして僕のことを?」
「そんなのSNS見てれば勝手に知るわよ。ねぇ、タグチくんこの後授業ある?」
「5限のフランス文学までは空きコマかな」
「私も5限まで何も無いわ。よかったら、お茶しましょう」
飯田橋の駅まで歩き、一番最初に目についた個人経営の喫茶店に入った。
僕はアイスコーヒーを頼み、彼女はアイスティーを選んだ後に喫煙席に向かった。「私たち付き合ってたのよ。」
なんとことか分からず、僕はというと?と返した。
「だから、私たちは高校時代の少しの期間恋愛関係にあったのよ。半年と少しね、そんな中で先輩が彼氏ができそうだからもうこの関係も終わりにしたいって言ってきてぼんやり終わったんだけど、私は先輩以外と付き合ったことがないから、その後誰とも付き合わずなの」
聞いていないことまで聞いてしまったようだけど、それで具体的に君は僕に具体的に何を求めているとかあるの?
「あなたと付き合いたいの」
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