見出し画像

おじいちゃんが教える世界一たのしい経済の教科書8




第6章 景気ってなんだ?



◉景色を見た時の気持ち

おじいちゃん、最初に言っておくけど、急に消えたりしないでね。

だって……それは領太が……。

ぼくが何?

キツいこと言うんだもん。

なんだか今日は女の子みたいなしゃべり方だね。

領太、女の子みたいとか、男の子みたいとか、あの世ではそういうの関係ないんだよ。

え? そうなの? 「ジェンダーレス」ってやつ?

ジェ……?

知らないの? 一言でいうと、男女の区別がないって意味だよ。

それそれ、それだよ。けど、最近カリナちゃんとしゃべってるから、しゃべり方が移っちゃったのかも。

カリナ……ちゃん? 誰それ。もしかして、おじいちゃんのコレ?

領太、小指を立てるのをやめなさい。カリナちゃんは、そんなんじゃないよ。生前のカリナちゃんは光秀という名前だったらしいけど、こっちの世界に来てからカリナに改名したそうで。

ミツヒデ? なんだか貫禄ある名前だね。なんにせよ、死んでから本来の自分が目を覚ましたってわけだね。

その通り。生前はかなり責任ある立場だったゆえ、本当の自分をさらけ出せなくてつらかったそうだ。彼女が生きていた時代は、ジェンダーレスという言葉もなかったしね。

そっか、いろんな幽霊がいるんだね。

幽霊、幽霊、言うな! 好きで幽霊になってるわけじゃないぞ!

そんなに興奮しないでよ。前にも言ったけど、ぼくはおじいちゃんに会えてうれしいんだ。たとえ幽霊でも、こうして毎日会えることは、ぼくの楽しみなんだよ。

領太……。おじいちゃん、うれしくて涙が出ちゃう。

おじいちゃん、またカリナちゃんのしゃべり方になってるよ。あ、そんなことより、パパとママが仕事から帰ってくる前に、ケーキの話をしてもらわなきゃ。

ケーキ? イチゴケーキ? チーズケーキ? チョコレートケーキ?

そうじゃなくて! お金に関わるケーキでしょ。「世の中の活気」みたいなケーキの話。

あ、そっちのケーキね。漢字で書くと「景気」と書くんだけど、字のごとく景気とは「景色を見た時の気持ち」のことだよ。

景色を見た時の気持ち? お金に関わる景色? どういうこと?

景色を見て「きれいだな、気持ちがいいな」って思うこともあれば、「あんまり、きれいじゃないな。気分悪いな」って思うこともあるだろう? 本来、景気とは「ものごとの様子」って意味なんだけど、それがいつの間にか経済の状況に使われるようになったんだ。景気が良いとか、景気が悪いとか。

経済の状況?

そう。簡単にいえば、お金が儲かっているか儲かってないかということを、「景気が良い・悪い」という言い方で表現するんだ。あれはそう、領太がまだ赤ちゃんだった2012年の12月。その頃から景気が良くなりだしてねぇ、2017年くらいまで続いたんじゃないかな。

ぼくが生まれた時のことも、おじいちゃんは知ってるの?

もちろんだ。玉のようなかわいい赤ちゃんだったよ。おじいちゃんが死んだあとも、姿は見せてないけど、ずっと領太を見守ってきたんだ。

おじいちゃん……ぼくも涙が出ちゃう。

そうかそうか、そんなふうに言ってくれてうれしいねぇ。よし、おじいちゃんは知っているすべてのことを死ぬ気で領太に教えるぞ!

もう死んでるけどね。

……。

ごめんごめん。言葉に気をつけるから、半透明にならないで。

わかれば良い。それでは先へ進もう。

そもそも、「景気」ってどこの景色? どこかの会社の状況?

世の中全体の景色だよ。例えば1964年。おじいちゃんが今の領太と同じくらいの年の頃、日本で初めてオリンピックが開催されたんだ。その頃は、一般家庭にあるテレビはまだ白黒で、一家に1台あるのが当たり前じゃなかったんだよ。テレビ画面に人が映し出されるのを見て、「テレビの中に小さな人がいる!」なんて大騒ぎする人もいたりしてさ。東京オリンピックという大きなイベントが開催されたことによって、色のついたカラーテレビなどが売り出され、経済の景色(すなわち景気)は一気に良くなったんだ。

大きなイベントがあると、景気は良くなるってこと?

そうだね、オリンピックのように大きなイベントがある前は、そのイベントを成功させるためにいろいろな会社が新しいものを作ったんだ。例えば、車がいっぱい走れるように高速道路ができたり、人々が速やかに移動できるよう新幹線が走り始めたり、さっき話したようにカラーテレビができたりして、経済がどんどん成長したんだよ。ちなみに、カラーテレビとクーラーと自動車のことは「新・三種の神器」と呼ばれ、人々にとっての豊かさや憧れの象徴だったのさ。

経済が成長するって、どういう意味?

お金が大きく動いたってこと。道路を作る会社や電化製品を作る会社をはじめ、今までなかったモノを作るためにたくさんの会社がお金をたくさん使い、そしてたくさん売り、お金が大きく動くと共にいっぱい儲けたんだ。たくさんの会社が儲かったことで、社員の給料が増えたり、さらに新しい商品を生み出してもっと儲かったり、そうして日本全体が活気のある景色になったってわけ。景気が良いことを略して「好景気」と言い、景気が悪いことを「不景気」と言うんだが、好景気っていうのは、人々の生活が楽しく豊かになるって意味なんだよ。

そっか。「景気が良い」っていうのは、人々の生活が楽しく豊かになるって意味なんだね。なんだか、お寿司屋さんみたい。お寿司屋さんに入ると、「へい! らっしゃい!」って元気よく声をかけてくれるあの活気みたいだね。

いいこと言うねぇ、領太。本当にそうだね。景気が良い時の日本は「へい! らっしゃい!」って感じがするね。

でもさ、逆に「景気が悪い」状態って、どうなっちゃうの? 活気がない景色ってこと?

その通り。景気が悪い時は、まさに活気がない景色。例えると……。

墓場みたいな暗い景色って感じ? どんよりしてて、火の玉が飛んでそうなオドロオドロしいあの景色? ねぇ、どうなの? おじいちゃんがいつもいるところみたいな感じなの?

……。

あれ? ぼく、また傷つくこと言っちゃった?

セーフだ。

あ、いた。今、一瞬消えたでしょ。

消えとらん。おばあちゃんが領太のご飯を作ってるから、ちょっくら姿を見に行ってただけだ。

うわっ、のぞき? ストーカー?

スト……? スカ……? そうだ、カリナちゃんに返さなきゃいけないスカートがあったんだ! すぐに帰らねば!

え? 戻っちゃうの? ってゆーか、おじいちゃん……あっちの世界ではスカートはいてるの? 想像つかないや……。

想像しなくてよい。向こうでは誰もが魂をさらけ出し、ありのままの自分で過ごしているのだ。とにかくすぐ戻るから、領太は「GDP」について調べておくがよい。

ジーディーピー? 何それ? 調べるって、どうやって?

ネットを見ろ! ネットを!

え? さっきまでカラーテレビもクーラーもない時代の話をしてた人がネットって……。あ、もう薄くなってる! ちょっと、待ってよ!

GDPは儲けの総額

あのさー、おじいちゃん、すぐ戻るって言ったよね? 今、何時だと思ってるの!?

めんごめんご。死んでから時間の感覚が変わってしまってね……。なんせ、1日のすべてが自由時間だからさ。

ほら、時計見て! もう寝る時間だよ! お風呂だって今日はぼく一人で入ったし、さみしかったよ。

ごめんってばぁ。明日は必ず一緒にお風呂に入るから、許してちょ。

ねぇ、そのしゃべり方、どうにかならない? おじいちゃんじゃないみたいだよ。

あらそう? じゃあ、気をつけるわ。おわびにこれを……。

いらない。どうせイカの死体でしょ。

イカの死体って……殺人事件じゃないんだから。

寝る前に生臭いもの持ってこないでよ。それより、ジーディーピーってなんなの?

よし、今日は修学旅行の気分で、領太と枕を並べながら経済の話をするとしよう。

横になって話すのはいいけど、仰向けで手を組まないで。ただでさえ青白い顔なのに、余計に幽霊っぽさが出るから。

……。

ごめーん! もう傷つけるようなことは言わないからさ! 戻ってこーい!

そういうことなら、よし、眠くなる前にGDPの話をするとしよう。領太が大人になった時、経済のあれこれを知っておけば、きっと役に立つからね。

よろしく。

では早速。GDPというのは、「Gross(グロス=全部の)Domestic(ドメスティック=国内の)Product(プロダクト=作ったもの)」の略なんだ。GDPを日本語で言うと、「国内総生産」という意味なんだよ。

国内ソウセイサン?

そう。国内で生産されたモノやサービスによって、一定の期間内にどれだけの「儲け」が生み出されたか、その総額を表すのがGDPなんだよ。領太、儲けってわかるかい?

商売してる人が「儲かった!」とか「儲からなかった!」とか言うあの儲けでしょ?

そう。儲けをより正確な用語で表すと「付加価値」と言うんだけど、そうそう、この前おじいちゃんが領太に新鮮なイカをあげると言ったら、領太はこう言ったよね? 「できたら干してジャーキーにしてからくれるとありがたいな。なんなら、完成したジャーキーを売って、儲けたお金をぼくにちょうだいよ」って。

あー、そんなこと言ったね。

例えば、領太がおじいちゃんから50円でイカを買ったとして、そのイカを使ってスルメジャーキーを作り100円で売ったら、儲けはいくら?

は? なんでぼくのスルメジャーキーを盗んだおじいちゃんからイカを買わなきゃいけないのさ。

例えばだよ、例えば。

えっと、50円で買ったものが倍の100円になるわけだから、儲けは50円。

正解。けど、実際には丸々50円儲かるわけじゃなく、イカを干すために網を買わなきゃいけなかったり、雨の日でも干せるように乾燥機も必要かもしれない。そうした必要経費が、ジャーキー1枚作るにあたって30円かかったとすると、仕入れた50円と30円を合わせて80円。それが100円で売れたら?

儲けは、20円ってこと?

そういうこと。そういった儲け、つまり、付加価値が国内でどれだけ出たかを表すのがGDPってわけさ。

GDPによって何がわかるの?

GDPは一定期間に国内で生産された儲けの総額って言ったよね。つまり、GDPという指標によって、その国の経済状況の良し悪しを知ることができるんだよ。

その国の経済力が今どの程度なのかがわかるってことだね。

そうだね。ちなみに、日本にいる外国人が出した儲けもGDPに含まれるよ。日本にいる人なら、国籍は問わないんだ。それと、昔はGDPではなく「GNP」という指標を使っていたんだよ。

ジーエヌピー?

「Gross(グロス=全部の) National(ナショナル=国の) Product(プロダクト=作ったもの)」の略で、日本語で言うと、「国民総生産」。日本人によって生産されたモノやサービスの儲けをGNPと言っていたんだ。昔は日本人は日本だけで仕事をして経済を動かしていたからね。でも、グローバル化で状況が変わったんだよ。

グローバル化?

グローバル化というのは、日本人が海外で働くようになったということ。また、同様に海外の人も日本で働くようになってきたということだよ。マイク君のパパみたいにね。つまり、国境に関係なく人々が働くようになり、ビジネスが展開されるようになったのさ。となると、国籍ではなく、その国で働いている人々が、その国の経済力を測る上で重要な要素になる。だから、GDPが中心の指標になってきたんだよ。

そうか。日本も海外も含めて、地球規模で経済は動くってことだね。GDPってなんだか世界各国の通信簿みたいだね。

領太は面白いことを言うね。一つのことをさまざまな角度から見る力は、領太の強みだとおじいちゃんは思うよ。

ありがとう。おじいちゃんに教えてもらったことを、大人になるまで忘れないよう書きとめておく『経済ノート』を作ろうかな。

それは名案だよ、領太! 領太の役に立つために、ワシもがんばって毎日出てくるぞ。

がんばるって? おじいちゃんがぼくの前に出てくるためには、何かをがんばらないと出てこられないの?

いや、それについてはいいんだ。領太に会うためなら、どんな苦労もいとわないという意味だよ。

そっか!

それより領太、日本銀行のことも景気のことも勉強したから、その二つが関わる話をしようじゃないか。

日本銀行と景気が関わる話?

日本銀行は景気をコントロールしている

実はね、日本銀行は物価を安定させる仕事もしているんだ。物価ってわかるかい?

モノの値段のこと?

ビンゴ。モノといっても、形あるモノだけでなく、サービスの値段も含まれるんだよ。

形あるモノ? サービスの値段?

形あるモノとは、スマホとか車とか家とか、「さわれるもの」ってことね。サービスとは、アプリとかオンライン授業とか、手で「さわれないもの」。これら全部のモノの値段を「物価」と言うんだ。

そうなんだ。それで? 物価を安定させるってどういうこと?

例えば、毎日領太と一緒に食べるアイスキャンデーが、昨日は100円だったけど、今日は500円もしてたらどうする?

困る。ママがアイスを買ってくれる日と買ってくれない日があるってことになっちゃう。

そうだね。毎日モノの値段が変わってしまったら、安心して買い物ができないよね。物価が安定しないと消費も安定しない。その結果、国全体の景気も上がったり下がったりして安定しなくなってしまう。そんなことにならないよう、国全体の物価を安定させる必要があるよね。言い方を変えると、「景気をコントロールする役割」ってところかな。

日本銀行は、お札を刷ることと、銀行のための銀行ってことと、政府のための銀行という三つの役割の他に、国全体の物価を安定させることもお仕事ってこと?

素晴らしい! 領太の記憶力はスポンジのようにどんどん吸収できるんだな。そうだよ、その三つの役割の他に、物価を安定させ、景気をコントロールする重要な役割も日本銀行は背負っているのさ。もしも、どこもかしこも商品が売れまくって儲かっていたら、「値段を高くしてもみんな買う」とさまざまな会社は判断して物価が上がっていくよね。今まで1本100円で買えていたジュースが、1本200円で売られることが当たり前になるかもしれない。また値段が上がっていけばいくほど、人は安いうちに早く手に入れようとするんだ。必要以上に買いだめをしようとする人も出てくるかもしれないね。そうやって商品がたくさん売れると、だんだん生産が追いつかなくなってきてしまう。つまり、本来の需要と供給のバランスが崩れてしまうわけ。そんなことが続いたら、いつの日かジュース1本1000円なんてことも当たり前になってしまうかも。そんなふうに値段が急上昇して、需要と供給のバランスがチグハグになってしまわないようにするためにも、景気をコントロールする必要があるんだ。

「ほしい」と「与える」のバランスってことだね。でもさ、国全体の物価を安定させるなんて、本当にできるの? どうやってコントロールしてるの?

景気をコントロールするためには、まず、国全体にどれくらいお金が出回っているかを把握するんだ。

お金の量ってこと?

そんな感じだね。さまざまなデータによって国全体のお金の量を知ることで、日本銀行はお札を刷る量をコントロールするわけ。国全体にお金が多く出回っていたら(景気が良かったら)、去年より少なく刷り、お金が少なかったら(景気が良くなかったら)多く刷るといった感じで調整するんだよ。

じゃあ、お札を刷る枚数って毎年違うの?

そういうこと。あとは、金利の調整もするよ。例えば、ある会社が「新しい商品を作りたいからお金を貸してください」と銀行にお願いしたとする。そういった時に、国全体の景気が下がっていたら金利を下げるんだ。金利は覚えてるかい?

うん。借り手から貸し手に支払われる、もしくは貸し手が借り手からもらう利子の元金に対する割合だったよね。

そうだよ。その利子を高くしたり低くしたりすることでも、景気をコントロールすることができるんだ。国全体のお金の量が少ない時は、金利を低くして、みんながお金を借りやすくする。そうすると新しい商品を作ったり、大きな工場を建てることもできて、お金が世の中に出回る。そして景気が良くなってきたら、物価が上がりすぎないよう今度は金利を上げて借りにくくする。そんなふうにコントロールしながら物価を安定させると、経済も安定的に成長するという仕組みさ。ちなみに、その仕組みを「金融政策」と呼ぶんだよ。

キンユウセイサク……。

おっ、早速ノートに書き込んでいるようだね。

うん、運動会で一等を取った時に景品でもらったノートがあったんだけど、使い道がなかったんだ。ちょうどいいから、おじいちゃんに教えてもらったことを書いておくノートにしようと思って。

いいねいいね。じゃあ、ノートの表紙のタイトルは『おじい先生の経済ノート』にするといい。

それいいね! 表紙にそう書くよ。

よし、今日の授業はここまでにして、ゆっくり寝るとしよう。

わーい、おじいちゃんと一緒に寝られるんだね。

あっちの世界には門限があるから、朝まで一緒にいることはできないが、寝坊しないでちゃんと学校へ行くんだよ、領太。

はーい。おじいちゃん、おやすみ。

おやすみ、ワシの宝物の領太。


次回、第7章 「インフレ・デフレってなんだ?」へ続く

AmazonAplus_経済ってなんだ?_re


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?