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職人の手仕事を感じるノート


俳句と暮らす vol.10

「俳句と暮らす」も、vol.10を迎えました。
毎回、季語やそれに関連する場所やモノ、人を訪ねて文と俳句を綴ってきましたが、今回は手前味噌ながら、俳句のための“道具”のお話を。

夫と二人で営んでいるデザイン会社では、俳句のための文具ブランド「句具」を運営しています。
先日ご紹介した二十四節気カレンダーや、俳句を書くためのノート2種、俳句を額装して飾るためのカンバスや、ポストカードなどがあります。

今回の主役は、俳句を句集のように綴っていくためのノート「選句ノート」。

こちら、岐阜市にある小さな製本所さんで、一冊ずつ丁寧に製本していただいています。
今回はその職人さんの手仕事をご紹介したいと思います。


そもそも、選句ノートって?


「選句ノート」とは、句具が名付けたノートの名前です。

「選句」とは、「俳句を選ぶ」という意味。
選び抜いたお気に入りの俳句を書き綴っていくための「俳句を書き溜めていくノート」です。
色は3色あります。

選句ノートは、コットン&リネン貼りの表紙に箔押しを施した上質な表紙に、しっかりと厚みのある本文用紙、さらに目次やしおり、奥付もついています。
“本のような”上質感にも、もちろん書きやすさにもこだわってつくりました。

ただ高級感があるだけで、書きにくくてはいけないので、表紙の背が離れる「背開き上製本」、パタンと180度開く「糸かがり綴じ」を採用しています。

書くときは書きやすくて、読み返すときはまるで本のような、句集のような感じ。

そんなノートを目指してつくりました。

そのこだわりの裏には、製本職人さんの並々ならぬ努力と匠の技が…!

私たちからの無理難題をたくさん聞いてくださった製本職人さんのおかげで、この選句ノートができあがりました。
今日はそんな選句ノートの製本過程について、ご紹介します。


岐阜にある老舗製本工場「小川守商店」


製本をお願いしているのは、岐阜県岐阜市にある老舗製本所「小川守商店」さん。
書籍製本や上製本を得意とする製本所さんです。


いよいよ製本スタートです


「句集のように読み返してほしい」「読み返しやすいものを」という思いで、全頁に「ページ数」が印刷されています。
ページ数が印刷された紙を折って、ページ順に並べていきます。

選句ノートの「糸かがり綴じ」という製本は、書くときに180度パタンと開いて書きやすい製本ですが、でもこの「糸かがり綴じ」を製本できる工場が、本当に少ないんです。

小川守商店さんにある、糸かがり製本の機械は昭和49年製。

半世紀ものあいだ、大切に使ってきたことがわかる味わい深さです。

この製本機は、自動で紙を吸い取っていくものではなく、手で一折ずつセットして、足でガチャン!と踏んで綴じていくもの。
この日、綴じを担当してくださっていたのは、小川守商店の小川志津子さん。華麗な手捌きです。

綴じ終わったら、今度は背に出ている糸をキュッと手で一本ずつ引っ張って、糸を締めます。

ここで糸を締めておくことで、中の綴じ面が安定するそう。
なんとこの作業、一本ずつ手作業。一冊に数本ある糸を、指でつまんでキュッと引っ張っていきます。
糸が途中で切れたりほつれたりしていないかもチェックしながら、作業は進みます(万が一切れていたら、全部ほどいて最初からやり直し…!)。

その後、本を揃えて「均し機」にセットし、本の厚みを均等にするためにギュッと圧をかけます。

普通に折っただけだと、背側(折り側)が高くなってしまいますが、両方均等でないと美しい本になりません。

この「均し機」を使って、きちんと“均した”あとの本が右側。

同じ枚数でも、こんなに高さが違います。

美しくするための丁寧な手作業「下固め」


続いて、美しい本をつくるために、いったん背を固める「下固め」の工程です。

実際に背に糊をつけて製本していくのはまだ先の工程ですが、現状でいったん薄く糊付けをして、仮止めしておきます。

背をピシッと合わせて並べ、専用の機械を使って圧をかけて…

専用の道具を使って固定します。
ページの内部まで糊が染みることがないように、ギュッと固定するのが大切なんだそうです。

一本の紙のタワーのようになりました。
ここで使っている木の板や金属の枠のような特殊な道具も、もう何十年も使われているものなんだとか。

続いて、背の部分に薄く糊をつけます。

「今は後工程のために下固めするための糊なので、背をつくるときはまた改めてしっかり糊付けします」と、慣れた手つきで糊を塗りながら教えてくれたのは、今回の選句ノートの製本をメインで担当してくださっている、小川真希さん。

仮で付けておく糊とは言え、均等に塗られている薄い糊の層が美しいです。

糊が乾くまで数十分、しっかり乾かしたら「下固め」は完了。
これで、製本作業中に糸がほつれてページが抜けたりする心配はありません。

「後工程のためのひと手間」。
手間と時間をかけて行う、丁寧な手仕事を見せてもらいました。


見返しを貼り付け、いよいよ断裁!


下固めの糊が乾いたら、一冊ずつ「見返し」をつけます。

「見返し」というのは、表紙を開いてすぐの色紙のところ。

句具の選句ノートは「背開き上製本」という製本で、布貼りの固い表紙が背から離れる仕様で、この色でいう青色の背の部分が見える状態です(普通は背には表紙が貼り付けられていて見えない)。

なので、この作業の美しさが本の完成度にとても影響する、とても大切な工程とも言えます。

この工程を担当してくださっていたのは、小川亜矢さん。
ここでも糊と専用の刷毛を使った手作業で、一冊ずつ、丁寧に貼り付けていきます。
慎重に、黙々と作業をされていました。

見返しがついたら、いよいよ断裁です。断裁機に4冊ずつセットして…

ガシャン!

これを、天・地・小口と、三辺、順番に行なっていきます。


本の中心に、手作業でしおりをつける


続いて、しおりを一本つけます。

本の中心をひらいて、すーっとしおりを差し込んだら、背側に糊をつけてしおりを固定し、乾かします。

しおりがついたら、見返しに糊をつけて背をつくっていきます。

紙は、水分を与えると伸びて柔らかくなる性質があるので、一度糊を綺麗に伸ばしてひと呼吸おき、紙に水分が馴染んで柔らかくなったところで、再度糊をつけて背に巻いていくそうです。
こうすることで、背に不自然な皺が寄ることなく、美しく貼り付けることができるんだとか。

職人さんにしかわからない、絶妙な「ひと呼吸」です。

続いて、本の背に見返しを接着します。
綴じた本がほつれたりするといけないので、ここで糊と本体とをしっかりと密着させます。これにより、安定感のある本ができあがります。

ここまでできたら、いよいよ表紙を貼り付けます。

全体に薄く糊を塗って…

あらかじめ見返しを貼って用意しておいた表紙に、そっと重ねて糊付けしていきます。


このあと、機械で圧をかけて糊を定着させ、乾燥させます。
乾いたら検品して、ケースに収納し、選句ノートの完成です。


製本職人の美しい手作業


小川守商店さんには、昔ながらの機械や道具がたくさんありました。
それらを活用しながら、すべての工程を手作業で行ってくださっています。

丁合も、糸かがり綴じも、しおり付けも。
見返しの接着や表紙の仕上げなど、一つひとつの作業がとても丁寧で美しく、見ているこちらが何度も感動のため息をもらしてしまうほどでした。

そんな丁寧な手仕事のおかげで、この上質な選句ノートができあがりました。
職人の手仕事が感じられる、一冊のノート。

私は、自分の俳句を書く一冊と、好きな俳句を書き綴っていく一冊を分けて使っています。
選句ノートのユーザーさんの中には、俳句ではなく一行日記を書き綴っているという人もいます。罫線もないので、使い方は自在です。

ぜひ手にとって、この美しい製本をぜひ、じっくり見てみてください。
製本職人さんの、ものづくりに対する想いを、きっと感じてもらえるはずです。


暮らしの一句

製本の糊の刷毛跡三月尽 麻衣子

【季語解説】三月尽(春)
三月尽(さんがつじん)は、そのまま「三月が終わる」という意味です。
かつて、陰暦の三月というのは春を締めくくる最後の月だったため、春が終わる感慨や、春を惜しむ気持ちを込めて使われていました。同じ意味を持つ季語として現在は「四月尽」という季語が使われています。
現在の陽暦では「三月尽」に惜春の思いはないですが、今回は古き良き製本所のノスタルジックな雰囲気と、職人の丁寧で繊細な手仕事を想って、一句つくってみました。


句具
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