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天野純希『吉野朝残党伝』 南朝の少年兵が見た戦いの真実

 南北朝合一後も吉野に潜み、足利幕府に対して戦いを繰り広げてきた吉野朝(南朝)残党。本作はその吉野朝残党にいわば少年兵として加わった多聞をはじめ、様々な人々の視点から足利義教期の混沌とした世界を描く物語であります。

 馬借の下人として幼い頃からこきつかわれてきた少年・多聞。大和の山中で荷を運ぶ最中に何者かの襲撃を受け、そのどさくさに襲ってきた主を殺した彼は、襲撃者を率いる後醍醐帝の後胤・玉川宮敦子と後鳥羽帝の後裔・鳥羽尊秀に出会い、同志に誘われることになります。
 敦子の武術に叩きのめされ、そして人が人として生きていくために幕府を倒すという尊秀の言葉に興味を持ち同志に加わった多聞。彼は数年間の過酷な修練の末、子供ばかりで構成された吉野朝の隠密部隊・菊童子の一員として任務に就くのでした。暗殺、奇襲、破壊工作――敦子や尊秀が幕府打倒、吉野朝復興のために様々に動く背後で、多聞たち菊童子は、表に出せない後ろ暗い仕事に従事していくことになります。
 時あたかも万人恐怖と呼ばれた足利義教の独裁政権の頃、吉野朝は時に義教の弟・義昭を迎え、時に鎌倉公方・持氏との連携を模索することになります。それでも次々と幕府方の攻撃の前に劣勢に立たされる中、吉野朝は義教と折り合いの悪い赤松家と手を組み、義教の首を狙うのでした。
 そして訪れる運命の嘉吉元年。その動乱の中で多聞たちが知る真実とは……

 足利尊氏と後醍醐帝の争いをきっかけに二つの皇統が存在するという、この国始まっての事態となった南北朝時代。足利義満によって皇統は再び一つとなったものの、それを認めぬ南朝残党は、その後も数十年に渡り、室町幕府の不安定な状況に乗じて活動を続けてきました。いわゆる後南朝とも呼ばれるその一派は、これまでも様々な形でフィクションの題材となってきました。本作はそれを踏まえつつも、歴史小説として、そして何よりもエンターテイメントとしてユニークな作品として成立しています。
 そしてその最大の特徴が、菊童子の存在であることはいうまでもありません。吉野朝の影の戦力として、様々な戦い・政略の背後で動いてきた菊童子――ほとんど忍者のような活躍を見せる彼らの存在は、物語にアクション性と伝奇性を濃厚に与える効果を挙げています。しかしそれだけでなく、歴史の表面から見ると散発的な点に見える吉野朝方の、そして反幕府方の動きを、菊童子の存在は裏側で繋ぎ、一本の線として見せることを可能としているのです。それは本作の物語構造の巧みさというべきでしょう。
 さらに本作は、多聞をはじめとして、いずれも身寄りのない、そしてほとんどが庶民の出身である菊童子の視点を通じることで、この時代の動乱を複層的に描くことを可能にしているといえます。南朝と北朝の正統争いも、武士たちの主導権争いも、所詮はそれ以外の人々にとっては雲の上の争い。多聞らの目から描くことにより、本作はその争いを相対化し、主義主張の正しさ(もっともらしさ)とは別の観点から描いているのであります。

 しかし、その菊童子こそは吉野朝のために働く走狗というべき存在ではないのか。何よりも身寄りのない子供たちを自分たちの主義主張に染めて手駒とする、テロリストの少年兵と同様のやり方は許されるのか? 冒頭からつきまとう疑問は、物語が進むにつれて――吉野朝側だけでなく、幕府側・武士の側から義教と対峙するキャラクターが登場する中盤以降、強まっていくことになります。
 その一種の矛盾あるいは負の側面に、本作はどのように答えてみせるのか? それは本作の重要な展開に触れるためにここでは伏せますが、一つだけ言うことができるのは、物語の流れ的にここがクライマックスになるかと思われた嘉吉の乱はあくまでも幕開けに過ぎない、ということであります。むしろ本作はその直後に起きた、もう一つの歴史的事件をクローズアップするのですが――その背後で繰り広げられたもう一つの戦いをクライマックスとする展開には大いに驚かされました。
 元々作者は、歴史上の事件を描きつつ、その背後にエンターテイメント的・伝奇的要素を絡めたクライマックスを描いてみせるのに長けた印象がありますが、本作もまた、その系譜に属する作品というべきでしょう。

 正直なところ、一人の人物に全ての罪を着せて終わらせてしまった印象は大きいのですが――皇族と武士と庶民が入り乱れ、殺し合う混沌の時代にこれまでと別の角度から切り込み、そしてその中から思いもよらぬ希望の形までを描いてみせた本作は、やはり作者ならではの大作として大いに評価されるべきと感じます。

 ちなみに少しだけ明かしてしまうと、尊秀という人物は、史実では南朝残党が御所に乱入し剣と神璽を奪った、禁闕の変の首謀者と言われている人物なのですが――それをこう活かしてみせたか、と最後の最後まで脱帽であります。


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