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『理想の幸せのつかみ方』

「あらすじ」
勤務先の突然の廃業により、
職なし・カネなし・彼女なし、人生下り坂の 40 代、しがない無職の”よしと”。
転職活動も思うように上手くいかない、後悔ばかりの日々を過ごしていた。
そんななか、面接に訪れた映像会社で会った、
不思議な社⻑の質問に翻弄されていく。

ピピピッ、ピピピッ!
夢はいつだって強引に起こされる。

「毎朝なんでこんなに眠いんだ......」
はいつくばりながらアラームを止める。
自分で設定した目覚ましに悪態をつき、あと 1 時間早く寝ていればと、治らない夜更かしのライフスタイルにうんざりする。

焼きたてのパンと挽きたてのコーヒーの鼻をくすぐる香り。
そしてパートナーの甘い声で起きる朝。
そんな理想は夢物語だと気づくのに、そう時間はかからなかった。

「そもそもオレ、ごはん党だったよ」と、
ひとりごちた。
学生時代、喫茶店で 6 年間バイトしていたので、
コーヒーの匂いは好きなんだが、飲むとお腹がゆるくなるからまず飲まない。

まあしょうがない、現実とはこういうものだ。
妄想と現実の違いをかみしめながら、
賞味期限間近の納豆と生卵をご飯にかけ、
いらだちと共にかきこみ、家を出た。

「大人になるとは諦めること」
25年前、大学 4 年生の時。
卒業も近くなると、そんなことを色んな人から教わった記憶がよみがえる。

「おい、加藤。お前の気持ちも分からんではないが、 今から音楽目指すのは遅過ぎやしないか?」
進路相談の柳田先生は顔をしかめて言った。

私の大学は 2.5 流大学。時代は就職難ではあったが、工学部だったので、選り好みしなければどこかの三流企業にはすべりこめた。

進路相談の後、昼食に立ち寄った学食で、
エントリーシートを書く同級生のかんちゃんを見かけた。

彼は高校からテニス部でキャプテンをやっていて、テニスの腕はピカ一。
大学でもサークルの大会では優勝をかっさらっていた。

だが、彼の決断は意外なものだった。

「オレ警備関係の仕事に就こうと考えているんだ......」
「えっそうなん、てっきりテニスの選手になるんだと思ってた」

「何言ってんだよ、まーここまでかな」
「……」

それ以降、この話をするのはやめた。

人には人の考え方がある。
「私だったら、もうちょっと頑張って目指してみるかな」と思ったが、口には出せなかった。

しかし今思えば、わざわざ新卒のカードを捨ててまで、 危ないカケをする必要はないと考えたのだろう。的確な判断かもしれん。

でも、「就職だから、はいここまでね!」といって、今まで続けてきたものを簡単にあきらめられる冷静さを、 その頃の私は持ち合わせていなかった。

私は高校から始めた音楽にのめり込み、就職活動は一切しなかった。
目論見が甘いと言われればそれまでだが、
確率が低いとか、 ましてやなれるかどうかなんて考えたこともない。

“私がおかしいのか、それともみんながおかしいのか”分かるす術はなかったが、大学も 4 年になるとバンドのメンバーは、一人また一人と特に理由も言わずに抜けていっ た。

「みんなが応援してくれる、夢をもっていたら良かったな……」と、やさぐれたこともあった が、あの時の選択に後悔はしていない。

あれから 25年。
でも結局私もかんちゃんと似たようなものか......。

地道に曲を作りながら、ライブ活動やオーディションにも参加。
なんとか踏ん張ってはいたものの、成果はパッとせず。音楽だけで生活する難しさに限界を感じ、30 歳手前であきらめた。

「もういい歳だから、そろそろ。そんなんじゃ結婚相手も見つからないぞ!」
そんなていのいいやめる口実を、誰かが言ってくれるのを待っていた。

白か黒かでハッキリと明暗が分かれてしまうこの世界で、どうやったら成功できるのか、その術が分からなかった。
完全にやめ時を見失っていたし、なによりこのままだと、もう二度と這い上がれない場所にまで落ちてしまうようで、だんだん怖くなっていった。

一つ後悔があるとすれば、最後まで全力を出し切らなかったこと。

もっとやれる事があったんじゃないかと、今でも胸をくすぶっている。しかし、そこからはキッパリと音楽はあきらめ、地道に仕事を頑張ってきた。

でも結局は、10年間真面目に勤めていた工場も先日倒産。
おかげで40半ばを過ぎてハローワークに通うことになってしまった。

「これなら、新卒で就職していた方がよかったんじゃないの?」と、みんなに言われそうで、しばらく仲間との連絡を遠ざけた。

まだ6月だというのに気温は30度を超え、
身体中にまとわりつく湿気と、なかなか通らない面接に嫌気がさす。

でもサラリーマンの頃は、決して歩くことのない平日の昼間の繁華街。
その仕事をサボっている感覚に、己の置かれた状況を忘れて、心はどこか嬉しくもあった。

今日は神田にある、
映像制作会社の面接にきたのだ。

メトロの出口をあがり、雑居ビルのすき間、
小雨降るグレーの空。
雨染みのたれたレンガ作りのビルが建ち並ぶ古い街並み。
軒先には椿のような植物の、平らに上をむいた緑の葉が、雨を充分に蓄えていた。

このあたりは大学時代、さんざん遊び飲み歩いたあたり。
「懐かしいなーあれからもう20年以上か……」

そんな目的地までの途中、見たことのない横道を見つけた。
「あれ、こんな道あったっけ?」
道の角に引き寄せられるように入った瞬間、
景色が微妙に変わった。

「あれ、間違えたか?」その時、目の前を白い閃光が走った。
「なんだったんだ今のは! まあいっか、ここかな」
妙な違和感を感じたが、でも今はそれどころではない。なんとか今日面接の会社に辿り着き、階段を登った。

カランコロン〜🎵

ドアを開け中に入ると、太陽色の電球がついた古めかしいランプ。
茶色と黒のグラデーションのテーブルと柱。
そして真っ赤な皮張りのイス、壁には抽象画や外国の街並みがモチーフの油絵が、無造作に飾られている。
まるで昭和の喫茶店のようだった。

玄関に置かれたオレンジ色のキノコ型の傘のシェードが、まるでおとぎ話の世界にワープさせる。

ギーっと奥のガラス戸があき、社長とおぼしき人が出てきた。
いや奇妙な“ロボット人間”が出てきた。

よく出来た鉛色のボディー、頭には銀色のツヤツヤとした四角いかぶりものか? 中の人の顔は、こちらから見ることができない。
私は目を大きく見開き、しばらく言葉が出てこなかった。

「あーびっくりするよね。昭和っぽいインテリアでしょ? でも大丈夫だから。これでも最先端の仕事をしているんだよ」

「いや、そこじゃないんですけど……」
新手のコスプレか、いや失業のストレスでオレの頭がおかしくなったのか。
どうせ今日もハズレだ。
"もうどうにでもなれ"と思って会話を続けた。

「ここ映像制作会社ですよね?」

「あー雰囲気がね。ほらこういった場所の方が
クリエイティブなアイディアが生まれやすいんだよ」

「加藤君だよね、じゃあさっそくウチの適正テストを受けてもらおうかな。この通路の奥、左側に部屋があるから、手前の部屋に入ってちょうだい」
私はロボット社長と共に、指定された部屋に入った。

赤紫のベッチンの椅子をぎこちなく指し、ロボット社長は言った。「さぁそこに座って」

「テストって言ったけど、キミの本心が聞きたいだけなんだ。
この内容で入社の合否を決めることはないから
安心して答えてよ」

じゃあさっそく、いくね。
「キミは人生で何が欲しい?」

「……?」
変なことを聞くロボットだな?と思いながらも、
私は正直に答えた。

「まー何がっていったら、車でしょ、家でしょ、あと可愛い奥さんと子供とペットと…」

「なんでそれが欲しいの?」
「なんでって、大人になるとみんな持っているし、普通でしょ?」

「ふーん、じゃあ次の質問ね。 キミ、お金はいくら欲しい?」

今度は何を言っているんだ、ふざけているのか?
私は面接に来ていることも忘れ、ぶっきらぼうに言った。
「うーんそうだな、いくらって金額を言うのは難しいけど、ちょっと楽しんで贅沢できるくらいかな」

「贅沢すると楽しいんだ? 仕事自体にやりがいは求めないの?」
ロボット社長がまた尋ねる。

「仕事なんて、ガマンするからお金もらえるんでしょ。そこそこの会社に入って35年ローンで家買って、退職金で老後の予定を立てて」

「ふーん、家のローンや老後のために働くの?」
かぶりもので見えないロボットの中の顔が、どこか笑って見え、私はバカにされているように感じイラだった。

「そんなこと言ったって、みんなそうしてるじゃないですか! 夢のマイホームって」

「へーそれって、誰の夢? 本当にキミが欲しいもの? 変わっているな、地球人って。いや、俺も昔はそうだったのかも……」と、
ロボットは寂しげな口調で言った。

「じゃあ、最後の質問ね。
大学の時に戻れたらどうする? 音楽はキッパリあきらめて、就職する? 
今の話を聞いていると、その方がキミの望む人生に近づけそうだけど」

「な、なんでそんなこと知っているんです? 
あなた、誰ですか??」
厳しさと驚きが入り混じった口調で私は問うた。

「そう声をあらげるなよ。まーしょうがない、
そりゃ大人になれば変わるよ」
その時、部屋のすみ、古ぼけた昔ながらの茶色と黒の木目のスピーカーから、なぜか私の声が流れてきた。

「失敗したらどうしよう…。
みんなに笑われる…。
もう、結婚できない…。
落伍者の烙印…。
現実を見ろ…。
だからお前は甘いんだよ…」

スピーカーからは、
うなるような私の独り言が止まらない。

「おいどうなっているんだ、やめてくれ! 夢ならもう戻してくれよ!!」
私はその場で頭を抱え込み、床にうずくまって震えた。

「よしと、大分変わっちまったな。
オレだよ、オレ」

仮面を取ると、その見覚えのある顔に目を疑った。
「かんちゃん??」

「大学卒業後、堅実にいったオレと、やりたい事を続けたお前、どっちの人生が正解だったんだろうな?」

仮面を外したかんちゃんの顔は、私と同じ40代半ばのものではなかった。
あの大学当時、20代の顔だった。

「一体どういうことだよ、その顔やその身体も。説明しろよ!」

「分かった。じゃあオレがあの後どうなったか、一緒に連れて行って見せてやるよ」

そう言うと、ロボットが引き出しから、バブル時代の弁当箱型ショルダーホンを取り出した。その箱の上部に着いていた、丸いボタンを押した次の瞬間、目から緑色の光線が四方に放たれた。
私の意識は薄れ、身体ごとどこか遠くに飛ばされた。

「うーっ、何したんだよ! ここどこ?」
二日酔いのようにぼんやりする頭を抱え、ロボットに尋ねた。
「ここか、ほら見覚えあるだろ、1998年の俺たちの大学。タイムスリップしたんだよ」

「1998年? タイムスリップ??」

目の前では、"こちらの世界の"大学生かんちゃんが、進路相談の柳田先生と面談中だった。
私はとっさに隠れようと辺りを見渡した。

「大丈夫だよ、隠れなくても。あちらからは俺たちが見えない仕組みだから」
「そうなのか……」

「お前本当に警備会社でいいのか?」
柳田先生は進路指導の書類と、かんちゃんの顔を交互に目をやりながら質問した。

「はい、家の家計を助けたいんです。
この会社だったら、新卒でもそれなりの給料もらえるので」

沈黙の後、ロボットは私にこう言った。
「ほらウチ、ひとり親だっただろ。実はあの時母ちゃんが病気で、働けなくてさ。オレが助けなきゃいけない状況だったんだよ。」

「何でそういう大事なこと、あの時言わないんだよ……」

「ーー。じゃあ次いくぞ」
とロボットは言いながら、今度は弁当箱型ショルダーホンについていた、真ん中のボタンを押した。

次の瞬間、私とロボットはまた違う場所に飛ばされた。

「イタタっ。おい、もうちょっと大事に扱えよ。
今度はどこだ?」

「ここは2015年のオレの会社。あー元会社か……」ロボットはやる気のない声で言った。

30代後半とおぼしきかんちゃんは、
立派な背もたれのふかふかな社長室のイスに座っていた。

「勤めていた警備会社の業績が急上昇してさ。小さい会社だったんだけど、後継者がいないから、社長に気に入られていたオレが、次期社長になったんだ。
ありえないだろ? それからはもうお金の心配はないから、色々と遊んだよ。
女はとっかえひっかえ。時計やクルマはもちろん、好きなものは何でも買い漁ったよ。もちろん女にも好きなもんは、何でも買ってやった」

それからシーンは女性と豪遊している銀座のクラブに変わった。
「おー楽しそうだな!」

「その時はな。でも、ハメを外しすぎたオレは、会長の娘の女スパイ達にまんまとハメられちまったんだ…。その後、ヘマをしたオレは株主総会で社長を降ろされ、そこからはただのボンクラだよ」

じゃあ最後だな。
ロボットはショルダーホンの右端のボタンを、
ギューっと強く押し込んだ。

飛んだ先は、シトシトと雨の降る
下町の夜の薄暗い路地裏だった。

かんちゃんは傘もささず、フード付きの真っ黒なロングコートをかぶった、怪しげな男と喋っている。
「だれだあの男?」
「死神……」

「死神? 冗談よせよ!」

“死神”って奴が、かんちゃんに近づいて
耳元でこう言った。
「お前の運は使い果たした、もうここまでだ」

ロボットは私の横で、子供のように小さくうずくまり、ガクガクと震えている。

「お前に残された道は2つ。
一つは、お金はあるけど、夢は追えない人生。
もしくは夢は追えるけど、成功とお金は保証されていない人生。ねーどっちがいい?」
目の前のロングコートの男が、かんちゃんに言いよる。

「おい、あいつなんか危なくないか?
かんちゃん離れろ!」
私は声に出したが、聞こえていないようだ。

「ダメだよ、届かない。ここの世界と俺たちの世界は別もんだ。それに……」
「それになんだよ」

「過去は絶対に変えられない……」

「ちょっと遠くて聞こえないな、
何しゃべってんだ?」

ロボットはボソッと答えた。
「『これからの人生どっちを選ぶ?』って、死神に聞かれたんだ。
なあ、ヨシトお前ならどう答える?」

「……」
私は答えに窮した。

オレはどうせこんなの夢だと思ったから、
ビクビクしながらもこういったんだ。
「お金のない人生なんてまっぴらだ! 夢なんていいから、金をくれ。もうあんなヘマはしないから」って伝えたんだ。

そうしたら、
「大丈夫だよ、人生なんてゲームだから。
"ただ"誰かが決めたゲームのキャラを演じるか、自分でゲームを作るのか、それだけだ。
でもまた、お前は金を選ぶんだな。分かった」と死神が言ったんだ。

その次の瞬間、男がマントをひるがえすと、
こっちの世界のかんちゃんの身体が、銀色のロボットになっちまった。

「別にもう人間の身体はいらないだろ。
情けで顔だけは、若いままにしといてやる」って言った途端に、死神は消えちまった。

その後、またピカっと閃光が走った。

目の前には、かんちゃんの顔をしたロボット社長。私たちは元いた神田の純喫茶風オフィスに戻ってきたようだ。

「死神とあの約束をして以来、心が全く動かないんだよ。
愛でもない、金でもない。夢があったら幸せなのか? でも、何をやっても満たされないんだ。何が正解だったんだろうな。
答えを知っていたのなら教えてくれよ、なーヨシト!」

ロボットはしばらく泣いた後、私にこう質問をした。

「ところでお前、何でここに来たんだ? 
映像制作になんか、興味あんのか?」

私はドキっとして、こう言った。
「ほら、今動画制作が巷で流行っているだろ? 
だからその技術覚えておけば、食うには困らないだろうと思って…」

「お前、本当は今何やりたいんだ?」
しばらくの沈黙の後、私はこう言った。

「ーー。この歳で恥ずかしいけど、小説家……」

「じゃあ何で目指さないんだよ?」

「だってよーかんちゃん。この歳で小説家目指しているなんて言ったら笑われるし、ましてや今失業中だぜ。しかも才能なんて、あるか分からないし。まー落ち着いたら、いつか始めるよ」

「お前、今度はやる前からあきらめんのかよ。
なれるかどうかは、二の次だろ! 
音楽を目指すっていってた、あの大学時代の正直なお前はどこへ行った!!」

「簡単にあきらめた、お前に言われたくないわ!」
言ってはいけないことを言ってしまったと、
私は口にしてから悔やんだ。

そして、ロボットは私の胸ぐらを掴んで言葉を続けた。

「いいか、いつかはいつまでもやってこないんだよ! やりたいことを先延ばしにしてたら、あっと言う前に人生終わっちまう。
やらない言い訳ばかり言って後悔しても、もう手遅れってこともあるんだぞ!」

「あーオレも、もうちょっとテニス頑張っていれば良かった。でも、もう遅いようだ……。
時間だけは、いくらお金を出しても、もう2度と戻せないらしい……」

かんちゃんの顔をしたロボットのカラダは、
高熱に触れた鉛のように、涙と共に溶けていった。
私はきびすを返し、急いでドアを蹴り開けた。
そして、雑居ビルの階段を飛び跳ねるように下り、外に出る。

もう一度、今すぐ第二の人生を歩き始めよう。
誰かが描いた理想の幻想におびえることなく、
自分だけのゲームを始めるために。

ビルから出ると雨はすっかりとひき、
白い雲の隙間から、わずかな一筋の光が降り注いでいた。


#創作大賞2023 #ファンタジー小説部門


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