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期限つき。

「人生30まではお遊び。」

19歳の頃、ある劇団の演出家にそう言われた。

学内の公演がその年の12月にあり、次の年の1月にある外部の劇団の公演と掛け持ちしていたことがあった。この学内の公演は、私が普段活動していた劇団とはまた別で、大学に演劇の学科があったのでその人たちとの合同だった。

放課後になると、授業料を払って演技について学んでいる人たちはバイトに勤しみ、自分たちの意思で劇団に入った私たちはいろんな稽古をしていた。公演数が少ないからやることがなくて、廊下を走ったりしたこともあった。
そんな毎日の苦しさや楽しさを分かち合っていない人たちが、いざ公演になると主役級の役について、私たちは脇役になる。
劇団だけの公演もあったが、規模が小さく、そのことに不満を持っているメンバーも少なからずいた。1番後輩の私はといえば、地元で高校2年生から演劇を始めた他にピアノや吹奏楽をやっていた時期もあって、6歳からほぼ毎年、市民会館で1年に1回はなにかしらの公演で舞台に立っていた。

だから、大ホールでやりたい!なんて言っている先輩たちを、遠くから冷めた目で見ていた。
広い会場で客席はガラガラ、楽しんでいるのは演者だけ、関係者しか座っていない...
そんなの絶対いやだ。
むしろ狭い会場でやる方が市民会館の小ホールよりよっぽど緊張するし、手が抜けないのだと訴えても、話の半分も理解してもらえなかったと思う。

その当時卒業されたOBの方に、「今しかできないこと」だと言われたことがあった。
大学生で、若いうちだけ。
そういう風に捉えていたけど、そうではなかったように思える。
「このメンバーでできるのは今しかない」
もし同じ演目をまたやることになったとしても、全員が揃うことはまずありえない。
今このときしかできない幸せを感じながら精一杯頑張ってほしい。社会人になった先輩からのエールだったのだ。

そんなとき言われたのが、冒頭の言葉だ。
30歳までは好きなことをやっていいけど、そこから先はちゃんとしなければいけない。
そう思っていた私は、演劇から離れたあともその言葉にずいぶん支えられていたように思う。
だけど、仮に29歳までどうしようもなかった奴がいたとして、30歳になった途端にちゃんと生活できるだろうか。...できないだろう。
30歳になる何日か前に、自分より年上の女の人に、もう30なんだからと言われたことがあった。
厳密にいうと、そのときの私はまだ29歳だったのだが、そう言われてショックを受けた。全然ちゃんとできてない自分を見抜かれたような気がして。
でも、離婚してから23歳でようやく働き始めた奴にしては、結構頑張ってた方だと思う。
つらくてどうしようもなくて、何度か仕事も変わったけどその度ちゃんと次を決めてきた。
たった数ヶ月間の私しか見ていない貴方になにがわかるんですか?
怒られて泣いてた貴方も、何歳か知りませんけど、もう〇〇歳なのになんで泣いてるんですか?って言われたら傷つきますよね?
その職場では長く働きたかったから、プライベートでもご飯に行ったり、飲み会に参加したりと風通しが少しでもよくなればと仕事以外のことも頑張っていた。
泣いている人を見かけても、私は味方だからと言ってフォローした。
そうすることで自分の評価が上がると勘違いしていただけで、結局は自分がそうしたかったからしていただけなのだ。

今までの自分をすべて否定して、30歳からは普通に働いて幸せに暮らすために生きるのかぁ...
やってみてわかったことだが、そもそも普通に働いても普通の幸せは手に入らない。
そのことを経験として理解できたことが、考え方を大きく変えるきっかけになった。

今までやってきたいろんなことの中で、好きな気持ちをそのまま置き去りにしていたことってなんだろう。演じることでも演奏することでもなく、書くことだった。

高校の文化祭で3年間、壁新聞をやっていたのに、最後の3年生のときは演劇部の合同公演と重なってほとんど参加できなかった。
先生も皆も理解してくれ、たいへんだから書かなくてもいいと言われたが、書きたい気持ちもあって1記事だけ先生と詰めて、最後の年はそれで終わった。

でも公演のチケットを売りたくても忙しいからと断られた。元々友達が少ない方だったので、本当はよくないんだけど、観に来れなくてもいいから300円だし買って!と言ってみたが、行けないなら尚更払えないと言われてしまった。そりゃそうか。
ペナルティはなくとも、ノルマはノルマだ。
そこで学生分のノルマを制作スタッフの特権で勝手に返して、全部一般分に変えてからチケットを職員室で売ったこともあった。先生からは好かれるタイプだったので、いろんな先生に買ってもらった。
実際に観に来てくれた先生方の話では、私を褒めてくれた先生が多かったらしい。嬉しかった。
学生のうちはそれでよかったけど、大人は働かなければ暮らしていけない。

いろいろ悩んだ末、ふと、底辺ライターになろう!と思った。もちろん、あくまで自虐だ。
何が書きたいとか書きたくないとかどうでもいいから、ライターなら好きなことでお金を稼げるはず。
30歳までなんとか働いてこられたのだから、もし本当に駄目だったときはまたやりたくない仕事でも探そう。
たった1500円が嬉しい今の自分を大事にしよう。

「人生30まではお遊び」
実際はどういう意味だったのか、もう確認することはできない。でも、これから先もその意味について考えていきたい。

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