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エロの描き方で、実力がわかる?


今回も、例によって、エロとナンセンスが混入しており、好みが合わない方には不快な内容かもしれません。ご了承ください。(グロはないはず!)。


窪美澄さんの直木賞候補作『じっと手を見る』を本屋さんで、開いた。

以前、窪さんの作品は、
山本周五郎賞受賞の『ふがいない僕は空をみた』を読んで、
ボディーブローがすごくて、この人すごい女性作家だわ、、、との感想。

実力派で、
じっとりと人間臭い世界観が、存在感を放っていた。

別に設定が難しいわけではない。

文章もわかりやすいし、描写うまいし、
でも、人間関係のエトセトラで、あとからずっしりくるやつ。

なにしろ、女性のためのR- 18文学賞でデビューした作家さん。

性描写が、巧み。

で、note で人気の林伸次さんが、『じっと手を見る』のこと書いてたから、こりゃ、読まなあかんと。

冒頭、3頁くらい読み進めて、、、「やはり、巧いなぁ」。

でも、視点の「私」が、女性なのか、男性なのか。

相手は、女性なのか、男性なのか。

すこし読み進めないと、わからなかった。


このズレ、不思議で。


あとから思うに、

小説を読む中で、基本は有名作家は男性作家が多くて、
男性視点の肉体交渉シーンが、無意識にデフォフルトになってしまってたのかも。

私は女性作家も結構読むけど、
割合に交渉シーンは淡白でさりげないことも多いから、
女性視点でリアルなものって少なくて。

女性主人公、女性視点で、
交渉シーンって、珍しいのかなと。

窪さんの今回の作品、
それくらい、視点が丁寧。

相手に惹かれていくのと、
関係に入っていくところの描写、
心と体で惹かれる感覚が、上手で、
主人公男性かと間違えた。

うーむ。

しかし、これは個人的好みの問題かもしれないが、
私には、巧みすぎる感もあったのです。

口に指を入れる描写で、
「ほんとに、みんなそうしてるのかな?」と、
疑問に思っちゃった。

漫画やポルノだと、よく女の人の口に指を入れて、なめさせたりしてる。

これがわざとらしく感じた。

あ、でも、そうか、直木賞だから、
そういう定番演出コードありなのかな?。

私、芥川賞候補作だと勘違いして読んでて(^^;)
リアリズムの点で、これは、って冷めちゃったんだよね。

そうはいっても、やはり、こってりじっとり巧いのだが。


知らぬ間に、私の体質が、こってり味に飽きてしまったのだろうか。

さめてしまった自分に、かえってショック。

その後、さまようかのように、

木皿泉『昨夜のカレー 明日のパン』を、パラパラ立ち読みした。

たまたま、女主人公が、
長年つきあっている彼氏に、
いきなり定食屋?でプロポーズされる場面で、

その微笑ましいデコボコ感のある対話が、
力みなく自然で、リアルに感じられて、そっちの文庫を握りしめた。




なんで、こんなに、興味津々かといえば、

いつだったか、花村萬月がなにかのエッセイで、

作家志望の人にむけて、こんなこと、書いていた。

セックスをいかに巧みに書けるかで、作家の能力がわかる、実力がわかる。

ろくに、花村萬月さんの作品読んだことないくせに、
そのアイデアが強烈で、
経験値の少ない二十代の若者には、やたら説得力をもっていた。

今ならば、それだけじゃないとわかるんだが。

それでも、この考えは、一理あるようにもおもう。

自然に描くのって、案外難しい。
どこかわざとらしさが、混ざりそうになる。
そのバランスなんだろうね。

江國香織とか、具体的シーンがなくても、
シチュエーションや、小道具大道具だけで、
なんだか、ロマンティックなのにエロい。
ああ、うまいなぁって、思ってしまう。

まあ、これは女性向けだからであって、
男性が読んだら、また違うかもしれない。

でも、雰囲気で読ます方が、技術やセンスがあるように思う。

それでも、直接的な肉体描写で魅せていくのは、
それはそれで、思想や主題をこめた何かだったりするから、
読めてしまう。

中上も、川端も、三島も。

谷崎潤一郎の論文提出で、

「どうにも、この主人公の心理が理解できない」

って書いてきた学生がいて、

何回か添削指導したけど、苦笑い。

ああ、文学部で日本文学を学ぼうって人なのに、

変に、ふつうの倫理観や貞操観念が強いと、
楽しめないのね、と、哀れなような、可愛いような。
かえって新鮮だった。

ちなみに、その学生は、中年の男性だったが。

「あなた、ほんと〈健全な、お人好し〉ね」と。

だって、わざわざ、
「なぜ、この主人公はこんな倒錯的趣味をするのか、どうしても共感できない」

って、谷崎を読む人で、あまり、いないもんねー。

そういうもんだと思って読んでるし、
その女性観や異性関係に、
谷崎の美学や思想が込められてると、理解しては読むのが、文学だから。

三島とか、「なんでこんなにヘンタイなの?!」とかいってたら、
なんもよめない。

でも、あんまり深読みしない、一般人的な感覚だと、
ただのスキャンダラスだったり、
ヘンタイだったり、
倒錯的でヒワイだったり、するのかも。

団塊の世代の、うちの母に読ませても、
「なにこれ、エロエロで、ヘンタイね!まったく、わけわからない!!」
と見事に反応してくれるでしょう。

こんな母に反論する気力は、まず起こらないです。

だから、エロ(つまり性)って、
本質的で、動物的で、社会的なものなんだと思うんです。


ああ、エロの道は遠く、そして奥が深い。


長々となりましたが、
お後がよろしいようで。

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