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42.特異点

チームつくばタイトル

2019年4月、筑波大学陸上競技部・中長距離ブロック・長距離パートに11人の新入生が加入した。

『筑波大学箱根駅伝復活プロジェクト』のホームページに掲載された記事には、新入生たちの高校時代のベストタイムが記載されていた。
しかし陸上シロートの私には、その数字はほとんど意味を為さない。すごいのかどうか正直わからないからだ( ̄▽ ̄;)。
妄想オタクに必要な情報は、彼らのバックボーンである。彼らはなぜ筑波大学にやってきたのか。その1点のみである。

紹介記事を読み終わったとき、頭に浮かんだ言葉がある。

『特異点(とくいてん)』


私に特異点という言葉を教えてくれたのは、ちょっと昔のマニアックなTVアニメ「超時空世紀オーガス」である。このアニメを代表するキーワードだ。
女好きでフリーダムな主人公・桂木桂(かつらぎ・けい)は、とあるきっかけから時空震動弾を暴走させてしまう。その影響で混乱時空が発生、彼自身も20年後の世界に飛ばされるという、「あなた一体何してくれちゃったんですか」な設定のロボットアニメだった。飛ばされた20年後の世界で、彼は時空修復のカギを握る重要人物として「特異点」と呼ばれるのだ。

【補足】特異点は、英語ではsingular point(シンギュラー・ポイント)
近年、人工知能分野で「singularity(シンギュラリティ・技術的特異点)」という概念が広まってきているが、そのシンギュラーである。

学術的な特異点の定義は、ブラックホールの存在等に関わる事案らしく、私には理解の範囲外だ。ただ、普通ではありえない、特殊な事象を発生させるきっかけを表す単語として、私の脳内辞書に収まっている。

筑波大学に進学しようという時点で、普通と違う特異な存在ではある。

例えば、地方の公立高校から筑波大学に進学してくる学生さんがいる。
第96回(2020年)箱根駅伝において、お茶の間を席捲した「医学部5年生」の川瀬宙夢くんは、愛知県の刈谷高校出身である。
また、筑波大OBで2016年に中長距離ブロック長を務めた才記壮人(さいき・まさと)さんは、富山県の富山高校出身。大学院を経て地元企業のYKKに就職し、ニューイヤー駅伝などでも活躍中だ。

刈谷も富山も地元では有名な公立進学校である。
2019年の新入生たちでいうと、武藤くん(岩手・久慈)や、坂見くん(北海道・函館中部)、首都圏にはなるが、村田くん(埼玉・大宮)らがこのパターンに当てはまる。

彼らの高校時代の同級生の大半は、地元の大学に進学したはずだ。
なぜ、地元の大学ではなく、都心の有名私大でもなく、茨城の片田舎(失礼)の国立大学に進学したのか。
箱根駅伝復活プロジェクトに加わりたいという意思はもちろんあっただろうが、もともと「相当な冒険心と勇気」がなければ、地元を飛び出そうという発想にはならない。
自分も途方もない田舎出身だから、そういう地方の雰囲気は何となくわかるつもりだ。(私も飛び出してしまったクチだし…( ̄▽ ̄;))

だがこの年の新入生たちは、それに加えて、統計的にも完全に特異点の領域にあった。
高校時代、陸上部等でキャプテンを務めていた学生さんが11人中8人。偶然に集まったわけではない。
1年次、2年次と連続で箱根駅伝の関東学生連合に選出された相馬崇史くんは、高校時代、駅伝強豪校の佐久長聖高校でキャプテンを務めていた。その影響は大きかっただだろう。

キャプテン(主将)という役職は、小中高くらいまでの、いわゆる「子ども視点」でみたとき、言葉は悪いが「貧乏くじ」っぽい、と私は思っている。
指導者と部員の間を取り持ち、対外的には常に前に立って挨拶をする。競技以外の事にも心と頭を割かねばならない。とても面倒くさい。

指導者がキャプテンを指名するパターンの場合、大人から見て「キャプテンにふさわしい」人物を選ぶのだろうが、本人にとってはあまり望まないことかもしれない。
子どもたちでキャプテンを決める場合も、他薦にしろ自薦にしろ、大抵は「この部(チーム)の雰囲気や人間関係的に、自分がやらないといけないんだろうな…」と感じ取る能力とスキルのある子がキャプテンになるものだ。

「自分がやりたいことを実現するためには、それに付随するメンドクサイことも受け入れなければならない」という現実を、他の子どもたちよりも早く突きつけられる。その時点で、自分の事だけを考えて競技をしているレベルからはるかに逸脱した意識をもつことになる。
そういう経験を持つ学生さん、しかも陸上の強豪校だけでなく、公立・私立の進学校など、様々な環境下での「キャプテン経験者」が集ったことに、私は畏怖を覚えた。

『筑波大学箱根駅伝復活プロジェクト』は、ある意識を持った学生さん達にとって、特別な価値を持ちつつある。
それは、弘山さんや、これまでプロジェクトに関わってきた学生さんたちが発信してきた「筑波大学物語」に、ある種のロマンを感じる層だ。

2019年度の新入生たちの同期で、新潟県の三条高校から青山学院大学に進学した、岸本大紀くんという長距離界のスーパーエースがいる。三条高校は新潟ではかなり上位の公立進学校である。
陸上競技部長距離ブロックの原晋監督が、彼を熱心に勧誘したという。
もちろん、岸本くんのずば抜けた実力にほれ込んでのことであろうが、原さんは先の読める人だ。陸上の実力だけではない価値を、彼に見出していたはずだ。
今までの青学にない新しい価値を。

2019年5月1日。
時代は、「平成」から「令和」へ改元した。

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