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『20年後のゴーストワールド』第1章•私のシーモア(9)逆ボキャブラ天国

「重鎮と飲みはどうでしたか?色々驚いたし、今さら俺と村井くんとの関係は変わらないだろうけど、君さえ良ければまた飲みましょう(笑)」

帰宅後おじさんからLINEがきた。
結局帰ったのは朝方3時くらいだろうか。
まさかの8時間以上もおじさんと話続けていたことになる。

「驚かせてしまいましたが、重鎮のおかげで色々お話できて良かったです」

「重鎮」呼びは年齢的にもキャリア的にも別に全く不釣り合いでなく、重鎮と呼ばれるだけの仕事をおじさんはやってきているはずなのに、数々の逆ワードセンスを浴びた後だと皮肉にしか聞こえない。しかしおじさんは重鎮と呼ばれてまんざらでもないようだった。おじさんは白髪の髪型の感じが坂本龍一似なので、「教授」的ニックネームで「重鎮」って面白いじゃんととっさに思いついたのだった。

私はその後仮眠して土曜日昼から仕事に行った。
ほぼ金麦だけを飲んでいて、飲みすぎて気持ち悪くはならなかったが、気持ちがずっしりと重たかった。まだ暑い季節の中、また他の人と共有するのが困難な苦悩が増えたようで気の遠くなる思いがした。

その後、秋がやってきておじさんの好きな野球チームが38年ぶりの優勝をした。優勝するまで優勝とは言ったらいけない「アレ」というやつだ。

私は全く野球に興味がなかったのだが、さすがにおじさんに話を合わせようと仕事後に試合の結果だけは調べるようにした。今思うとそんな自分が健気というか、なんというか泣けてくるが、相手と日々メッセージのやりとりしていたら、最低限の話を合わせるための情報収集も作法的に必要だ。逆におじさんは私に対してその感覚は全く持ち合わせていなかった。思い切り他人軸で生きてきてしまった自分には出会ったことのないくらいおじさんは自分軸が強靭でそれしかない人だった。おじさんは野球の勝ち負けの具合で、機嫌も仕事の捗り具合も左右されるらしかったが、おじさんの好きなチームは無双状態で勝ち続けていたので、おじさんも機嫌が良かった。

9月に浅井のバンドのワンマンライブがあり、その後また飲みにいこうという話もあったが、そのライブの日がちょうどアレのXデーとなって、あっさりおじさんはライブに来なかった。この時は38年ぶりだからしかたないとは思った。
浅井のバンドメンバーからも気を遣って「こちらは気にしなくてよいですから野球の結果見届けてください」と返信がきたとのことだった。おじさんと今でも関係が続いている人たちは、その人たちが寛容なのだったと振り返って思う。

新宿のとあるライブハウスで、その浅井のバンドのワンマンライブがあった。かつては村井もよく出演していたところで、よく通ったライブハウスだった。近年好きになったバンドもそこでライブをよくやっていた。もともと居た畑の人も、その後の畑で出会ったバンドもそこに出ていて、垣根のない感じも良かった。私はそこの店長の出演バンドを熱心に応援しているキャラクターも好きで、そこのライブハウスが好きだった。その話をよくSNSでもあげていた。おじさんはいいねを押すことはないけど、私のSNSを見てはそのリプライを直接LINEに送ってくることがしばしばあった。DMでコメントをくれるなら話も早いけど、LINEでX見たよとかインスタ見たよとかの前置きもなく、いきなりただ「そうなんですよ」などと送ってくるから何に対してそう言ってるの?という違和感が度々あった。全ておじさんを意識して発言しているわけでもないのに。

「俺、ワンマンだし観に行こうと思ってたけどあそこのライブハウス好きじゃないし(笑)とくに店長が無理(笑)」

「こないだ浅井くんとも話したんだけど、俺と作ってた時の作品をずっとバンドが超えられないって本人も言ってた(笑)たしかにその後全然良くないもんね(笑)あのバンドはワンマンだけ観に行きゃいいんですよ(笑)」

その場のおじさんのノリに同調して無理に話を合わせて卑下したんだろう、浅井の気持ちを考えたらいたたまれなくなった。人の好き嫌いはどうしても発生するけれど、おじさんは私が好きなものを知っていてそういう言動が度々あるのが、とても気になって傷ついた。

それは、個室金麦飲み会でも会話の端々で繰り広げられていて気になっていたところだった。話の流れで数々のバンドが話題に出てきたが、私の好きなバンドについておじさんの中でアップデートされてない過去の情報とイメージで「あのバンドのヴォーカル歌が下手すぎて最後まで聴けない」と平気で言ったりした。お前の嫌いはどうでもいいが、私の好きを貶さないでほしい。私は自分の好きなものをバカにされるのが、自分自身をバカにされるより許せない。

おじさんは自分が携わった作品に自信を持っているのはとても良いことだけど、同じアーティストで自分の関わっていない作品はまともに聴いていないのに扱き下ろすというパターンが見受けられた。それはおじさんのキャリアの初期〜現在に至るまでの長い歴史で関わったありとあらゆるバンドに対してその感じで話をしていた。

今作っているものに力を注ぐから、過去にともに仕事をやってきた人の今現在のことまで詳しく知る必要もないが、それを悪く言う必要もない。おじさんとやってきた後におじさんと離れて本当にダメになってしまったのならしかたないけど、私はおじさんから離れた後も良い作品を作って活躍しているバンドの姿をおじさんより観ている。たまにテキトーにゲストで入れてもらってライブを観るおじさんとは違って、私はちゃんとお金を払って熱心に観ている。それをよく知りもしないのに悪口を言ってるおじさんに虫唾が走った。

おじさんは若手のバンドが一つ突き抜けるタイミングに一緒に仕事していることも多く、バンドにとって突破口になっている面は確かにあった。おじさんを良い意味で踏み台にして羽ばたいたバンドもいる。浅井の後輩バンドにあたり、10年以上前のバンド初期におじさんと一緒やっていたガールズバンドがいて、今も頑張っていて邦ロック好きな人にはけっこう有名なバンドがいるのだが、やっぱりおじさんとはうまくいかなくて離れたらしい。ここまでおじさんのことがわかってくるとおじさんとガールズバンド、そりゃ一番無理な組み合わせだ、とわかるけど。女心、それはおじさんにとってこの世で一番難しいハードルだ。私が彼女たちを知ったのは、作品におじさんが携わっているのを知ってCDを買ったからだった。時を経てこんな話を聞くことになろうとは。思い出が墨絵のようにぼやけて滲んでいった。おじさんの言うことは事実なのかもしれないけど、悪口ばかりで悲しくなった。

その頃(2023年秋)ちょうどおじさんが携わった別のバンドの作品が出て、おじさんに感想を求められた。歌詞もメロディーも音の作りもとても良く、私にとってアンセムになりそうなくらいの曲だったので言葉を尽くして感想を書いて送ったのだが、

「(作った本人)あいつ別にそんなに深く考えてないと思うよ(笑)」
と返信がきたりした。

良かったから褒めたのに、いや、ちゃんと考えて作った結果がこれでしょと……初期衝動とか深く考える間も無く天才的にサラサラ〜とできてしまったものの意とも違う気がした。ただ難産じゃなかったという意味で言いたかったのならまだ良いけれど、本意がよくわからないまま私は呆れて返信できなかった。おじさんがリアルタイムで関わっているバンドでさえも、そのバンドを褒めると面白くないようで、あくまで自分が一番で好きでいてほしくて褒められたい人なのだなぁと思った。それはある一定数のおじさんに見受けられる現象ではあるけれど。「俺の前で他の男の話はするな」的な……

おじさんの返信はやっぱり毎度のごとく早い。私の書いた文字見えてるのかな?とさえ思う。返信が機械的な速さですらあるが、きっとAIの方がもっと面白くて心に寄り添った返信をすると思う。誰かを貶めることでしか自分の価値をあげることができないおじさんは言葉を選ぶ言葉を知らないことにより、悲劇を呼んでいた。貶める度に自分の価値を下げていた。おじさんの言うことは絶対で、悪口をそのまま何の疑いもなく鵜呑みにするほどアホな女だと思われていたのだろうか。もしくは女性はそんなもんだと思っているのだろうか。私はおじさんと違う畑に行って、ボキャブラリーのあるワードセンスに長けた人の作品に触れることが多くなっていたのでおじさんの逆ワードセンスがよりひっかかってしまった。言葉を知らないから、おじさんは音を作る仕事が向いていたのかもしれない。

そしてまた悲劇は起こる。

ちなみにおじさんはXで、坊主の「暇な人ほど返信が遅く、忙しい人ほど返信が早い」という投稿をリポストしていた。おそらくそのマインドで返信が早いのだろう。ある意味完璧で逆に仕上がっている。

脳内BGM
3markets(株)「今夜20時、音楽の駅」

(株)時代のスリマの曲です。
今回のストーリータイトル「逆ボキャブラ天国」と合わせてタモリさんを意識してこちらの曲に。今は金曜21時になりましたね。今年苦節20年強にしてスリマのメジャーデビューが決まりましたが、はたして音楽の駅には出るのか!?

陰口大会悪口大会に参加してる

一等賞の商品は誰のことも信じられない男

一等賞の副賞は誰からも信じられない男

3markets(株) 「金曜20時、音楽の駅」

歌詞がまた良くておじさんを思わずにはいられない。

この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
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