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完璧な人 第2話


「うん、大丈夫だよ。
 ただの貧血。
 ちょっと忙しい日が続いたの。
 今元気だし」

次の日の夕方、
ビジネス本を片手に
リビングへ向かうと
凛が拓実と話していた。

拓実は俺より6歳下の
インテリで、
爽やかな優しい男だ。


「そうなの?
 身体に気をつけなね。
 凛ちゃん、一生懸命に
 仕事しすぎなんだよ」

そう言って2人で頭を合わせて
同じ英字新聞を読み始めた。


外資系勤めでもないのに
物好きなことだ。


「お腹すいたなぁ。
 凛ちゃん、夕食どうするの?」

「私、今日は自分で作ろうと思って
 材料持ってきた」

「すごいね!何作るの?」

「ん、スープパスタ」

「すっげ〜!」


「おい!待て待て!」

何、海斗さん
大きい身体でいきなり
大声出されたら
怖いよ、と拓実。



いや、到底スルーできないだろ。


「凛、お前その粉末スープに
 パスタを茹でて入れるつもりか?」

「えっ、そうだけど。
 何かおかしいの」

自然と盛大な
ため息が出る。


「それじゃ料理に
 なってないだろう。

 それに、そんな添加物ばかりで
 栄養のないものを食べるから
 お前は倒れるんだ」

ずり落ちそうな銀のフレームの眼鏡を
直しながら、拓実が口を出す。


「海斗さん、お母さんみたいだよ。
 僕には立派な料理に聞こえるけどな」


どこがだ。

「凛ちゃん、海斗さんは
 無表情だし口も悪いけど
 本当は優しい人だから」

何だそのフォローは。
大体なんで俺がフォローされる
側なんだ。

「うん、知ってる」
と、にっこり笑う凛。


「とにかくお前ら、
 少しは料理を覚えろ。
 幸い繁忙期も過ぎたから
 暇な時に俺が教えてやる」


2人は最初、きょとんとしたが
それから顔を見合わせて
嬉しそうに笑い
示し合わせたように
ペコリとお辞儀しながら

「お願いします!」と言った。


一卵性双生児か、コイツら。

俺は2人の頭を
くしゃりと撫でて
席を立った。



2人に料理を教えるのは
嫌じゃなかった。
じゃがいもの皮剥きさえ
手元が覚束ないのには
呆れたが、
根は真面目な2人だ。

一つ一つの工程を
間違えれば
爆発するんじゃないか、と
思わせるほど
真剣にやっていた。


「最初は大変だ、と思っても
 次第に慣れて来る。
 時間もかからなくなる。
 だから慣れるまでは
 面倒くさくても続けろ」


「料理をするなら楽しめ。
 嫌だ、と思ってするな。
 その気持ちが味に
 出てきてしまうから。」


「凛、何でもメモするな」

「え、でも大事でしょう」

「これはただの俺の助言で
 レシピとは関係ないだろう」


「またまた、海斗さん
 怖いよ。
 そんなにギロリと
 睨まないでよ」

拓実がすぐに
凛の肩を持つ。

拓実には理不尽な
言われ方をされてばかりだな。
やれやれ、と息をつく。


それにしても
両者とも、記憶力が良い。
辿々しい手つきでも
順序はすぐに覚える。

好ましい生徒だ。
2人で切磋琢磨出来るのも良い。
お互い真面目だから後は
手が自然と動くようになるのを
待つだけだ。



だいぶ日が落ちるのが
遅くなったある晩
キッチンへ入った俺を見て
嬉しそうに凛がやって来た。


「野々宮さん、見て!
 肉じゃが作ったの」

いい匂いだな、と言うと
小鉢に少し盛りつけて
試食を依頼された。


「うん、美味い。
 中まで味も染みてる。
 よく頑張ったな」

そう言って微笑むと
凛はいつもの輝くような
満面の笑みで
ありがとう、と言った。


「凛、お前は可愛いな。
 普段でもそうだけど
 笑った顔は本当に可愛い」


出来たての料理の暖かさに
心までほぐれたのだろうか。
気づくとそんなことばが
自然と口から出ていた。


凛は、え?と
訝しむような困ったような
喜んでいるような
よくわからない表情で
真っ赤になって俯き、
消えいるような小さな声で
ありがとう、をまた1つ、言った。



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