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去る者と残される者 それぞれの苦しみについて 『ワン・デイ 悲しみが消えるまで』

2017年/韓国
原題:One Day
監督  イ・ユンギ


「ワン・デイ 悲しみが消えるまで」はいわゆるファンタジー映画。
今まで観てきたイ・ユンギ監督の作品(「愛してる、愛してない」「男と女」)が、現実の男女の心の揺れを描いたものだったのでちょっと意外だった。

この物語は、闘病の末自殺した妻の死後、すっかり無気力になっているガンスと、事故で昏睡状態の視覚障害者ミソ(幽体離脱している)との交流が、現実とファンタジーの世界を交錯しながら描かれる。

ここでは、ファンタジーやストーリーは一旦置いて、ガンスとその妻の闘病を巡るそれぞれの想いについて書いてみたい。


1. 看護される側と看護する側、それぞれの苦しみ

この物語の根底に流れるのは自分の大切な人を苦しめたくないという想い。

病気になって一番辛いの間違いなく病に倒れた本人だ。
「なぜ自分がこんな目に?」と思うはず。

快方に向う兆しや希望があればそれも乗り越えられるが、先が見えない状態が続き、回復が絶望的だった場合の苦しみは計り知れない。
きっと心に余裕を失くし自分を見失っていく。

実際、ガンスの妻ソンファも闘病によって別人のようになっていった。

正直に言って! 死んでほしいでしょ。 この面倒な女が 早く死ねばいいって

病が妻の身体のみならず精神までも侵食し、ガンスの知っている明るい妻はどこかに消えてしまった。


一方で、時折我に返るソンファは思う。

「大切な人が自分のせいで苦しんでいる」

自分のために夫の人生が消耗されていく様子を見ているのは辛い。

それに不安もある。
夫の苦しみはやがて憎しみに変わるかもしれない。
いつか自分を見捨てるかもしれない。嫌われたくない。
せめて自分を「良き妻」として憶えていてほしい。
そんな様々な想いが交錯する。



辛いのは看病する側のガンスも同じだ。
彼は妻の苦しみに寄り添い、愛情や同情を献身という形で捧げる。
しかし妻が苦しむ姿を見るにつけ、自分の無力さを痛感する。

それだけじゃない。闘病に伴う金銭的な苦労にも直面する。
精神的のみならず、経済的、そして肉体的にも疲弊し追い詰められていく。

こんな暮らしは終わらせてしまおうか


ガンスの頭にはそんな想いがよぎる。
妻を支える一方で、自分を支えてくれる人はいない。長く孤独な戦いだ。


そして夫婦はそれぞれに考える。

どうすることがお互いのためになるのか。自分に何ができるのか。


決断したのは妻だった。

いい思い出として 残りたいの  

少しでも いい姿のままで去りたかったの


ソンファは自殺を図り、夫婦の闘病生活は終止符を打った。


2. 残される者の苦しみは簡単には終わらない

妻の死がガンスにもたらしたものは何だろう。

悲しみはもちろんだが、それと同時に安堵をもたらしたのではないか。
ガンスにしてみればもうこれ以上苦しむ妻の姿を見なくてよい。
ある意味解放されたのだ。

でもガンスはそんなことを感じる自分に罪悪感を抱く。
気持ちの整理がつかず、葬式にさえ出席しなかった。
「姉さんの死を望んでただろ 死んで ほっとしたか?」と義弟から責められても何も言えない。

でも、妻の死にホッとしたとして、誰がそれを責められるだろう。
闘病中の妻を支え続けた苦労は彼にしかわからない。

それに妻が自ら命を絶ったことはガンスのせいではない。
彼にだってどうしようもなかった。



しかし残された者の試練は続く。
「喪失感」という新たな苦しみとの戦いだ。
ガンスの場合はこれに加えて「罪悪感」まで。
そう、残された者はなかなか前に進めない。

死によって去った者の死後の気持ちはわかりようがないけれど、自分を憶えていてほしいと願う気持ちは理解できる。それがこの世で生きた証になるから。
一方の残された者は、現実を受け入れるまでに時間と癒しが必要だ。


ここまで書いて、ふと、祖母が亡くなった時に母が言っていたことを思い出した。

「離れて暮らしている時は、ばあちゃんが心配だったり、会えなくて寂しかったりしたけど。亡くなった今は、ばあちゃんがいつも心の中にいる感じで気持ちがあったかいよ」

残された者にできることはその人を忘れないこと。ただ、それだけだ。


去る者と残される者。
当事者でなければわからない苦しみと想い。

鑑賞後、そんなことを考えながら余韻に浸った。

(day 71)

写真:春の花








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