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生き方を見失うのは、目を閉じていたからなのだと思う-韓国ドラマ『SKYキャッスル』

韓国ドラマ「SKYキャッスル」を観た。
お受験ママバトルを描いたドラマかと思いきや、超高学歴社会である韓国の社会問題「受験戦争」に切り込んだ見応えのあるドラマだった。

つまりは良い意味で期待を裏切られた。

登場人物たちの欲望のぶつかり合いとサスペンス要素が視聴者の感情を激しく揺さぶるあたり、韓国ドラマの王道的物語でもある。一方で、ドラマの後半には多くの教訓が盛り込まれていて諸々考えさせられた。

鑑賞を終えてまず考えたのは、「人の期待に応える生き方の不条理」についてだった。

そのことについて、思うところを綴ってみたい。


1.自己実現のために子供を利用する親たち

有名大学合格を目指し教育熱心な親と勉強漬けの子供。
その背景にあるのは韓国の超高学歴社会だ。


ところで、この物語の登場人物たちは社会的地位が高くお金持ち。
子供の教育のためならお金はもちろんのこと労力も惜しまない。

たとえば、「母親が専業主婦でなければトップ校への進学は難しい」というお受験常識に従い、自分のキャリアを休止させてでも子供の教育のサポートに邁進する。
塾の送り迎えやお弁当の準備、健康面・メンタル面のサポート、ママ友からの情報収集までできるこはなんでもやる。

全ては「大学合格は母親と子供二人三脚で成し遂げる」という信念のもと遂行され、まさに、一大プロジェクトなのだ。

さて、プロジェクトならば戦略的に挑む方が得策だ。
国内最高峰のソウル医大を目指す娘イェソの母ソジンは、同大学に合格した息子を持つママ友から入試専門のコーディネーターの情報を仕入れ、雇うことに成功する。

劇中「コーデ」と呼ばれる、入試専門コーディネーター、キム・ジュヨンは、合格率100%を誇るその道のプロ。

しかし、その手法は「有名大学合格」とう欲に駆られた親子の心理を巧みに操る邪悪なものだった。
目的のためなら手段を選ばないソジンの行動を見抜いているキムは彼女のコントロールに成功する。一方のソジンはキムの行動を疑問に感じることがあっても、「有名大学合格」というニンジンをぶら下げられ、キムを信じることで自分を誤魔化す。

とにかく、大切なのは有名大学に入学すること。
それが子供の人生を決めるという価値観に、いや強迫観念に縛られている。


実際のところ、「子供の将来のため」「子供が幸せな人生を送るため」という親の思いは本物だろう。
しかし、それは純粋に子供のためであるとは言い難く、親自身の欲望に他ならない。


たとえば、3代医者家系を目指しイェソを最難関の医大に入れることに執着するソジンとその姑、そして、自分の人生の成功の証として子供を有名大学に入ることに執着するチェ教授が良い例だ。
彼らの言う「子供のため」は、純粋に子供のためを思う行為ではなく、子供を通じた自己実現なのだ。


そういう意味において子供たちは被害者だ。

「いったい誰のための受験なのか」

この素朴な問いは「超高学歴社会で勝ち抜く」という大義の前ではかき消されてしまうのだ。


2.他人をコントロールする人々

入試コーデのキムは、受験生を持つ母親の欲望を利用して莫大なお金を稼いでいる。

実は、彼女もまた自分の自己実現のために自身の娘を利用してきた女だった。
しかし、娘は事故で多くの能力を失ってしまう。
突如として自己実現の道を断たれたキムは心に深い闇を抱えている。

そんな彼女は、母親はもちろん生徒である子供の心理も巧みにコントロールしていく。
相手を確実に自分の支配下に置いていく能力に長けているキムは、利己的な邪悪な人間として描かれる。


しかし、なぜキムは人をコントロールできるのか。

答えは「欲望」の存在。

たとえば、ソジンの「欲望」は娘をソウル医大に合格させること。
前述のように、大学合格によって娘のみならず自分の自己実現をも達成しようとしている。

しかし、この欲望が目を曇らせる。


欲深い人を騙すのは本当に簡単なんだ

これは人気韓国ドラマ「愛の不時着」で詐欺師ク・スンジュンが言った言葉。

まさにその通りだと思う。
深すぎる欲は、場合によっては人生をも破滅させる。



ところで、人をコントロールするのに長けているのはキムだけではない。
キムにコントロールされているソジンも実はなかなかのコントローラーだ。
どういう出方をすれば相手が自分にひれ伏すか、相手を意のままに操れるかを知っている。

頭の回転の早い彼女は変わり身も早く、飴と鞭を器用に使い分ける。
ママ友との競争にもその能力が遺憾なく発揮され、道徳的に「いかがなものか」と思われるような行動も悪びれることなくとやり遂げる。

もちろん娘のコントロールも忘れない。
イェソは傲慢で鼻っ柱の強い生意気な子供だが、そんな娘を「お姫様」と呼び甘やかす。これも一種のコントロール。
ソジンは何としても娘をソウル医大に合格させ、姑の望む3代医者家系を成し遂げ、姑に自分の存在を認めさせようとしているのだ。

しかし、彼女が滑稽なのは全てをコントロールしているつもりでいて、実は自分がキムにコントロールされてしまっていること。

欲望が先に立ち、キムの罠から抜け出せない。



とにかく、人をコントロールする輩というのは利己的だ。
この手の人間には近寄らないのが一番だが、深い欲はそういう人物を自ら引き寄せてしまう。


そして、強い欲と同じくらい危険なのが執着だ。

15年間の努力を水の泡にはできないわ

母娘で共に歩んできたソウル医大合格への道への執着は、二人をがんじがらめにしている。

そんなソジンとイェソがキムの標的となったことによって、悲劇が起きるというのがこの物語なのだ。


3.自分の人生は自分で落とし前をつけるしかない

さて、このドラマで一番心に残ったのは、ソジンの夫でエリート医師であるカン・ジュンサンが、泣きながら自身の母親に心情を訴える場面。

50歳も間近なのに 生き方もわからない息子にしたのは母さんだ


確かにジュンサンの人生は順調だった。
親の言いつけを守り、幼い頃から医師になるために勉強一筋。全国1位の成績まで獲得した。
努力の結果、ソウル医大に合格し医師となり、今や病院長の座も目前だった。


そんな彼が初めて味わった挫折。

それは、危篤で搬送された患者ヘナが昔の恋人に産ませた自分の娘とも知らず、同じタイミングで病院に運ばれた上司の孫を優先し娘を死なせてしまったこと。出世のために顔見知りのヘナを見捨てたのだ。

彼はここで初めて「自分は何のために医者をやっているのか」という根本的な問いに向き合うことになる。

「たかが院長の座に…」と、それまでに生き方を後悔する彼もまた親のエゴの犠牲者ではある。
医者になる以外の道を許されず、そのレールの上を50年近くも歩んでしまった彼は、ここにきて自分自身を見失う。

でもそれは自分自身と向き合うことをせず、盲目的に親が望む道を歩んできた結果だ。つまりは自分の人生に対して目を閉じて生きてきた。


ジュナム大の企画室長まで上り詰めた人生は はりぼてです

横や後ろを振り向きもせず 上ばかり見たせいで (娘を)殺してしまった

そう涙ながらに叫ぶ息子に対し、母は激怒する。
なぜならそれは彼女自身の人生をも否定する言葉だからだ。

つまりは息子の成功は彼女のものでもあったということ。
それこそが悲劇の元凶。
母は子供を自分のものと勘違いして生きてきたのだ。
当たり前のことだが、子供と親は別の人格で、子供の人生は母親のものではない。


しかし、今更年老いた母ばかりを責めても意味はない。
子供の頃ならともかく、50歳近くになるまで自分と向かい合うことをしてこなかったことは彼自身の責任でもある。

ジュンサンは言う。

もう十分じゃないか お飾りの俺をステージに立たせ 拍手を受けてきた


彼が母親に向けたこの言葉は、妻であるソジンが将来娘から向けられるであろう言葉だ。そして、今更母に反抗するこの中年男の姿は、他者の欲望のために、あるいは他者の期待に応えて生きた人間の成れの果てとも言えるだろう。


とにかく、大切なことは自分で考え、自分の意思で人生を歩むという至極シンプルなこと。
「あなたのため」はという言葉は甘やかな毒に他ならない。
たとえ親であろうとも子供の人生を決める権利はないのだ。つまりは、誰かの期待に応え、自分の未来を縛る必要はないということ。



でも、救いがないわけではない。
ジュンサンは院長の座を諦め、自分を見つめ直す道を選ぶ。

父であり夫である自分、つまりは医者ではなく「カン・ジュンサン」として自分と向き合うことを決意したのだ。

生きている限り人生はやり直せるし、それはいくつになってもかわらない。
閉じていた目を開き、自分が見たい景色が何かを知ることで、ようやく人生が始まる。



4.ドラマ「SKYキャッスル」が提起するもの

韓国が超高学歴社会なことは知ってはいたものの、それがどれほど過酷なものなのかについては考えたことはなかった。

昨年鑑賞した韓国ドラマ「ミセン」でも、高卒資格で会社に就職した主人公が見下されるくだりがあった。その場面を観て韓国の学生は日本とは比べものにならないほどの激しい競争を強いられていることを知った。

確かに日本でも似たような価値観が存在するが、失敗が許されないという空気は韓国の方がずっと強いのかもしれない。「SKYキャッスル」を観たことで、その背景がより明確に見えた気がした。


ところで、SKYとはS=ソウル大学、K=高麗大学 Y=延世大学の略で、いわゆる一流大学を表す。
そのSKYを卒業したとしても大手企業への就職は簡単ではないらしい。そんな厳しい社会情勢が、限りなく上を目指す風潮に拍車をかけているのだろう。



さて、SKYキャッスルの住民にもノーマルな感覚を持った家族が登場する。

私教育よりも子供の自主性を尊重するイ一家だ。
イ家の主婦であり作家のスイムの価値観は、教育熱にとりつかれたSKYキャッスル住民たちの心に波風を立てる。

そんな彼女はSKYキャッスルで起きた事件を題材にして、超高学歴社会に振り回される人々、特に子供達に与える影響を憂い、行きすぎた私教育について問題提起をした小説を書き上げる。

その小説に書かれているであろうスイムの問題提起は、このドラマが伝えたかった「核の部分」なのだと推測するし、この問題について社会が立ち止まって考えるべきということを暗喩しているのだと思う。



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何はともあれ、このドラマのすごいところはキャストが素晴らしいところ。
ベテラン俳優が多いので安定感があるのはもちろんだが、子役もとても演技が上手い。彼らの気迫溢るる演技には引き込まれずにいられなかった。

個人的には、氷の表情で入試コーデを演じたキム・ソヒョンが発する独特な雰囲気が頭から離れない。抜群のスタイルに切れ長の目、冷ややかな表情が刺さる。
すごい女優だ。

そしてもう一人、チェ教授を演じたキム・ビョンチョルがツボ。
特に物語終盤、家族からの逆襲を受け反省したチェ教授の姿が愛おしい。
「トッケビ」「ミスターサンシャイン」「太陽の末裔」で観た彼とはまた別の顔を存分に楽しめた。



視聴者を飽きさせないスピード感、ストーリー展開が見事なこのドラマ。
後半では登場人物たちの心理描写が固定カメラを使わず表現されるなど、演出も素晴らしかった。


「SKYキャッスル」は、諸々を考えさせられる見応えあるドラマというだけでなく、とても刺激的な作品だったと思う。



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