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デザインには、組織をチャーミングなものに変える力がある

テクノロジーの進展やビジネス環境などの変化が新型コロナ等によって拍車がかかり、これまで成長の方程式からの脱却に多くの企業が取り組んでいます。中でも必要性が高まっているのが「組織文化(カルチャー)の再創造」。しかし、この分野の研究はまだ多くの事例がありません。こうした問題意識から行われたウィルソン・ラーニング・ワールドワイド株式会社と武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所による共同研究。

本連載の第1回では、研究のプロセスとアウトプットをご紹介しましたが、第2回では、研究のプロジェクトリーダーを務めたウィルソン・ラーニングの小原大樹さん、第2フェーズから研究に参加したレベルフォーデザインの福原あいさん、そして研究パートナーを務めた筆者の3人による振り返りを行い、研究結果やプロセスからの学びや気づきをざっくばらんに語り合いました。

酒井:まず、ウィルソン・ラーニングさんとして共同研究に取り組んだ動機や問題意識をお話しいただけますか?

小原:問題意識としては3つありました。まず、多くのクライアントさんから「価値創造やイノベーションを掛け声としているものの、なかなか生み出せていない」というお声を聴いていました。特にフェーズ3と呼ぶ、社会が先行き不透明となる変わり目の時期はこれまでのことをやっていただけではダメで、新しいことを生み出さなければいけないということを企業も認識しているにもかかわらずです。

なので「個の能力開発のみに依存した価値創造には限界があるのではないか」と感じていました。

2点目は、この研究を始めた時期に私が知っている企業内で価値創造にチャレンジしている人たちが働き方をより柔軟に変える選択をしていました。それはコロナ禍の真っ盛りの時期で「内側とのつながりが希薄になり、相対的に外とのつながりが濃くなった」ことが原因のひとつのような気がします。働き方の選択、つまり、どの程度組織とのつながりを持とうとするかに影響を与える要素として、組織の雰囲気のようなものが関係しているように感じていたこともあって、組織文化というものが自分の中でとても重要な課題意識になったと思います。

3点目は、組織活性化のキーワードとして挙がっていた「エンゲージメントや心理的安全性がそれだけでは必ずしも価値創造にはつながらないのではないか」と感じていたことです。
それらはあくまで手段なんですが、なんのためのエンゲージメントなのか?なんのための心理的安全性なのか?が無いまま手段が目的化・数値化して一喜一憂するみたいな流れがあって、その先にある創造的な価値創造が置き忘れられていないか、ということは研究に入る前に酒井さんとも話し合ったことを憶えています。

酒井:研究の一連のプロセスの中で小原さんが印象に残ったことや苦労したことは何でしたか?

小原:苦労したことは、やり方自体を作っていくようなことでした。その中で「人と組織のダブルリフレーミング・モデル」も生まれたので、やり方自体を疑い、検証してつくり直していくプロセスは良い苦しみだったと思います。

あと印象的だったのは「創造性」という言葉自体が人に対してハードルを上げている、ということでした。そのような想いがあったからこそ「大きな妄想と小さな実験」というキーワードが出てきたということですね。
新たな概念を考えようとするときに、言い換えてみることや言葉を作ることの必要性を強く感じましたね。

酒井:私も今小原さんがおっしゃった「やり方自体を疑って見直すこと」の重要性をKA法の分析を通じて感じました。

どうしても価値観を抽出する分析やメソッドは“ありたい姿”を描こうとするじゃないですか。このKA法も元来は同様の手法だったわけですが、その過程で「心の声」にも着目して分析しても良いんじゃないか?と思ってやったのがダブルリフレーミング・モデルにつながりました。
「メソッド」を使うときは、それに沿わなくてはいけないという思考が働きますが、そもそもそれを疑うということが、実は大事だと改めて認識しました。

小原:そういう意味では、我々は大学の中の研究者ではなかったからこそ、新たなことをちょっとやってみようかと思ったことが、かえって良かったのかもしれないですね。

酒井:レベルフォーデザインの福原さんにはフェーズ2(初動の調査・分析に基づいたウィルソン・ラーニングおける実践的検証)に参加いただいた理由というのは何でしたか?

小原:この共同研究はデザイン文脈からスタートしているので、デザイナーの人がここに関わっていただくことでどんな相乗効果が生まれるかを考えたかったことがひとつです。
また、デザイナーの皆さんが持っている言説(言葉や理論)を概念化する力・構造化する力を研究に融合させる実験をしたいと思いました。

もう1点、この研究のプロセスに加わることでグラフィックデザインの領域に携わっていらっしゃる方自身が、自分がやっていることを見える化・自己認識できるのではないか、という狙いもありました。デザインに限らず、当たり前にやっていらっしゃることの価値を自分たちで自覚できていないことって、色々な領域であると思いますね。

酒井:私も付け加えて言うと、プロ仕様のツールを使って美しく形にするというスキルを持っているグラフィックデザイナーの方がプロジェクトをデザインするUXデザイナーのスキルを学ぶことで、グラフィックデザインのアップデートにつながるのではないか、という期待がありました。

酒井:福原さんは研究に参加するにあたっての心境はどのようなものでしたか?

福原:創造的組織文化の研究というのが本当に未知の世界なので、ドキドキした覚えがあります。一方で、未知の世界に入るときに少しワクワクする気持ちにもなったことを憶えています。

酒井:実際に参加して感じたこと、あるいは印象的な出来事があればお話しください。

福原:ウィルソン・ラーニングの皆様とお話をしていて、「どのような自分になりたいですか?」とか「どういうチームが理想的ですか?」とお聞きすると、すぐにどんどん回答が出てくるのが印象的でした。なので、ご自身では「創造的ではない」と仰っていても、すでに創造的に考えたり動かれたりする方々が多いという印象を持ちましたし、そこに皆さん気づいていらっしゃらないんだということも同時に感じました。

あと印象的だったのは、小原さんのチームのメンバーの方の「新しいことをするときには必ず違和感というのが出てくるけれど、そこで立ち止まってしまわずに、とにかく行動をしてみる」というお言葉でした。それってまさに山崎先生が仰っていた「とにかくやってみるんだよ」に通じるな、と。

小原:今の福原さんのお話を聞いて、先日イタリアに行った時にお目にかかった方が仰っていた「創造性って何かを無理やり生み出すみたいな印象があるかもしれないが、生み出すような状況を整えて心を開いていると自然となにかが立ち現われてくる」という言葉を思い出しました。

私たちは、創造というと、どちらかと言えば頑張って生み出そうというイメージをもっているのではないかと思いますが、生み出される状態をどう整えていけるのかに主眼を置いているというスタンスにとても納得感がありました。彼女は、それを「静かな革命」と表現していて、むしろ日本人に合っているのではないかと思いました。

酒井:福原さんに参加していただいていかがでしたか?

小原:聴く人の存在ってめちゃめちゃ大きいな、と思ったんですよ。普段、我々は、クライアントに問いを投げて何かを引き出すという態度で向き合っているんですが、福原さんはもっと自然にメンバーの話をその場でちゃんと聞くということをやっていらっしゃって。
何かを引き出そうということではなく、そこに聴く人がいるということが、いま申し上げた「何かが生み出される状態を整える」こととすごく似ていたんじゃないかなと思います。あと「これまでの議論を自分なりにまとめてみました」ということをやってくださったのがすごくありがたかったですね。

僕らとは違う視点で整理をしてくださることによって「これってこういうことかもね」という議論がさらに生まれました。最近、上田信行先生(同志社女子大学名誉教授)が「成果物じゃなくて経過物」ということを仰っていました。成果物はなにかそこで終わる印象がありませんか。
でも特に研究なんてそんな簡単には結果は出ないんですよね。だから常に経過物をアウトプットし続けて対話し続けることが大事だ、という意味ですね。福原さんがやってくださったのは、正にそういうことでしたね。

酒井:福原さんが、経過物を出そうと思ったモチベーションは何だったんですか?

福原:私が入らせていただいた段階では、ウィルソン・ラーニングの小原さんチームとは別のチームの話をもとに、そこから創造的な活動をするためのヒントを抽出する実験をされていました。
そこで小原さんチームの皆さんの想いやエネルギーをすごく感じたんですね。ならば、その本音の部分を言語化したり可視化したりしたいと思いました。そこに自分やチームの理想の姿を重ねることによって創造的になるためのヒントが生まれるのではないか、と。

酒井:デザイナーとしてどう役立てるのか?という想いはありましたか?

福原:デザイナー的な目線で疑問を持ったことや引っかかったことについて、とにかく聞いてみるということ、それを言葉やビジュアルで資料におとして見せながら話すということをやりながら私自身、今まで考えていなかった方向からの視点でものを考えるきっかけをもらいました。言語化・可視化することで、そうした意識を皆さんと交換できたのではないか、と思います。

酒井:それは、山崎先生がおっしゃる「概念モデル」にも通じますね。

福原:研究が全部終わった後にも、改めて創造的組織文化というものを一言で言い表すと「自分の中の好奇心を育てる活動」ということなのではないかと考え、そのイメージを可視化して皆さんにお見せしましたね。

もっと成長したい、チームの空気を変えたい、新しいことに挑戦したいといった一人ひとりの小さな好奇心が葉っぱのように芽生えるけれど、自分1人でやろうとすると日々の忙しさから栄養不足になって育たない、ということがあると思うんです。その好奇心に対して仲間や周囲が水や肥料を与えてあげるとすくすく成長していく。なので、一人ひとりの「好奇心」という葉っぱと、それを育てるための「土と水」つまり周囲の環境作りの両方がすごく大事なんだなということをイメージしていただきたいと思ってこの図を作りました。

酒井:こういった概念モデルを作るときのプロセスは、どのようなものですか?

福原:まず自分の中で感じていることを言葉にして、その言葉を形にするとしたらどういうものがふさわしいのかをキーワードにした上で、ラフのスケッチに移ることが多いですね。

酒井:小原さんは今後、この研究成果をどのように活かしていきたいですか?

小原:まず「研究のプロセス自体がすごくクリエイティブ」だったと思います。過去に検証されているメソッドに従うのではなく、自分たちなりに工夫をしてやり方を作っていくような進め方自体が創造性を鍛えるためのものになると感じました。

また、変わりたいと思っても、そもそも自分の文化がわかっていなくては変わることはできないので「他者の文化を知ることで自分の文化を知る」この研究のプロセスの意味は大きいと思っています。
加えて、「組織をどのレベルで捉えるか」という話です。組織全体を変えようとするとなかなか変わっていかないので、小さなところから変えていく。自分のチームを変えていくことから始めて、徐々に周囲に伝播していくようなアプローチを取るのが良いのではないかと思いました。

なので、この研究自体をより発展させていくためには、他社と自社の違いからなにかを感じるようなことを考えることができると良いなと思っています。今後、それがクライアントワークの中で実現でき、更に検証されていくことで研究成果がアップデートされていくと思います。この研究プロセス自体が組織が変わっていくためのきっかけになっていくのではないか、という可能性を感じています。

酒井:創造的な組織文化をつくる上でデザインやデザイナーが果たす役割は何だと思いますか?

小原:アウトプットを出すことにこだわりすぎるとろくなことにならないなと思うんですよね。それに向けてみんな逆算して考えてしまうので。今なにが起きているのかをホワイトボードに出してみる、経過物を出しつつ議論を地上戦にする、その場で起きていることをお互いに確認することを手助けするといったことが、グラフィックデザイナーの皆さんが本質的に得意とされているんじゃないかと思います。
それを自分たちのスキルとして抱えるんじゃなくて、多くの非デザイナーに教える側に回るような役割も今後、ますます重要になっていく気がします。

酒井:私は、今まで切り分けられていたインナーブランディングとアウターブランディングが融合してきているような感覚を持っています。その上で、見えないものを可視化するとデザインの力は、多くの組織に必要だと感じています。
また今、私が関わっている組織変革のプロジェクトを通じて改めて感じていることですが・・・言葉になると誰もが真面目な顔で議論するのですが、これがロゴやマークといったビジュアルになると表情が明るくなるんですよね。上田先生が「プレイフル」という考えを提唱されて来ましたが、デザインには、人を明るくポジティブな気持ちにさせる力、言葉にすると真面目なものをチャーミングにする力があるのではないかと思っています。

酒井:福原さんは、本研究に参加して改めてデザインやデザイナーの可能性を感じましたか?

福原:はい、すごく感じましたね。形にするだけのデザインだけではなくて、目に見えない仕組みのデザインだったり組織のデザインだったり、すべての語尾のあとに「〇〇のデザイン」と付けると、何かそれだけでワクワクするクリエイティブな気持ちになる感覚を、私も改めて持ちました。
「可視化する」「真面目なものをチャーミングに変える」ことで、みんなが共通意識を持つことにつながると思います。今後、創造的な組織文化の研究をさらに深掘りをしていくことがあれば、例えばみんなが共有できるマークをつくることで、チーム一丸となって前に進んでいくとことを支援できるようになると良いなと思っています。

酒井:そのために、デザイナーとしてどのようにアップデートしていきたいですか?

福原:今、社会的に求められていることをもっともっと理解をしないと良いアウトプットや良いデザインにはつながらないんだな、と改めて思いました。お客様の業界や社会に求められているところに自分自身の意見を持つということが必要ですし、世の中の意見を広く知るということも必要なのかな、と。
深く幅広く学びを続けることが、デザイナーにもより求められていくと改めて実感しました。

酒井:では最後に、皆さんから一言ずつ。まず、小原さんからお願いします。

小原:僕はもともと好奇心つまり「やりたい」が生まれるきっかけがなんなんだろうというのは自分の中の大きな問いなんです。
その意味で最近「聴く」ことの重要性を感じていますし、人によって異なる「やりたいことを生まれるタイミング」をどれだけ待てるかみたいなこと、その時にやりたいことがある人がちゃんとやりたいと言える状況みたいなものを作ることこそが「創造的」だと改めて感じています。

みんなが自分のタイミングで妄想を言えること、そのためにいろんな意味での「遊び」がとても大事なんだと思います。子供って遊びの中からいろんなものを学ぶと思うんですけど、それが大人になると「仕事って遊びじゃないんだよ」みたいになって来る。
なので「なんでお前、遊んでないんだよ」というようになっていくと良いなって。それが好奇心を駆動させるためのきっかけになるんだと思います。ただヘラヘラ遊んでいれば良いということではなくて、本気でどれだけ遊べるかみたいなことは案外重要なことなのかなと思います。

酒井:私はさっきの福原さんの「葉っぱ」の事例がすごく面白いなと思いました。
言葉にするけれど、その先に「下手とかうまいとかは関係なく目に見える形にする手口」を誰もが持てるようになれば、もっと組織にも社会にも楽しいものが生まれてくると感じました。

酒井:福原さんはいかがですか?

福原:私は、この研究のプロジェクトに参加させていただいて、「まずい、自分がなにもやっていない!」という強い危機感を持ちました。なので、会社で実験的に「L4Dコンパ」という読書会を定期的に月に1回開くことにしました。

人って自分が好きなこととか興味があることは自分でやるんですが、知らないこととや興味が無いことはあまり深掘りをしないなと思って。
なので、普段デザイナーがあまり読まないビジネスのジャンルの本を読むことで、あえて興味のない領域を深掘りしていきませんか?という趣旨です。本を通していろんな外からの刺激を受けて自分たちで行動ができるようになれば、と。それはまさにこの研究があったから生まれたものなんです。


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⚫︎この記事を書いた人
酒井 章(さかい あきら)/  L4Dビジネスプロデューサー / コピーライター /ワークショップデザイナー  /(株)クリエイティブ・ジャーニー代表
東京都出身。「創造的な人生を、すべての人に」をテーマに、デザインやアートと社会を繋げる様々な活動を行っている。2つの美大大学院卒。最近、シナリオライティング修行とウクレレを始めた。
会社のHP:the creative journey創造的な人生をすべての人に。 (the-creativejourney.com)




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