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短編小説作品集1

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初期の短編小説集。物語の中の日常を伝えられますように。
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#宿題

『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(7)

『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(7)

彼は、何故、私の名前を知っていたんだろう。

不思議に思ったが、ベンチの上を見て、すぐに察した。
スケッチブックにも、色鉛筆のケースにも、
覚えたての筆記体の英語で、名前を書いたシールが貼られていた。

アキヒロくんは、これを見て、私がテラシマ アカリだと知ったのだ。

私は何てマヌケなんだろうと、笑えてきた。
突然現れた、知らない男の子。
私は知らないけれど、彼は前から私を知っていてくれた。

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『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(5)

『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(5)

彼は、ベンチに座る私から少し距離を取り、
蝉の背を私に見えるように右手に持ちながら、立っていてくれた。

半泣きで、スケッチブックに絵を描き込む私を、彼は少し呆れた顔で見ている。

「虫苦手なのに、描こうとしてたの?」
と聞く声にも、それは滲んでいた。

「だって‥‥。
高所恐怖症だって、そこに橋があれば渡りたくなるかもしれないし、
お腹いっぱいでも、デザートは別腹とかいうし‥。」

私は、画用紙

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『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(1)

『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(1)

8月も終わりに差し掛かった頃、
秋めいた空を見ながら、蝉の声を聞く。

思い出すのは、あの夏のこと。

私が、中学一年生の夏休み。
「夏の風景を描く」という宿題があった。

両親は忙しく働いており、家族でどこかに出掛けるという予定がなかった私は、
家から行ける範囲で、描く対象を探していた。

夏休みに、区民プールへ一緒に行ったクラスメイトは、
祖父母宅へ帰省した際に、絵の宿題を済ませてしまったと言

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