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短編小説【聴けばめでたき千代の声】七

第七声:懲りない人

失敗や苦しみなどは二度と繰り返したくない。繰り返さないためには”やらかした時”の経験を参考にするのは勿論のこと、更に深く己を知ろうとする努力が必要。
それでも同じ事象を繰り返す場合は愚かでもあるが、魂の成長のため「実は深層心理でソレ(失敗や苦しみ)を望んでいる」ともとれるし、神の聖なる計画の一つともとれる。

鈴木さんは一人息子を若いうちに亡くし、旦那さんは浮気相手の家に行ったきり戻って来ず、最終的に浮気相手に看取られて死んだ。
そんな悲しい話まで、この山の住宅地で諜報活動を行う噂好きな野郎どもは面白がって立ち話のネタにする。
わたしがこの地を嫌うのは、緑豊かな場所でありながら、それに不釣り合いなそういう奴らの荒んだ波長が充満しているからだ。環境を壊すものは除草剤や太陽光パネルや不法投棄だけじゃない。人の”感情や汚い好奇心”も十分な破壊力を持っている。

鈴木さんは車幅が分かっていないにも関わらず大きな車に乗っていた。飼っている犬四頭をいつでも何処にでも連れて出かけるからだ。
車幅が分かっていない事で車は常に傷だらけで、鈴木さんと仲が良い信子さんは「何か大きな事故とかやってしまうかもしれないから、軽自動車に乗り換えたら?」と鈴木さんに助言していた。
この山の住宅地には”近道”とされる細い林道がある。
その林道は地元住民しか知らないし使う必要が無いため、滅多に車は通らない。そのせいもあって、その道を走る車はけっこうなスピードを出して通り抜けていく。

片側は山、片側は崖で下は雑木林になっているその道で、鈴木さんの運転する車が落っこちた。わたしにしてもまわりにしても、その事故は「鈴木さんならいつかやるだろう」と懸念していたことで、そうなった時「あぁ、ついにやったのか」と思った。
車で落ちた鈴木さんは通り掛かった近所の”いけすかない阿部さん”によって助けられた。”いけすかない阿部さん”は鈴木さんの窮地を救った武勇伝を方々で語り、一時の”快楽”を得ていたが栄光は長く続かなかった。どういう因果か、鈴木さんの車が崖から落ちた数日後、いけすかない阿部さんの車もその崖から落ちた。
一番助けられたくない人に世話になってしまった鈴木さんの車は廃車になったものの、たいした怪我も無く変わらない日常を送っていたけど「あの道はもう二度と通りたくない」と口癖のように言っていた。
鈴木さんは仲良しな信子さんの助言を無視し、また大きな車を買い、あの時の転落事故を忘れてしまったのか、またあの林道を利用し、新車購入から僅か6カ月で再び転落した。
車は勿論廃車。その時は足を骨折した。
高齢者の骨折はまずい。二度と歩けなくなる可能性もあれば寝たきりになる可能性もある。周囲の心配をよそに、神に守られし鈴木さんは見事な復活を遂げる。
「もう流石に車の運転はしないだろう」と誰しもが思い、鈴木さんの”次の一手”に注目。
鈴木さんはまた大きな車を購入をした。
でも前回の痛手で懲りたらしく、鈴木さんはあの林道の利用を辞めた。

目の手術後、シニアカーに乗るようになった鈴木さんは、以前より活動的になり「シニアカーに抵抗を感じていたけど私には凄く合ってるみたい!」と前向きで健康的な笑顔を輝かせながら、そうわたしに話してくれた。
その笑顔は鈴木さんという人の内面が反映されていて、とても可愛らしい。
シニアカーが板についた鈴木さんはまたあの林道を使い始めた。
「車で突っ込まれる事があっても、もう崖から転落することは無いわよ。」と、茶目っ気たっぷりで語る鈴木さんだったけど、ある日またあの林道でシニアカーごと転落した。
これは流石に・・・・・
鈴木さんを守護する目に見えない存在と神々の強力な加護により、鈴木さんは二週間の入院後これまで通りの生活に戻り、現在も元気いっぱいでシニアカーを乗りこなしている。

わたしが知る限り、これだけ最強運のババアはいない。
神々は鈴木さんを愛してやまない。
腐りきったこの山の住宅地を可愛らしい笑顔によって照らし続け浄化する役目を持つ鈴木さんが、もう二度と崖から転落しませんように・・・
わたしは祈りを捧げている。








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