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短編小説【聴けばめでたき千代の声】十一

第十一声:契約破棄

十一月後半から年末にかけて、この山の住宅地には多くの農家が落ち葉集めに現れる。腐葉土作りのためだ。
中には早朝四時頃から来て、歩道の脇に吹き溜まった落ち葉を手際良く竹箒でかき集め、軽トラの荷台を満タンにし夜明け前にずらかる者も居る。コソコソ感が半端ない。

落ち葉はこの山の住人達にとっては悩みの種。
大概の住人は庭で燃しているから、この時期は常に焚火の匂いがそこら中に漂っている。
わたしは家畜を飼っている都合上、それなりにまとまった量の野菜が必要。

4年前。
秋になると落ち葉集めに来る農家とわたしは「落ち葉を集めておくからクズ野菜をくれ条約」を結んだ。
農家の爺さんは「年」で落ち葉集めが辛いと言う。腰痛が悪化するから出来ればやりたくないが生きてるうちはやるしかない・・・
ォ~~~ウ、イエスイエス!
だったら、その仕事は任せなさい!いくらでもわたしが集めてあげましょう!そのかわり、要らない野菜やクズ野菜をちょうだいな。
「そんな事で落ち葉集めを引き受けてくれるのか?ありがたい!それじゃ是非そうしましょう!」
イエーーーーーーーーーーッス!そうしよう!
・・・というノリでわたしと農家の爺さんとの物々交換は始まった。

爺さんが大きな袋をたくさん置いていき、わたしが落ち葉をその袋に貯める。二日に一回ペースで物々交換を行いお互いホクホク。
これだから落ち葉集めはやめられない。・・・・と思いきや、まさかの衝撃展開。
二年前の十二月。爺さんは袋を持って現れた。何か違和感があった。見た目と口調で「もしかしたら・・」と思った。
認知症が入ってきたかも・・・・
話をしているぶんには可笑しなとこは無いのに違和感は消えない。
まあ、いい。今年もがっつりクズ野菜いただくぜー・・・と張り切るも、一回目の物々交換の日、爺さんは野菜を持ってこなかった。
おや?これは?
「今日は野菜ないの?どんなのでもいいよ。」
これは物々交換。偽善活動ではない。労働力を提供している以上、クズ野菜を催促する権利はある。
「ほんとうにいつも有難うね~、感謝してるよ~。」
「感謝はいいから野菜持ってきてね~、明日の朝までに落ち葉用意しておくから、その時は忘れないでよ。」
一抹の不安がよぎる。
やっぱりアレなのか・・・?もう一回だけ様子を見よう。

翌日の朝。爺さんは来なかった。
電話番号を知っているけど、わたしが携帯を持っていないから連絡のしようが無い。公衆電話まで行くのもなんだし・・・という事で放っておいたら翌日の朝、落ち葉を入れておいた袋がゴッソリ無くなっていた。野菜も置いていない。
これはいよいよ・・・・
その日の夕方、顔見知りのジジイが落ち葉集めに来ていた。そのジジイとも以前物々交換をしていたが利益が少なく契約破棄をした。
「阿川さんって、最近どう?なんか変わったことない?」わたしが聞くとジジイは、待ってましたの満面の笑み。
ジジイは「何か面白げ」な事を知っていて、ソレを誰かに聞かれたいし話したいと思っていたような感じに見えた。
わたしはジジイが話し出す前に悟った。
やっぱり阿川さんは「アレ」なんだと。

 ジジイは「このこと、俺から聞いたなんて誰にも言わないでくれよ。おまえさんを信用してるから話したんだしよ。」
そう言って落ち葉集めをしながら、マヒナスターズ「惚れたって駄目よ」を歌い出した。
やめてくれ、誰もこんなジジイなどに惚れはしない。
いと懐かしき我養父。わたしの養父もマヒナスターズが好きでよく歌っていたのを思い出す。

阿川さんはアレだった。そうなってしまったら契約破棄しかない。
野菜をくれないなら落ち葉集めをする必要は無く、阿川さんとはそのまま自然消滅した。
物々交換が出来る農家を探しているが今のところ候補者は無し。

年々落ち葉集めの老人が消えていく。
大丈夫か、日本。
ジジイが歌う惚れたって駄目よが耳に残り、ついわたしは口ずさむ。
ほ~れたって駄目よ~♬わた~しウブなんだも~の♬
このままも少し蕾でいたいの~よ♬
冷たい風が頬を撫でる。
ウブなんだも~の~・・・か・・・・

以上だ!また会おうぜ、あばよ!


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