「大丈夫」は魔法の言葉
先日、とても仲良くしていただいている友人が、がんを患ったと公表した。
ステージ3だそうだ。
彼女と会ったのは、とあるライブハウスだった。
裏方として参加している時に知り合あった。
それ以来、仲良くさせていただいている。
損な彼女からの告白。
でも心配はしていない。
ショックはショックだったけど、彼女は頑張れる人だと分かっている。
だから心配なんてしない。
ただ信じて寛解を待つだけ。
今も彼女は、抗がん剤などの治療を受けている。
ツラいだろうに弱音を吐かず、定期的に経過報告をブログに書いている。
最後はいつもこの言葉で締めている。
ありがとう
大丈夫だよ。
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三年前になると思うが、私よりも年上だが仲良くしてもらっている友人から、がんの告知を受けたことを聞いたことがある。
彼女の場合は肺がんのステージ4。
余命数ヶ月と言われていたそうだが、余命期日が過ぎても、病気と共に生き続けていた。
彼女との出会いは、ツイキャスという配信サイトだった。
アカペラでひたすら懐メロを歌う配信をしていた。
偶然にもその配信を見る機会があって、以来仲良くさせてもらっていた。
ボランティアで養護施設へ出向き、歌を歌ったりもしていた。
そちらにお邪魔し写真やビデオを撮らせていただいたこともある。
そんな彼女、それでもツイキャス配信をして、歌を歌い続けていた。
でもいつか、弱音を吐くことが多くなっていった。
そして、配信をしなくなった。
以来、ツイッターの更新もなくなった。
LINEの返信も来なくなった。
でも私は、諦めていない。
彼女はまだ病気と闘っているんだと信じている。
いつか返信が来るかもしれないと、誕生日にはLINEにお祝いメッセージを送っている。
私のしていることは身勝手なことかもしれない。
でもやっぱり、私は彼女の歌いたいという想い、生きたいという想いが奇跡を呼んでいると信じている。
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私の父も、脳梗塞になってから10年以上生き続けた。
施設の人によると、お昼ご飯を食べてベッドに横たわり、眠るように逝ったそうだ。
何も好きなことができず、つまらない晩年だったろう。
リハビリも嫌がり、寝たきりになってしまったが、それでも行き続けていたということは、生きていたかったから、だと思う。
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私は、人間はそう簡単に死にはしないと思っている。
地球上の生物の中でも、しぶとい方だと思っている。
もちろん、突然事故などに遭遇する人もいる。
自ら命を絶つ人もいる。
争いが絶えず、巻き込まれる人もいる。
そんな人間社会ではあるが、基本的に生に対する執着はどの生物よりも強いと思っている。
だからみんな、ずっとずっと、天寿を全うするまで生き続けると思う。
ただの理想論だろうか。
いや違う。
人間は生命力にあふれている。
そう簡単にくたばりやしない。
人間には無限の力がある。
「無限の可能性」ではない。
「無限の力を持っている」のだ。
だから、病に打ち勝つ力だって持っているはずなのだ。
だからまた笑顔で、みんなと会える日を信じている。
みんな、待ってるよ。
一緒に、今を生きていこうね。
だから、「大丈夫」。
<終わり>
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