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私は【Multipotentialite-マルチポテンシャライト】

ー社内初の営業未経験の営業職採用の私ー

私は今、ITベンチャー企業でインサイドセールスという職種を勤めています。

インサイドセールスという職種は欧米では定着しているものの、まだ日本ではあまりメジャーではなく、実際に周りでインサイドセールスという単語を知っている人にはまだ数人にしか出会っていません。

私が就職活動をした2009年前後、当時から既に日本でもあったようですが、少なくとも私自身一度も耳にしなかった職種です。
昨年参加したインサイドセールスの国内最大イベントInsidesales Conferenceでは、

『ようやく日本でもインサイドセールスが認知され市場が盛り上がってきた。2018年が国内におけるインサイドセールス元年と言える』

と言われていました。
それくらい新しい職種に私は昨年飛び込み、ようやく成果を出せ始めました。商談設定数の目標数字を追い、仕組み作りやマニュアル作りなどを整備し、商材によっては商談から受注、納品までもオンラインで担い、そしてこれから後輩育成も始まります。

HR Tech業界の弊社は昨年12名が加わり社員数が30名を越えました。そして私は昨年その12名の最初のタイミングに、しかも社内初の営業未経験の営業職としてジョインしました。

『会社にとってもチャレンジだった』と昨日上司に聞かされ、そりゃ私の経歴を見たらそうですよねと。笑 よく採用してくれたなぁと感謝の気持ちしかありません。

近々人事評価制度が変わることになり上司と面談があるので、改めて自分の生き方やキャリアにつて考えていたここ最近、私のこれまでの生き方やキャリアに関する強みについて、ほとんど代弁してくれているこの【Multipotentialite-マルチポテンシャライト】という言葉に出会いとても嬉しかったので、アウトプットしておきたいと思います。

『スペシャリストであれ』

と言われチクリと胸が痛む人。ぜひこの動画を見てみてください。

動画▼
TED 天職が見つからない人がいるのはどうしてでしょう

ー経歴ー

過去を振り返ると、私のキャリアやこれまでの経験はとんでもなくとっちらかってます。

システムエンジニア 4年
客室乗務員 4年
セールス もうすぐ1年

仕事以外の活動では、ウィンドサーフィンで国体出場や、ハンドメイドアクセサリーの販売ライティング社外プロジェクトのマネジメントなどなどとにかく幅広く興味分野に手を出してきました。

これまでの経歴に一貫性を見つけられないことは、誰でも分かる見たままその通りなんですが、笑 
なんか軸があるのかなーと振り返ると、迷った時には「今しか出来ないか」をめちゃくちゃ直観的に判断してきたと思います。

その精神は多分育った環境が少なからず影響しているんじゃないかと思います。

どれも幼い頃からなりたかった職業ではなく(むしろ営業職はなりたくなかった)、小学校に通う頃には『将来の夢』という質問には大人の顔色を無意識に伺いながらその場しのぎで答えていました。ずっと、なりたい職業が無かったんです。

幼いころの私は自分でもビックリするほど素直でまっすぐで、でも将来の夢に対してはかなり冷めた子供でした。ケーキ屋さんやお花屋さん、パイロットやお医者さんなど、同級生はそれぞれ知っている範囲の"お仕事"の中で夢を描けていましたが、今なりたいと思う"お仕事"に、私自身はこの先もずっとなりたいと思い続ける自信がなかったのです。

昔から様々なことに興味を持つ子供だったので、好奇心が続く限り見える世界は広がり続けることを子供ながらに感じ取っていたからかもしれません。
これは後付けでなく(もちろんこんな風に言語化はされていなかったものの)物心ついた頃からなんとなく持っていた感覚です。

親の仕事の関係で転勤族だったことも関係あるかもしれませんが、自分の意志とは関係なく大きく環境が変わることを幼いころから経験してきました。

インドネシア→日本
「せっかく裸足でヤシの木に登れるようになったのに!日本では砂場でおままごと、、、?」
千葉→福岡
「せっかくサッカーが上手になってきたのに、アイドルや芸能人なんてそんなに知らないよ・・・。泣」

まあ自分の描いた通りの未来が来ないだろうなということを、早いうちに感覚的に知ってしまいました。

なので、高校受験も大学受験も、いきなり『将来に繋がる大きな選択だから、"何になりたいか"・"何をやりたいか"しっかり考えて決めなさい』と言われても、「今からそんな未来の事を見据えた選択なんて、出来るわけない…」といつも思っていました。
世の中には自分では予測もコントロールも出来ないことが多すぎると思っていたからです。

でもそのおかげで、新しい何かに出会い、没頭できることを見つけると、今この環境で出来ることを思いきりやりつくす!みたいな精神が培われ、良かったことも苦い想いをしたことも、経験の全てを学びにしてきたことには自信を持っています。

そして、興味を持った全てのことに、情熱を持って取り組んできました。

そのうち松岡修造と言われるようになりました。360度全方向から全身でインプットして「前だ」と思う方向に全力で進んできたからでしょうか。あだ名が『修造』。

システムエンジニアとしても客室乗務員としても、運良く国内大手企業で勤めることが出来、自分なりに"プロ"としての意識を持って、"4年間で経験出来るある程度のレベル"までは達することが出来たと思っています。

私はこの動画の演説のように、それぞれの仕事を辞めた理由が『飽きてしまった』からでは無く、その時々に事情があったからなのですが、それ以外はほとんどの経験と感情をこの動画が代弁してくれていて驚きました。

ーマルチポテンシャライトの苦しみ①ー

彼が話すように、私もいつも2つのことで苦しんできました。

まず1つめは、自分の経歴を次のキャリアに結びつけること

これには就活でも2度の転職活動でもとても苦労しました。分かりやすく結び付かない過去の経歴は『社会が評価しない』と誰からともなく刷り込まれてきたからです。

文系でシステムエンジニアになる際には、当時ほぼ壊滅的に無かったと言っていいロジカルシンキングの能力(ポテンシャル)があることを証明するために、実際に採用選考と並行して、しろくま先生のもとプログラミングを即効で学んでアウトプットを出し -HelloWorld- と小さなノートパソコンに表示出来ることを証明しました。

当時はさんざん「営業が向いてると思うよ」と周りからも面接官からも言われましたが、営業でなくエンジニアになりたかったんです。
EXCEL触れば壊れるし、WORDは文字の羅列しか出来ず、フォルダは偶然の産物で作られ、どのフォルダにファイル保存したかの管理も出来ないパソコンアレルギーだった私が、まさかSEになるなんて。自分も含めて本当に誰も想像出来なかったと思います。

でも、この最初のキャリア選択が、このあとの自分の人生を仕事の内外問わず、ずっと助けてくれるものになるのです。
「やりたい」を選択して本当に良かったと思ています。

客室乗務員になる際には、システムエンジニアの経験から、コミュニケーション力や察する力、マネジメント力を証明することは大変でした。でも、思いがけずウィンドサーフィンの経験も自己PRになりました。後輩指導経験から人命を預る責任感などを培っていたことです。"人命を預かる"ってあまり多くの人が持てる経験ではないと思うので、その経験は大きかったのではと思います。

また、ウィンドサーフィンの進む原理は飛行機が飛ぶ原理と同じ”揚力”です。そして、空や海という自然を相手にリスクマネジメントをしながらベストパフォーマンスを発揮しなければならない、という環境もとても共通していたように思います。

初めての"夢"となった客室乗務員になれた時には、これが私の天職だ!と心から思えるほど大好きな仕事で没頭し、心から自分の人生に感動しました。「天職ってやっぱりあるんだ」と思いたかったんです。多分。

でも、辞めることを選びました。
今でも大好きな仕事で、もしも続けられるなら続けたかったなと思います。

ただ、辞めることを選択した時に、この選択を後悔しないよう、未来を作っていくしかない。と覚悟しました。今では経験出来ただけで幸せだったと思っています。

そして、インサイドセールスになる際にも、30歳のキャリアチェンジに対して、ポテンシャルを信じて採用してもらう必要がありました。
これまでの経験や学びを活かせると想像してもらうために、これまでの選択の言語化や、なぜ今この仕事をこの会社で選ぶのか、ウソでない等身大の回答仕事に向き合う誠実さなどが不可欠でした。
結果的には今の会社の役員たちの「ポテンシャルを信じる力」にとても救われたと思っています。どれだけポテンシャルを想像してもらえたとしても、最後にその可能性を"信じて"もらえなければ私のキャリアは実現しなかったので。本当に感謝しています。

常に初めてのことに飛び込んできたので、自分の経歴を次のキャリアへどう繋げるかについては、新しい分野の経験回数が増えるほど苦しくなっていくだろうと思っていました。
2つより5つの、全く異なる分野の繋がりを証明することのほうが難しいからです。

事実、3回目の就職だった今回は本当に大変でした。

文系学部(ほとんどウィンドサーフィンしかしていない体育会系)
→システムエンジニア
→客室乗務員
→セールス
という選択をなぜするのか。
それを単なる興味や飽きた、やってみたかった、だけでなくどんな軸があり選択してきたのか分かりやすく説明し納得してもらうことは難しかったです。
さらに、それらの経験をこれから活かせると想像してもらわなければならないのに苦労しました。
(しかもたった1時間の面接時間で。)

私は運良く知り合い経由のエージェントで今の会社に巡り会えましたが、
ほとんどのエージェントには適当にあしらわれ、真面目に私のキャリアや選択について向き合ってもらえませんでした。

『そのキャリアチェンジは難しい』と言われたり←言われなくても分かってる
営業アシスタント事務など全く見当違いな求人を提示されたり
見切れないほどの求人をやみくもに送りつけられたり
定型文で残念ながらあなたに紹介出来る求人はありません、と面談すらしてもらえなかったエージェントもありました。

こんな惨めな思いをするくらいなら自力で企業を探したほうがマシだと思いました。なんのためのエージェントなのかと。

次に転職活動をする時には、キャリアアドバイザーが【マルチポテンシャライト】という言葉を知っているかどうかをまず最初に聞こうと決めました。

でももう、繋がりの無い経歴をどう次のキャリアに繋げるかということに苦しまなくていいかもしれません。
そもそも1から飛び込む分野で、ある程度のレベルに達することが出来ることは能力の1つだと自信を持って言えるからです。

それから、もうこれから先は、転職エージェントに頼らない転職をしたいと思っています。

ーマルチポテンシャライトの苦しみ②ー

彼の語るもうひとつのことに、私はより苦しみました。

それは、夢中になっていた何かを手放してしまう自分に欠陥があるのではという自責
この感覚にはこれまでずっとずっと苦しんで来ました。

これもまた誰でもない誰かに『1つのことに絞りやり遂げるべきだ』と刷り込まれてきたからです。

でも、やり遂げたと一体誰が証明出来るのか。
ある地点まで行けばまたその先が見えるし、人生はその繰り返しで、ここまでたどり着けばゴールだという場所はどこにもないと私は感じています。

1つのことを継続し続け、極めていくことはとても難しく素晴らしい能力です!私には出来ません。
が、それと同じくらい、
何度も新しいことに飛び込み、そこを去るときに学びや経験を次に繋げられる状態を何度も作ることは、とても難しく素晴らしい能力だと思っています。

なので、手放してしまうことが欠陥であるという考えからは、少しずつ解放されているような気がしています。

ー人とは違う自分の特性を、きっと強みだと信じるー

そして、マルチポテンシャライトは様々な経験を組み合わせ、自分にしか無い視点を持てることも能力のひとつです。
それは、接点が少ない分野を掛け合わせるほど、自分の強みになっていることは自分でも実感があります。

ここまでの言語化出来ていませんでしたが、私自身この自分の特性を、『今の社会にはまだ評価されないかもしれないが、きっと私の強みだ』と言い聞かせてきました。

カッコよく言えば、時代が必ず追い付いてくる!とまでは言いませんが、、、笑
時代が必ず変わり、自分の強みとして活かせる世の中になると。

なぜそう思えたかというと、私の選択や経歴は、周りの多くの人の選択と経歴と違ったからです。

いつからか、多くの人と違う選択を出来ることがきっと自分の強みだと言い聞かせてきました。

システムエンジニアになった際、国体まで出場しているような超体育会系は同期の180人エンジニアの中にほとんど居ませんでした。
客室乗務員になった際にも、前職がシステムエンジニアだったという人には、数千人の内1人しか出会いませんでした。
30代で大企業→大企業からのベンチャーに飛び込み、さらにキャリアチェンジなんて、多くのエージェントに驚かれ、やっぱり数少ないのだと改めて気付きました。

人と違う選択が出来ることが強みだと確信出来るように、そして、本当にその選択を後悔しないように、常に選択した分野で全力を尽くし、自分の身になるよう学び尽くすことだけはやり尽くしてきました。

この特性が自分の強みだと、本当にそう信じられるようになっていたころ、この【マルチポテンシャライト】という言葉に出会いました。

ふと出会ったある人とキャリアについて語っていた時に、いつものように『私のキャリアはだいぶとっちらかっているので。笑』と自虐的に話したところ

あなたはきっと【Multipotentialite-マルチポテンシャライト】だね。

と言われ、この動画を見て霧が晴れたようでした。

感じていたことをこんなに言語化されて感動したのはスティーブ・ジョブズの「コネクティング・ドット」演説以来で、この二つの演説は私のなかで強く結び付きました。

ー 多くのことに情熱を捧げていいし、そのすべては繋がっている ー

そんな風に思って大丈夫だと感じました。

改めて自分の人生に誇りというかなんというか、自信?敬意?みたいなものを感じることが出来ました。
過去の自分に「やっぱりこれで良かったよね」と言えるような、そんな感覚です。

多くのことに関心と情熱を捧げること
・初めてのことに飛び込み、ある程度のレベルまで辿り着けること
・繋がりの無い分野の経験を次の選択に活かすこと
・今いる環境でいつでもベストを尽くすこと
・未知の環境や人への適応力

これらの特性を、まだ言語化出来ていない頃から、ぼんやりと『きっと自分の強みだ』と信じて、進みたい道に進んできましたが、【マルチポテンシャライト】という言葉を借りて、単なる強みでなく1つの特別な能力なんだとようやく言語化することが出来ました。

すでに言語化された既存の"定義"や"概念"に捕らわれず自分の感覚を信じてこれたことも、私の強みだと改めて自信を持てました。

ーこれからは、より"創造的な生き方、働き方"へー

この先も、まだ今の自分には想像出来ない仕事が世の中に生まれ、社会は変化し続けると思うし、得意な仕事が市場で縮小したり変化したり、新しいことに飛び込まなければならない大人がどんどん増えていく世の中になると思います。
私達は常に変化することを避けられないし、変化出来なければ苦しい時代になっていくと感じています。

そして、私の関心と情熱を捧ぐものもまた変化したり増えてゆくことは間違いありません。

スペシャリストになれることは本当に素晴らしい能力で、続けること、極めること、1つに絞ること、どれを取っても私には難しい。

なので私の親友の一人のように、オリンピックを目指すレベルにまで上り続けて行くようなその道を極める人には、本当に尊敬の気持ちが絶えません。やっぱりスペシャリストはすごいなと思います。

ただ、私はマルチポテンシャライトという自分の特性を活かし、社会に自分の価値を見いだしたいと思っています。

これからはもっとこれまでの様々な分野を掛け合わせ、自分にしかない視点で新しい価値を生み出し、たとえ無謀だとか普通じゃないとか難しいと言われても、バカにされても笑われても相手にされなくても、やりたいことを遠慮なくやっていきたいです。

創造的な生き方、働き方へ
もっとシフトしていきたい。

私は評論家が好きではありません。
私は自分の人生を通して、常に模索し続けながら、今表現したいことを私自身の全てで体現し続けたいと思います。

スペシャリストへのコンプレックスや、手放すことへの自責など、同じような感覚で苦しんできた人がいれば、ぜひ応援し合いたいです。
それぞれが、自分らしい選択を自由に出来るように。

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2019年から週休3日で「余白」をつくり、感心事を探求中。本業はITベンチャー企業の広報PR。社外では複数のコミュニティでPJT活動などに関わってます。ウィンドサーフィンと飛行機とイルカ好き。イラストも描いてます。2020年東京から三島へ。ギリギリ昭和生まれ。