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夜の、車の、音

国道近くに住んでいると、夜、ほかは一切きこえない中で、ブーンとかゴーとかキキキーとかいう車の音が遠くにきこえる。


幼かったころ、鎌倉に住んでいて、夏休みは東京の祖父母のところに行くことになっていた。横須賀線に乗って保土ヶ谷あたりにさしかかると、木々の中に家がぽつんぽつんとある鎌倉周辺とはちがった、いかにもベッドタウンといった区画整理された宅地が広がりはじめる。

「あ!もうすぐだ!」

東京到着が待ちきれず、立ち上がった。

40年前の鎌倉は、とても静かなところだった。
住んでいたところが駅や繁華街から離れた山のような、小高い丘のようなところだったこともあり、春夏は、あたり一帯が目に鮮やかな緑に囲まれ、むせかえるような草いきれ(草木の匂い)が立ち込めた。秋冬は、枯れ木や枯れ草で焚き火をしていると、学校帰りの子どもたちがやってきては、「焼き芋はあるの?」と焚き火の主催者に尋ねるような自然豊かなところだった。季節の鳥や虫の音、近所の家々の生活音や犬の鳴き声以外、音らしい音をきいた記憶がない。

祖父母が暮らす東京のマンションに到着すると、近所に住むいとこや伯父伯母がやってきて、近況報告やら宴会やらが始まる。夜9時近くになると、子どもたちは祖母が用意してくれた布団にもぐり込むのだが、再会の興奮が冷めやらず、まくら投げやなんだかんだのの一騒動がはじまる。そのうち強制消灯となり、布団に押し込められた。

祖母がかけてくれた肌掛けから目だけを出して暗くなった部屋を見つめていると、赤や緑の蛍光色の光が窓から差し込んでいた。そのうち、ブーンとかゴーという音も遠くにきこえた。

祖父母が住んでいたマンションが、できたばかりの幹線道路に面していたこともあり、新しく立ち始めたビルのネオンが夜遅くまで煌々とし、車の往来もなくなることはなかった。

鎌倉の家で寝るときとは全然ちがう・・・
東京にはいろんな色や音がある・・・

でもそれは決して怖いとか不快といったものではなく、一年に一度、東京に“帰って来た”ことの証しであるような気がして、なつかしい気持ちとともに深い眠りに誘う音だった。


静まり返った深夜、もう一度、耳を澄ましてみる。
雪が降った夜にはチャッチャッチャというチェーンの音が加わり、雨が降る日はタイヤにはじかれる水しぶきの音もまじる。眠りに落ちるか落ちないかのギリギリのところできこえてくるその音は、傷口にそっとあてたガーゼのハンカチのように優しい。そのまま寝入ってしまうのは少しもったいないような気がして、音の余韻を胸に落とし込もうと大きく深呼吸した。


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