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ぼくの家族になってください

ぼくは家族のいないものたちが集められた施設で暮らしている。

ここに来る前は母さんや兄弟たちと暮らしていたのだけれど、母さんが次の子たちを産むときにはもう一緒には住めないといって、ぼくを含めた兄弟たちは追い出された。

追い出された当初は兄さんや弟たちと一緒だったんだけれど、街をさまよっているうちに、ひとりはぐれ、ふたりはぐれして、気がつくとぼくはひとりになっていた。なかなか自分で食べものを見つけることができなくて、何も食べられない日が続いた。やっと食べられそうなものを見つけたと思ったら、カラスに追いかけられ、ときには街のゴロツキたちにケンカを売られることもあった。

ある雨の日、寒くてお腹がペコペコで動けなくなって、古いビルの裏階段でうずくまっていると、これを食べなさいといって人が近づいてきた。それが今の施設の院長先生だった。

院長先生はまずぼくを病院に連れて行って、ゴロツキたちから受けた傷の手当をしてくれた。そしておいしいものをお腹いっぱい食べさせてくれた。久しぶりに暖かいところでゆっくりと眠ることができたんだ。

母さん、兄さん、弟たちはどうしているだろう。

その病院でなんとか元気を取り戻したころ、ぼくは何かの手術を受けさせられ、カラダにとても小さなものを埋め込まれた。そして、この施設に連れてこられた。

そこにはぼくのようにひとりぼっちのものがたくさんいた。ひとりぼっちになってしまった理由は、みんなそれぞれでいろいろだった。家を飛び出して帰れなくなってしまった、生まれたばかりで家族に捨てられた、家族が病気になったり死んだりしてとり残された、狭い不潔な部屋の中でろくな食べ物なく、たくさんの兄弟姉妹たちと一緒に閉じ込められていたなど、気の毒だけど、きいているぼくの方がどんよりとしてしまった。

施設では年に何回か、ぼくたちと家族になりたいという人たちとのお見合いが催された。これまでの生い立ちからもう家族なんていらないと思っているヤツもいれば、ぼくたちに会うために、知らない人たちが入れ替わり立ち替わり施設に入ってくるのを怖がって、部屋の隅っこに引っ込んでしまうものもいた。

そんななか、ひとり「おじさん」と呼ばれるものだけは違った。身だしなみをきちんと整え、蝶ネクタイをしめて、笑顔で見学者のところに寄っていって、「ぼくの家族になってください」「ぼくは大人ですので、すでにお宅にいらっしゃるご兄弟姉妹たちともうまくやっていけますよ」とアピールしていた。

ぼくはおじさんに興味を持った。それまでおじさんとは話したことがなかったので、周りヤツらにおじさんのことをきいてみた。みんな詳しいことは知らなかったけれど、「あのお見合いでは、若いヤツらが早くに引き取られていくんだ。でも、おじさんはその名のとおり、年をくっていて見向きもされないから、変なネクタイなんかして、気をひこうとしているんだ」と口をそろえていった。

おじさんは不利な状況にあっても、自分の力で未来を切り開こうとしている!

ますます興味をもったぼくは、おじさんに近づいていった。最初はなんだコイツ?って顔で無視されたけど、そんなことは気にしなかった。毎日毎日近づいていったら、そのうちお見合いで見せていたあの笑顔でぼくを受け入れてくれるようになった。そして、ぼくを「チビすけ」と呼ぶようになった。

おじさんは、この施設に来る前のことは小さかったのであまりよく覚えていないといった。一度、お見合いが成立してある家族と一緒に暮らしたけれど、その家族の事情でこの施設に戻らざるをえなかった。

ときおり、少しだけ暮らした家族のことを思い出して、なつかしそうに話すことがある。「おかあさんはソファで寝ているぼくをどかして、自分がそこに座るんだ」とか「おとうさんと一緒にテレビでおすもう、やきゅう、じだいげきを観たんだ」とか、ぼくには分からないことだらけだったけれども、何かとても楽しそう。

「おねえちゃんと遊ぶんだ。院長先生、おねえちゃんのところに帰るから車を出して」と年甲斐もなく駄々をこねることもあった。そんなとき院長先生は困ってとても悲しそうな顔をした。

おじさんは、前の家族のことが好きだったし、家族との暮らしがあっていたんだな。だから、みんなに陰口たたかれても、家族として迎えられることに必死なんだ。

そんなおじさんを見ていたら、ぼくも家族と一緒に暮らしたいと思うようになっていた。そのことを告げると、おじさんは家族と暮らすための特訓を開始してくれた。

「いいか、チビすけ。あのお見合いを成功させるためには、フレンドリーが大切なんだ。笑顔で大きな声ではっきりと、ぼくの家族になってくださいっていうんだ。お見合いにきてくれた人を怖がったり、敵意を見せたりしてはいけないよ」

そのほか、家族と暮らしてからの食事のマナーやトイレの作法、家族との遊び方、交流の仕方についても教えてくれた。とてもきびしかったけれど、ぼくはなんとかついていった。

そして次のお見合いでデビューすることが決まった。ドキドキするけど、楽しみだな。

施設にはまたたくさんの人がやってきた。ぼくのところにも人がやってきたので、おじさんが教えてくれたように、大きな声でいったんだ。

「ぼくの家族になってください」

たしかにみんながいうとおり、若い新入りのヤツらのところに、たくさんの人が集まっている。おじさんはいつものように身だしなみを整えて蝶ネクタイをして堂々とした態度で待っているけれど、あまり人が集まっていないみたいだ。おじさん大丈夫かな?

お見合いが終わると、ぐったりしてしまった。こんなにもたくさんの人に会ったのは初めてだ。ベッドで休んでいると、院長先生がやってきて、ぼくと一緒に暮したいといってくれた家族がいて、そこに引き取られることが決まったと教えてくれた。

やったー! これでぼくにも家族ができる!

さっそくおじさんのところへ行って、報告した。

「よかったな、チビすけ。おめでとう!」
「おじさんは、どうだった?」
「いや、それが今回も・・・」
「え・・・」

おじさんは、よくがんばったと何度もぼくの頭をなでてくれた。お前がいなくなるのはちょっと寂しいけれど、なによりもうれしいよといってくれた。

新しい家族に引き取られる日までにやらなければならないことがたくさんあった。あの病院で健康状態をチェックして、病気にならないための注射を打って、爪を切って身だしなみを整えた。

そして院長先生から、家族の家に迎えられたらもう外に出てはだめよ、恋をして子孫を残すことはできないのよと言われた。この施設に来る前に病院で受けた手術は、ぼくのようにひとりで街をさまようものを不用意に増やさないための処置で、カラダに埋め込まれた小さなものは、うっかり外に出てまた街をさまようことになったとき、家族がぼくを見つけてくれるためのキカイだと教えてくれた。

施設を出る日の朝、おじさんがお祝いにといってくれた蝶ネクタイをつけた。おじさんにこの姿を見てもらいたかったな。

院長先生に連れられて車に乗り込んだ。発車までの時間、新しい家族のことを思ってちょっと不安になった。うまくやっていけるかな。

車の扉が閉ろうとしたその瞬間、ぼくは心臓が止まりそうになった。目の前におじさんが現れたんだ。院長先生が別のカゴに入ったおじさんをぼくのカゴの隣に押し込んだ。

「チビすけ。その蝶ネクタイよく似合っているよ」
「おじさん、どうして、ここに?」
「うーん、よくわからないけど、どうも、お前と一緒に、家族に迎えられることになったみたいなんだ」
「わー、ほんと?ほんとなの?」

おじさんは新しい蝶ネクタイをしめて、晴れやかな顔でいつも以上に堂々としていた。

ぼく、おじさんと一緒なら、どこでもやっていけるよ!


「院長先生、今回の保護猫譲渡会、思った以上の猫たちが里親さんになってくださるご家族とのご縁に恵まれてよかったですね」

「本当にそうね。とてもありがたいことだわ」

「それにしても、なかなか里親さんが決まらなかった出戻りの大人猫ちゃん、今回よく決まりましたね」

「あの新入りのチビ猫ちゃんを迎えたいといってくださったご家族が、猫を飼うのが初めてで、少し不安がっていたの。チビ猫ちゃんは大人猫ちゃんにとてもなついていたし、大人猫ちゃんは人間ともうまくやれるから、二匹一緒なら、迎えてくださるご家族の負担も少ないのではと思って、一緒に迎えていただくことを勧めたの」

「二匹一緒なら、さびしくないですものね。幸せになってほしいですね」


* * *

2月22日は、にゃんにゃんにゃんの「ねこの日」。家で暮らすねこさん、外で暮らすねこさん、保護施設などで暮らすねこさんたちの幸せを祈って。そして、動物との暮らしを大切にされている方にとって、ハッピーな週末でありますように。


※本noteは、2019年に実施されたあるコンテストに応募した作品を、コンテスト結果発表後に加筆編集したものである。



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