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【SS】大人になりたい
*
「はぁ~~~づがれだぁぁぁ」
「疲れたのはこっち!ほら寝そべってないで立ちなさいよ」
「元はと言えば、あ・な・たのせいでこんな目に遭ってるんだからね?分かってる?」
怒り気味にそう伝えたのに、本人は全く気にする様子を見せない。
プールサイドに横たわったまま、足だけプールの水につけてじっと空を見上げている。
「…無視するサイテー男は、夏のあっつい日差しに焼かれてそのまま蒸発しちゃえばいいんだっ。そうだ、うん、それがいい」
「ふっ、いや俺液体じゃないっす」
「氷だって溶けるんだから、人間だって照らされ続けたらいつか蒸発するかもしんないじゃん」
「しょーもねー」
ゆるく笑って、そのまま目を閉じる。
は?まさかとは思うけど…この人寝た?
「ねー!彼方(カナタ)も掃除やってってば!本当に私怒るよっ…」
しゃがんで顔を覗き込もうとすると、いきなりぐいっと腕を掴まれてバランスを崩す。彼方に抱きとめられて、ただでさえ汗だくなのに、さらに汗がじわっと滲んだ気がした。
「うわっ…!危なっ…」
「ナイスキャッチ」
「わ、私はボールじゃない!」
「…と言いつつ、ちょっとはドキッとしただろ?」
あー…ムカつくから、もう黙ろう。
そんな私の固い意志が伝わったのか、彼方は眉を下げてこっちを見た。
「からかって悪かったって」
「なんなの、もう…」
「ここ、横になってみ」
いつものふざけたトーンじゃないから、一先ずその言葉に従って、隣に座り込む。
プールサイドに寝転ぶと、夏の大きな青空が視界に飛び込んできた。
「空、いいだろ?なんか小さいこと全部どうでもよくなるっていうかさ」
「分かるけど…なんで空?」
「お前落ち込んでたから」
「え?あ、お、落ち込んでました…?」
「落ち込んでましたー。何年一緒にいると思ってんだよ、分かるよそれくらい」
「…そっか、」
落ち込んでたから空、って…
この人意外と昔から、そういうロマンチックなとこあるよね。
…うん、でも確かに、割とどうでもよくなるのかも。
このまま焦げて蒸発してもいいや~って思えてくる。
「…私、佐久間先生が好きだった」
「…んー」
「奥さんと4年付き合ってたんだって…4年だよ?ひどくない?先生はホワイトデーにお返しくれた時も、もうすでに彼女いたってことでしょ?舞い上がってた私バカみたいでさ」
先生にとってみたら、私はただの可愛い生徒。恋愛対象ではなかった。
ただそれだけのことだけど…
私だけのものにしたいなんて、思ってなかった。
ただ、みんなの先生でいてほしかった。
「彼方」
「ん?」
「私、早く大人になりたい」
「…なれるよ、誰だっていつかは」
「いつかじゃなくて、すぐなりたいの」
この言い方がもうすでに子供っぽい。自分で言ってて少し笑ってしまった。
私が大人になれる日は、正直まだまだ遠い先の話なんだろうな。
「きっと大人になったらなったでお前、『私、あの頃に戻りた~い』とか言いそう」
「はぁ?言わないし」
「分かってないなぁ…俺は今が一番最高に楽しいけどね」
「へぇ…そんな風に思ってたの?」
「だってこういう馬鹿なことできんのも、今だけだろ?」
彼方は起き上がったかと思うと、そのまま一直線に走り出し、
プールに制服のまま飛び込んだ。
水しぶきがあがって、「ぷはーっ」と気持ちよさそうに顔を出したのが見える。
「え、は!?何してんの!?」
「楽しいことしてんの!」
ケタケタ笑いながら濡れた髪をかき上げている彼方を見て、呆れを通り越して可笑しさがこみあげてきた。
何よりも、空より彼方を見てる方がよっぽど元気になるってことに気付いて、その事実がなんだか不思議で新鮮だった。
「彼方!」
「なにー?」
「ありがと!」
「礼言うくらいならお前も来いって~」
先生を好きになってからずっと、大人になりたいと思い続けていたけど
「大切な幼なじみを一人でプールに浸からせる気ですか~?」
あともう少し…
いや、しばらくは…いいのかな、このままで。
fin.
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