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処女、官能小説家になる【第四話】

【第三話までのストーリー】
 月野が性病にかかり余命僅かと知り、咲子は動揺を隠せない。

 そんな中、編集長の佐藤雪と月野マリアは、突如咲子の前で喧嘩を始める。佐藤雪と月野マリアが喧嘩中に、佐藤の夫でもあり、月野の父と名乗る男性が突然現れる。

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真実

「月野さん、大丈夫ですか?」

 咲子は、月野に声をかける。親は、子供の事を第一に考えるものだというのに。月野マリアは、生まれた時から、両親の哀しき玩具だったのだろうか。

 咲子が声をかけると、ジロッと月野に睨まれ、恐怖のあまり後ずさりした。

 ふと扉に目をやると、警察官たちの姿がわらわらと見える。警察はどうやら、あの男が呼んだのだろうか。

 警察は、部屋一面に散らかった原稿用紙を遠慮することもなく、ガシガシと音を立てて踏みつけていく。

「あっ、ちょっ……。待ちなさいよぉぉ!それは、今度の連載小説に必要なストーリーのネームなんだよ!

月野に作品を書かせる為に、どんだけ薬飲ませたと思ってるんだよぉぉぉ!

コイツは、頭がトランスしてないと作品書けないんだっつぅのぉぉぉ!ふざけんなぁぁ!」

 佐藤が、血相を変えて警官たちに怒鳴りつける。さっきまでの冷静なキャラクターは、恐らく作られたものであり、これが本当の佐藤なのだろう。

「佐藤雪さん。娘への児童虐待、コカイン使用斡旋容疑で逮捕です」

 佐藤が「やめろぉぉぉ!」とけたたましく叫び続ける中、黙々と警察官達は取り押さえ、手錠をかける。

「佐藤登さん、由芽子さん。貴方たちもです」

 咲子は、突然現れた男の名前が「佐藤登」であることを、このタイミングで知った。

 佐藤登は、「お願いします」と呟き、自ら手を差し出す。目には今にも涙が溢れそうだ。

 月野は、目に涙を浮かべて「ちょっと待ってよ。なんで私は何も悪くないのに……」と、弱弱しく呟き始める。

「私は、佐藤さんに『精神安定剤だよ』って与えられた薬飲まされてて。後でそれが、麻薬だって知った。

佐藤さんの事は恨んでるし。憎い筈なのに。何故か、どうしても離れられなかった。

貴方が必要よと言われたら、もしかしたらと思って、その言葉を信じてしまう。

本当は、佐藤さんのことをお母さんって、呼びたかったけど。

佐藤さんから『お前は、お母さんの子じゃない』と、認めて貰えなくて。お母さんのことを、佐藤さんって呼ばないといけなかった。辛かった」

 月野は、母に存在を認めてもらえなかったのか。月野のことを思い、咲子は涙を滲ませる。月野は大粒の涙を溢しながら、話を続ける。

「周りの子達から、『何で、親の事を佐藤さんって読んでるの?何で、由芽子ちゃんのお母さんは由芽子ちゃんを月野って、呼び捨てにするの?』と、不思議がられてた。

月野は、佐藤さんの旧姓だって後から聞いた。

佐藤さんは、整形して今の美貌を手に入れたの。佐藤さんは、顔が醜い自分の顔が大嫌いだったのよ。

だから整形前の自分に似た私を見て、娘として認められなかった」

 月野が泣きながら話をすると、佐藤は「うるさい!黙れ!小娘が!」と、罵倒し始めた。

 佐藤が「やめろぉぉ!それ以上言うなぁぁ!殺すぞぉぉぉ!」と叫ぶ声を無視して、月野マリアは淡々と語り始めたのだった。

懇願

「月野マリアさん……。いや、佐藤由芽子さん。貴方にも、是非署まで来てもらいます」

 警察が月野にパチンと手錠をかけると、月野は「私は悪くない!悪くない!」と泣き叫んだ。

 細くて折れそうな腕からは、数本もの躊躇い傷があるのを、咲子は確認する。

 警察は「ここで、機関銃みたいにベラベラとお母さん(佐藤雪)の身の上話を聞かされてもね、正直困るんですよ。後で、署の方でお話を聞かせて下さい」

 警察官の一人が、淡々と答えると「おっ、お願いです。私、どんな極刑も受けますから。一つだけ、お願いを聞いて下さいよぉ」と、月野が警察官に向かって懇願をし始める。

 警察は「お願いとは。簡潔にまとめてもらえるかい?」と、月野に返事をした。月野は目に涙を滲ませながら、「ありがとうございます。警察の皆さんに、私から伝えたいことがあります」と答える。

 警察は、月野に「早く伝えなさい」と、話すことを促した。月野はうるうるした瞳で、ぽつりぽつりと話し始める。

「警察の皆さん。私達一家を逮捕するのは構いません。一つだけ、お願いを聞いてくれませんか。

月野マリアが逮捕されたという事実を、世間に隠して頂きたいのです。こんな事が、許されるとは思っていません。

実は私自身、余命幾ばくもありません。私のファンは、全国に沢山います。その方達を悲しませたくないのです。どうか、逮捕の代わりに、その事を隠蔽して頂けませんか?

それから、片桐さん。咲子さん。迷惑をかけて申し訳ないのですが、どうか月野マリアの変わりに、作品を書き続けていただけないでしょうか」

 さっきまで虚ろな月野の目は、とても真っ直ぐだ。彼女は本気なのだろうと、咲子は悟った。

「小説のネタは、この部屋に散乱した原稿で、20年分のストーリーが作れると思います。

咲子さんなら、文章化出来るといった母(佐藤さん)の言葉を信じます。どうか、差し支えなければお願いしても宜しいでしょうか?」

 咲子は、その熱い月野の気持ちに答えたいと、心の底から思った。

「わかったわ」

 咲子がそう伝えると、月野は表情を緩ませた。嬉しかったのだろう。月野は、涙を浮かべながら話を続けた。

「あなたに唾を吐いて、喧嘩を煽ったのは。本当に私の作品達を任せていいのか、試したかったからです。

私の作品は、並大抵の神経の人間では描けません。でもあなたなら、きっと大丈夫です」

 月野は、クスリ漬けになり、神経を擦り減らしてまでもなお、命懸けで書き続けた大切な作品を、咲子に任せようとしている。

「月野マリアさん。貴方の気持ち、しっかり受け止めました。

私に、あなたが作り上げたストーリーを書かせて下さい。正直、小説をどうやって書いたらいいかさえもわからないけど。

でも、私はあなたの作品を完成させたい。月野さんが出所した頃には、作品を読んで欲しいです。だから、約束してください。作品を書き上げるまで、絶対に生きて下さい。

月野さん、死んじゃダメです」

 咲子は、ありったけの思いを込めて、月野マリアに向かって叫んだ。

 ——月野さんは、これまでずっと、親のいいなりで自由も恋も奪われて育って来たんですから、生きてください。

 親に騙されて飲まされ続けたクスリによって逮捕され、親の金の為に働いた仕事で性病貰って死ぬなんて……。

 そんなの、悲しすぎます。貴方には、まだまだ、幸せになる権利だって沢山あるんです。どうか、お願い。生きて。生きて、帰って来て下さい。

 気づけば、咲子の目にも涙が溢れていた。隣にいた片桐は、無言でそっと咲子の涙を指でなぞるように拭く。

 片桐は、気のない女にも、当たり前のように優しくしてしまう。憎いけど、悔しいけど、咲子はそんな片桐のことが好きで仕方ない。

「月野、絶対生きて帰って来いよ」

 片桐が、月野に言って、優しく微笑む。

「咲子さん。片桐さん。ありがとう」

 そう言って、月野は優しく微笑んだ。そして、月野ら3人は、警察官達に連行された。

 佐藤は、連行されながらもなお、「貴様らぁぁぁ!私を捕まえたら、どうなるかわかってんだろぉぉなぁぁ!」と、奇声を発した。もしかすると、佐藤自身もクスリ漬けだったのかもしれない。

 佐藤たちが連行されると、警察は咲子と片桐に対し「すみません。貴方達も目撃者と言うことで、事情聴取させて貰えないでしょうか?」と、声をかけた。

 警官の一人がそう発言した途端、片桐は突然咲子をぎゅっと抱きしめた。あまりの出来事に、咲子は顔を赤らめて動揺する。

 咲子がオロオロしていると、片桐は耳元でボソッと「いいから、いいから……」と囁いた。

【続く】

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