宿泊施設向けCX(顧客体験)書籍原稿(草稿)
2024年中にkindle出版する予定のCXに関する書籍の草稿です。
もしよければ以下のフォームからご意見いただけるとうれしいです。
# プロローグ:選ばれる宿泊施設への挑戦
「お客様の評価が伸び悩んでいる」
「リピーター率を上げたいが、具体的な施策が見えない」
「口コミ評価で競合に後れを取っている」
このような課題を抱える宿泊施設は少なくありません。実際、私がコンサルタントとして全国の宿泊施設とのお話ししている中で、多くの経営者や実務担当者から同様の悩みを耳にしてきました。
## 宿泊業界の現状と課題
2024年、宿泊業界は大きな転換点を迎えています。
インバウンド需要の本格的な回復、デジタル予約の主流化、SNSによる情報拡散など、お客様の行動様式は劇的に変化しました。さらに、OTA(Online Travel Agency)の台頭により、お客様はより多くの選択肢を持つようになり、宿泊施設間の競争は一層激化しています。
このような環境下で、単に「良い施設」「良いサービス」を提供するだけでは、お客様に選ばれ続ける宿泊施設になることは困難です。なぜなら、お客様が求めているのは「施設」や「サービス」という個別の要素ではなく、予約から滞在、そして帰られた後までを含めた「体験価値」だからです。
## 「日本流おもてなし」の再定義
従来、日本の宿泊施設の強みとされてきた「おもてなし」。しかし、この言葉が一人歩きし、ともすれば「お客様の声を聞かないサービスの押し付け」になってしまっているケースも見受けられます。
本当の「おもてなし」とは、お客様一人ひとりの声に耳を傾け、その期待に応え、時には期待を超える感動を提供することです。そして、それを実現するためには、体系的なアプローチと、科学的な顧客理解が不可欠です。
## CX改善がもたらす可能性
私は、沖縄県宮古島のリゾートホテルで実務責任者として、口コミ評価を3点台から4.5点以上に改善した経験があります。この実績は、年間10万人以上のお客様をお迎えする大型リゾートホテルにおいて、デジタルとホスピタリティを組み合わせた改善活動の結果でした。
その過程で確信したのは、お客様の声を起点とした改善活動(CX改善)の重要性です。特に、リゾートホテルという非日常の空間では、お客様の期待値も高く、その期待に応えるためには、より緻密な顧客理解と、組織的な改善活動が求められます。
CX(Customer Experience:顧客体験)の改善は、以下のような具体的な成果をもたらします:
- リピーター率の向上
- 口コミ評価の改善
- 従業員のモチベーション向上
- 収益性の改善
- 持続可能な競争優位の確立
## 本書の活用方法
本書は、宿泊施設におけるCX改善の実践的なガイドブックです。
第1部では、CX改善の理論と実践方法を、具体的な事例を交えながら解説します。特に、NPSを活用した顧客理解と、デジタルツールの効果的な活用方法に重点を置いています。
第2部では、実際の改革事例を詳細に分析し、皆様の施設で実践可能な改善のヒントを提供します。
本書の特徴は、理論と実践の両面から、即座に実行可能な改善手法を提示している点です。各章末の「実践ポイント」は、すぐに行動に移せる具体的なアクションプランとなっています。
選ばれ続ける宿泊施設になるための第一歩。それは、お客様の声に真摯に耳を傾けることから始まります。本書が、皆様の具体的な行動のきっかけとなれば幸いです。
# 第1章 新時代のCXを理解する
「接客の基本は完璧なのに、なぜかお客様の評価が今一つ伸びない...」
この悩みは、現代の多くの宿泊施設が直面している課題ではないでしょうか。日本の宿泊業の労働生産性は、就業者1人当たり年間231.8万円と、サービス産業(786.4万円)の中でも最も低い水準にとどまっています。OTA(Online Travel Agency)での評価が4.5以上の高評価施設と3.5以下の施設では、稼働率に大きな差が生じているという現実もあります。
この数字が示すように、単にサービスを提供するだけでは、施設の持続的な成長は望めない時代となっているのです。
## マナー・サービス・ホスピタリティの新しい形
顧客満足度を考える上で、まず理解しておきたいのが「ホスピタリティのピラミッド」という考え方です。これは、お客様満足を構成する3つの要素を階層構造で捉えるものです。
その土台となるのが「マナー」です。お客様に不快感を与えないための基本動作であり、全てのサービスの出発点となります。
次の層が「サービス」。これは、お客様が支払った対価に対して、確実に提供されるべき価値です。
そして最上層に位置するのが「ホスピタリティ」。お客様一人ひとりの状況に応じた、期待を超える価値の提供を指します。
高い顧客満足度を維持している施設の特徴として、この3層をバランスよく実現できていることが挙げられています。
特に注目すべきは、デジタル技術を活用して基礎的な業務を効率化し、より多くの時間を直接的な顧客対応に振り向けている点です。
## デジタル時代が変えた顧客期待
最新の研究によれば、宿泊施設の評価において、お客様は大きく以下の要素を重視していることが明らかになっています:
- サービス品質の一貫性
- 従業員の対応力
- 施設・設備の充実度
- 食事の質
- 立地の利便性
特に注目すべきは「サービス品質の一貫性」です。同一施設であっても、訪問時期や対応するスタッフによってサービスの質にばらつきがある場合、お客様の評価は大きく低下する傾向にあります。この傾向は、特にレジャー目的の利用客において顕著だということがわかっています。
## 機能的期待と心理的期待の把握
現代のお客様の期待は、大きく二つに分類することができます。
一つは「機能的期待」。客室の清潔さ、設備の充実度、スタッフの対応の正確さなど、目に見える形で評価できる要素です。もう一つは「心理的期待」。くつろぎ、安らぎ、非日常感など、数値化が難しい感情的な価値です。
実際の調査では、高評価を得ている施設ほど、この二つの期待に対してバランスの取れた対応ができているという結果が出ています。特に、心理的期待への対応において優れた施設は、リピーター率も高い傾向にあります。
## 期待値のマネジメントに向けて
これらの変化に対応するため、先進的な施設では、以下のような取り組みを始めています:
1. 統合的品質管理(TQM)の導入による、サービス品質の標準化
2. デジタルツールを活用した業務効率化と顧客データの活用
3. スタッフの多能工化による柔軟な人員配置
4. 休館日の戦略的な設定による、サービス品質の維持・向上
特に、TQMの実践は、サービス品質の安定性向上に寄与することが明らかになっています。「食事」や「設備・アメニティ」といった機能において、その効果は顕著に表れています。
宿泊施設におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)は、もはや選択肢ではなく必須の課題となっています。しかし重要なのは、デジタル化は手段であって目的ではないということです。デジタルツールを活用しながら、いかにして本質的な顧客満足度の向上を実現していくか。それが、現代の宿泊施設に問われている課題なのです。
次章では、このような顧客の声を効果的に収集し、活用していくための具体的な方法について解説していきます。
# 第2章 顧客の声を可視化する
「チェックアウト時には何も言われなかったのに、帰られてから厳しい口コミを投稿されてしまいました...」
この悩みは、現代の宿泊施設が直面する典型的な課題の一つです。実際、観光庁の調査によれば、不満を持ったお客様の約7割は、その場では声に出さないというデータがあります。なぜなら、多くのお客様は「せっかくの旅行の思い出を、その場での苦情でネガティブにしたくない」と考えるからです。
しかし、この状況は決して避けられない宿命ではありません。滞在中に適切なタイミングでお客様の声を集め、迅速に対応することで、むしろ高い評価につなげることができるのです。
## お客様の本音をどう引き出すか
NPSという言葉をご存知でしょうか。「このホテルを友人や同僚に薦めたいと思いますか?」というシンプルな質問を通じて、お客様のロイヤルティを測定する指標です。
この手法の特徴は、単なる満足度評価ではなく、「人に薦めたいと思えるか」という、より本質的な価値を測定できる点にあります。実際に、この質問への回答には、お客様の率直な思いが表れやすいことが知られています。
「お客様の声」を集める方法は様々ありますが、重要なのはそのタイミングです。チェックアウト後では手遅れです。滞在中、それも改善の余地が残されている時点で、お客様の声を集めることが重要なのです。
## デジタルの力を活かす
「でも、お客様に何度もアンケートをお願いするのは...」
こうした懸念をお持ちの方も多いのではないでしょうか。確かに、従来の紙のアンケートでは、配布や回収、データ入力など、お客様にも施設側にも大きな負担がかかっていました。
しかし、デジタルツールを活用することで、この課題は大きく改善できます。例えば、QRコードを活用したWebアンケートなら、お客様はスマートフォンで手軽に回答でき、施設側も即座に結果を確認することができます。
ある宿泊施設では、デジタル化によって月200件のアンケート処理にかかる時間を33.3時間も削減できました。さらに重要なのは、リアルタイムで対応できるようになったことです。低評価の回答があれば即座に通知が入り、チェックアウトまでに対応することが可能になったのです。
## 成功事例から学ぶ
実際に、このようなアプローチで成果を上げている施設があります。
都市型ビジネスホテルの事例では、滞在中のアンケート収集により、NPSを-9から+24へと大きく改善しました。「不満に即座に対応してくれた」という好意的な声も増え、OTAの評価も3.5から4.2へと向上しています。
また、ある温泉旅館では、デジタル化によってアンケートの回収率が1日5件から30件へと劇的に向上しました。回答数が増えたことで、より正確な傾向把握が可能になり、効果的な改善活動につながっているそうです。
## より良い声の集め方
では、具体的にどのようにしてお客様の声を集めればよいのでしょうか。
重要なのは、「聞くタイミング」です。チェックイン後、お部屋でくつろぎ始めた頃が最適です。この時点で何か不満があれば、まだ十分に改善の余地が残されています。
また、「聞き方」も重要です。単にアンケートをお願いするのではなく、「より快適なご滞在のために」というメッセージとともに、ご意見を伺う。お客様も、自分の声が現実の改善につながると分かれば、より建設的なフィードバックをくださるはずです。
さらに、いただいた声への「対応」も重要です。特に不満の声に対しては、できるだけ迅速な対応を心がけましょう。「言ってよかった」という体験は、むしろポジティブな評価につながることも少なくありません。
お客様の声を可視化することは、決して難しいことではありません。重要なのは、まず一歩を踏み出すことです。デジタルツールは、その第一歩を支援する強力な味方となってくれるはずです。
次章では、これらの声をもとに、どのようにしてデジタルツールを活用しCXを進化させていくのか、その具体的な方法について解説していきます。
# 第3章 デジタル活用でCXを進化させる
「デジタル化は必要だと分かっていても、お客様との大切な接点が失われてしまうのでは...」
多くの宿泊施設が抱えるこの不安は、決して的外れなものではありません。デジタル化が進んだ現代でも、宿泊施設の本質は「おもてなし」にあるからです。
しかし、ここで考えたいのは「デジタル化の本当の目的」です。それは、接客の機会を奪うことではなく、むしろ質の高いおもてなしのための時間を生み出すことにあります。
## デジタルでしかできないこと、人にしかできないこと
温泉旅館を例に考えてみましょう。お客様は、チェックインから夕食、そして翌朝のチェックアウトまで、様々な場面でスタッフと接点を持ちます。これらの接点の中には、デジタル化が有効なものと、むしろ人的対応を強化すべきものが存在します。
例えば、夕食後にお部屋でくつろぐ時間。これは多くのお客様にとって、一日の中で最も満足度の高いひとときです。この大切な時間に、アンケート用紙を手渡しにお部屋を訪問するのは、かえってお客様の寛ぎを妨げることになりかねません。
しかし、タブレットで簡単に回答できるアンケートなら、お客様のペースで気軽にご意見をいただくことができます。さらに、何か不満の声があれば、翌朝までに対応を検討する時間的余裕も生まれます。
## システム導入は大きな変更から始めない
「でも、大規模なシステム導入は難しいのでは...」
この懸念に対する答えは、「小さく始めて、徐々に広げていく」というアプローチにあります。
まずは、お客様との接点の中で、最も効果が期待できる場面から始めてみましょう。多くの施設では、アンケート収集のデジタル化がその第一歩となっています。紙のアンケートをデジタル化するだけで、スタッフの作業時間は大幅に削減され、その時間を直接的な顧客対応に回すことができます。
次の段階として、予約管理や顧客データの一元化を検討します。これにより、お客様一人ひとりのニーズや過去の利用履歴を踏まえた、きめ細かな対応が可能になります。
## お客様との接点を見直す
デジタル化を進める際に重要なのは、「お客様との接点」を丁寧に見直すことです。
温泉旅館であれば:
- チェックイン:お客様をお迎えする大切な最初の接点
- お部屋案内:館内の説明や施設利用のご案内
- 夕食処:お料理の説明や地元の食材についての情報提供
- 夕食後:くつろぎの時間でのさりげない声がけ
- 朝食:夜の感想や体調の確認
- チェックアウト:最後の大切な接点
これらの接点の中で、どの場面をデジタル化し、どの場面で人的対応を強化するか。その判断が、成功のカギを握ります。
## 成功のための実践ポイント
デジタル活用を成功させるためのポイントは、「段階的な導入」と「効果測定」です。
第一段階として、アンケート収集のデジタル化から始めます。QRコードを活用したシンプルなシステムでも、効果は十分です。お客様が最もリラックスされている時間帯、例えば温泉旅館なら夕食後のくつろぎの時間に、さりげなくご意見を伺う。これだけでも、大きな変化が生まれます。
次の段階では、いただいたご意見への対応を迅速化します。例えば、何か不満の声があった場合、翌朝のチェックアウトまでに必ず対応する。そのための情報共有の仕組みを整えていきます。
そして最終的には、お客様一人ひとりの好みや要望を踏まえた、パーソナライズされたサービスの提供を目指します。これは一朝一夕には実現できませんが、着実に積み重ねていくことで必ず達成できる目標です。
重要なのは、デジタル化は手段であって目的ではないという認識です。目的は、あくまでもお客様満足の向上にあります。その実現のために、デジタルでできることは最大限活用し、人でしかできないことにより多くの時間を使う。そんなバランスの取れた進化を目指していきましょう。
次章では、これらのツールを活用しながら、いかにして「リアルな感動」を生み出していくのか、その具体的な方法について解説していきます。
# 第4章 リアルな感動を設計する
「お客様アンケートの評点は決して悪くないのですが、何か物足りない気がして...」
多くの宿泊施設が感じているこの「物足りなさ」。その正体は、「満足」と「感動」の違いにあります。清潔な客室、行き届いたサービス、美味しい料理。これらは確かにお客様の満足につながりますが、心に残る「感動」とは、また違うものなのです。
ではどうすれば、真の感動を生み出すことができるのでしょうか。前章までで整備してきたデジタルの基盤を活かしながら、考えていきましょう。
## 体験価値をデザインする
お客様の心に残る感動は、決して偶然には生まれません。
例えば、温泉旅館での滞在を考えてみましょう。お客様の体験は、予約の時点から始まっています。予約サイトでの印象、確認メールのトーン、到着前の案内...。これら一つひとつが、お客様の期待を形作っていきます。
そして実際の滞在。玄関でのお出迎え、お部屋までのご案内、浴場やお食事処での過ごし方。これらの体験が積み重なって、最後の感動が生まれるのです。
重要なのは、これらの接点を「点」ではなく「線」で捉えること。デジタルツールを活用することで、一連の体験をより緻密にデザインすることが可能になります。
## 期待を超える瞬間をつくる
感動が生まれる瞬間には、ある共通点があります。それは「お客様の期待を適切に把握し、それを少し超える価値を提供できた時」です。
重要なのは「少し」という部分です。例えば、記念日利用と分かって凝った演出を施しすぎると、かえってお客様に緊張を強いることになりかねません。大切なのは、自然な形での価値提供です。
デジタルツールは、このような繊細な対応を支援してくれます。お客様の過去の利用履歴、事前のご要望、滞在中の反応。これらの情報を適切に活用することで、一人ひとりに合わせた、さりげない心遣いが可能になります。
## スタッフの力を引き出す
デジタル化が進んでも、感動を生み出す主役は常に「人」です。
例えば、夕食後のくつろぎの時間にいただいたアンケートで、お料理の感想が書かれていたとします。これを翌朝の朝食時に、さりげなく会話に盛り込む。「昨夜の○○はいかがでしたか? シェフが腕によりをかけた一品なんです」
このような会話が自然に生まれるためには、スタッフ間での情報共有が欠かせません。デジタルツールは、このコミュニケーションを円滑にする重要な役割を果たします。
## 感動を広げる、深める
一度感動を体験したお客様は、その施設の最も強力な応援者となる可能性を秘めています。
口コミやSNSでの発信は、そのような感動の共有方法の一つです。しかし、ここで重要なのは「誘導」ではなく「きっかけ作り」です。例えば、お客様が写真を撮りたくなるような空間づくり。これは、感動を形として残すための自然な仕掛けとなります。
また、リピーターとなってくださったお客様には、前回とは違った新しい感動を提供することも大切です。デジタルツールを活用することで、過去の体験を踏まえた新たな価値提供が可能になります。
## 感動創出のために明日からできること
感動体験の創出は、決して大きな投資や劇的な変更を必要としません。むしろ、日々の小さな積み重ねこそが重要です。
まずは、お客様との接点を丁寧に見直すところから始めましょう。チェックインからチェックアウトまで、どの場面でお客様の心に触れる機会があるか。それぞれの場面で、どのような価値を提供できるか。
そして、それらの接点での対応をより効果的にするために、デジタルツールをどう活用できるか。スタッフの経験や勘に頼るだけでなく、データに基づいた裏付けを取りながら、一歩ずつ改善を重ねていくのです。
感動のタネは、既に皆様の施設の中にあるはずです。それを見つけ出し、育て、大きく咲かせること。そのためのヒントとして、本章でご紹介した考え方をお役立ていただければ幸いです。
次章では、これらの取り組みを持続可能なものとするために、効率的な経営との両立をいかに図るのか、その具体的な方法について解説していきます。
# 第5章 持続可能な経営とCXを両立する
「お客様満足を追求したいのはやまやまですが、このご時世、コストや人手の問題も...」
この言葉は、全国の宿泊施設が直面している現実を端的に表しています。人材不足、光熱費の高騰、食材費の上昇。これらの課題に直面しながら、いかにしてお客様満足を維持・向上させていくのか。本章では、この難しい課題に挑戦している施設の取り組みを紹介しながら、持続可能な経営とCX向上の両立について考えていきます。
## 働き方改革とサービス品質の両立
「24時間365日」。これは宿泊業界で長く当たり前とされてきた働き方でした。しかし、この常識は今、大きく変わろうとしています。
観光庁のアンケート調査によれば、すでに7割を超える宿泊施設が休館日を設定しています。その主な目的は「従業員の休暇の確保」(92%)と「施設のメンテナンス」(76%)です。
例えば、ある温泉旅館では、深夜のフロント業務を自動精算機とオンラインチェックインシステムに移行しました。当初は「非常時の対応は大丈夫か」という不安の声もありましたが、緊急時の連絡体制を整備することで解決。結果として、スタッフの夜勤負担が大幅に軽減され、日中のサービス品質が向上したといいます。
重要なのは、こうした取り組みを「サービスの切り下げ」ではなく「メリハリのある価値提供」として設計することです。例えば:
- チェックイン時の手続きを効率化し、その分の時間を客室案内や施設説明に充てる
- 深夜帯は自動化し、朝夕の重要な時間帯にスタッフを集中配置する
- ルーチン作業をデジタル化し、接客時間を確保する
このように、限られた人的リソースを最も価値の高い場面に集中させることで、むしろサービス品質の向上が可能になるのです。
## 環境配慮型運営の実践
持続可能な経営を考える上で、避けて通れないのが環境配慮の視点です。
かつては「環境配慮」と「顧客満足」は相反すると考えられがちでした。しかし、最近の調査では、環境に配慮した施設運営を評価するお客様が増加しているというデータもあります。
例えば、アメニティの適量提供。これまで「豊富なアメニティ=高級感」という図式がありましたが、最近では「必要なものを必要な分だけ」という考え方が支持されています。ある施設では、チェックイン時にアメニティを選択できるシステムを導入。結果として、廃棄量の削減とコスト削減、そしてお客様満足度の向上を同時に達成できました。
他にも:
- 省エネ機器の導入による光熱費削減
- デジタル化によるペーパーレス推進
- 地元食材の活用によるフードマイレージ削減
これらの取り組みを、単なるコスト削減ではなく、施設の価値として発信していくことが重要です。
## 食品ロス削減の具体策
宿泊施設において、特に大きな課題となっているのが食品ロスの問題です。
例えば、バイキング形式の朝食。品切れを避けるために多めに用意し、結果として廃棄が発生する。この課題に対して、あるホテルでは以下のような対策を講じています:
- デジタルツールを活用した食材の需要予測
- 小鉢での提供によるポーション管理
- 追加調理を可能にする体制づくり
特筆すべきは、これらの取り組みが、むしろ料理の品質向上につながっているという点です。少量ずつ調理することで、より出来立ての料理を提供できるようになったのです。
## データに基づく効率化と価値創造
事業者アンケートによれば、休館日設定の最大の懸念は「売上の減少」(75%)ですが、実際に休館日を設定した施設の92%が「想定通りもしくはほぼ減少していない」と回答しています。
その背景には、データに基づく効率的な運営があります。例えば、NPSデータの分析により、どの時間帯・場面でお客様の満足度が高いのかを把握。その結果に基づいて人員配置を最適化することで、限られたリソースで最大の効果を生み出すことが可能になります。
また、お客様の声を分析することで、本当に必要とされているサービスが見えてきます。「やめても影響のないサービス」と「絶対に守るべきサービス」を明確に区別することで、効率的な運営が可能になるのです。
## 持続可能性がもたらす新しい価値
このように、持続可能な経営を追求することは、必ずしもサービスの質の低下を意味しません。むしろ、新しい価値を生み出すきっかけとなる可能性を秘めています。
例えば:
- 環境配慮の取り組みが、施設の個性として評価される
- 働き方改革が、スタッフのモチベーション向上を通じてサービス品質を高める
- 食品ロス削減が、より新鮮な料理の提供につながる
実際、アンケート結果でも「休館日設定による従業員のモチベーション向上」(68%)、「社内メンテナンスの拡充」(63%)といったポジティブな効果が報告されています。
重要なのは、これらの取り組みを「やむを得ない対応」としてではなく、「新しい価値創造の機会」として捉えることです。
持続可能な経営とCX向上。この一見相反する課題を両立させることは、確かに容易ではありません。しかし、デジタルツールの活用と、価値提供の適切な設計により、その実現は十分に可能なのです。
次章では、このような持続可能な経営を支える重要な要素として、地域との共生について考えていきます。地域との関係性をいかに構築し、それを施設の価値向上にどうつなげていくのか。その具体的な方法を解説していきます。
# 第6章 地域との共生でCXを広げる
「お客様の満足は、宿泊施設内だけでは完結しない」
この言葉は、地域との共生によって新しい価値を創造している施設の経営者がよく口にする言葉です。いま、宿泊施設に求められているのは、単なる「宿泊」の提供ではなく、地域全体の魅力を活かした「体験価値」の創造なのです。
## 地域資源を活かした価値創造
例えば、知床の宿泊施設の事例を見てみましょう。
世界自然遺産に登録されている知床は、その豊かな自然環境が魅力である一方、ヒグマの生息地として知られ、近年は市街地への侵入等が問題となっています。そこでこの施設では、ヒグマが人の居住地域に侵入してこないように、笹薮の草刈りやゴミ拾い等、人とヒグマが共存できるための活動に取り組んでいます。
この取り組みは、単なる地域貢献にとどまりません。環境保全活動に関心の高い若い世代の採用にもつながり、結果として施設の持続可能性を高めることにもなっているのです。
地域資源を活かす取り組みの例として:
- 地元食材の積極的な活用と生産者との関係構築
- 周辺の自然環境を活かしたアクティビティの提供
- 地域の伝統文化や工芸品の紹介
このように、地域資源を活かすことは、施設の独自性を高め、競争優位性を確立することにもつながります。
## 観光資源との連携
地域の観光資源との連携も、重要な取り組みの一つです。
温泉地にある施設の例では、自施設の露天風呂に加えて、地域の外湯めぐりを積極的に推奨しています。一見すると自社の温泉施設の利用を減らすようにも思えるこの取り組みですが、結果として「温泉文化を深く楽しめる宿」として評価され、リピーター率の向上につながっています。
また、城崎温泉の事例では、地域全体のブランド力を活かしたマーケティングを展開。その結果、休館日を設定しながらも高い稼働率を維持することに成功しています。
観光資源との連携の具体例:
- 地域の観光スポットと連携した周遊プランの作成
- 地元のガイドと協力した体験プログラムの提供
- 地域の祭りやイベントと連動した宿泊プランの展開
## 地域貢献活動の効果的な展開
地域貢献は、単なる社会的責任の遂行ではありません。むしろ、施設の価値向上につながる戦略的な活動として捉えるべきです。
例えば、ある施設では月に一度、従業員総出で周辺の清掃活動を行っています。この活動は地域の美化に貢献するだけでなく、従業員の一体感を醸成し、接客時の地域案内にも活きているといいます。
また、別の施設では地域の小学生の職場体験を積極的に受け入れています。この取り組みは、将来の人材育成につながるだけでなく、地域住民との信頼関係構築にも役立っています。
地域貢献活動の例:
- 地域の清掃活動や環境保護活動への参加
- 地元の学校との教育連携
- 地域の防災活動への協力
## 効果的な情報発信
地域との共生の取り組みは、適切に発信することでさらなる価値を生みます。
例えば、SNSを活用して地域の魅力を発信している施設では、自然や食材、文化財といった地域資源を日常的に紹介。結果として、施設自体のファンづくりにもつながっています。
また、休館日を活用して従業員が地域の観光資源を体験し、その様子をSNSで発信している施設もあります。従業員自身が地域の魅力を体感することで、より説得力のある案内が可能になるというわけです。
## データを活用した地域連携
先進的な施設では、地域全体でデータを共有・活用する取り組みも始まっています。
例えば、蒲郡市では月に1度、各宿泊施設が観光協会へと稼働率データを提供し、観光協会が集計・匿名化した上で地域データとして各宿泊施設に配布する取り組みを10年ほど前から実施しています。
このデータを活用することで:
- 地域全体の需要予測に基づいた休館日の設定
- 地域イベントと連動した効果的なプロモーション
- 季節による繁閑差の平準化に向けた施策の立案
といった、より戦略的な運営が可能になっています。
## 新しい時代の地域共生に向けて
このように、地域との共生は、施設の価値向上において極めて重要な要素となっています。特に、デジタル技術の進化により、地域全体でデータや情報を共有し、協力して価値を創造することが可能になってきました。
一方で、地域との共生は一朝一夕には実現できません。日々の小さな取り組みの積み重ねが、やがて大きな成果につながっていくのです。
重要なのは、「地域あっての宿泊施設」という視点を持ち続けること。その視点があってはじめて、真の意味での持続可能な観光地づくりが可能になるのです。
次章では、このような取り組みの先にある、次世代のCXの姿について考えていきます。デジタル技術の進化は、宿泊施設と地域の関係性をどのように変えていくのか。その可能性と課題について、具体的に解説していきます。
# 第7章 次世代のCXを創造する
「デジタル化は手段であって目的ではない」
この言葉は、多くの先進的な宿泊施設が共通して持つ認識です。デジタル技術は、より質の高いサービスを提供するための、あくまでも手段に過ぎません。では、このデジタル技術を活用して、私たちはどのような未来を創造できるのでしょうか。
## テクノロジーがもたらす可能性
例えば、「陣屋コネクト」の事例を見てみましょう。
このシステムでは、顧客管理、予約管理、社内チャット、勤怠・シフト管理、仕入管理、会計管理、経営分析等の機能が一元化されています。つまり、顧客との旅マエから旅アトまでの接点で得られる情報の管理、日々の業務を遂行するための情報の管理、そして会社の経営に関わる情報の管理まで、宿泊施設の運営に関わるほぼ全ての情報がデジタルで管理できるようになっているのです。
このような情報の一元管理により:
- お客様一人ひとりの嗜好に合わせたサービス提供
- 正確な需要予測に基づく効率的な運営
- データに基づく戦略的な投資判断
といったことが可能になっています。
## データ駆動型意思決定の実践
次世代のCXにおいて重要なのは、「感覚」や「経験」だけに頼るのではなく、データに基づく科学的な意思決定を行うことです。
例えば、ある温泉旅館では予約データやPOSデータ、顧客アンケート結果などを分析し、以下のような取り組みを行っています:
- 顧客層ごとの利用傾向分析による最適な客室配置
- 食材の使用量予測による廃棄ロスの削減
- スタッフの勤務実績データに基づく最適なシフト設計
特に注目すべきは、これらのデータ活用が単なる効率化だけでなく、サービス品質の向上にもつながっているという点です。データに基づいて業務の無駄を省くことで、スタッフがお客様と向き合う時間を創出することができているのです。
## 持続可能な観光地づくりへの貢献
デジタル技術の活用は、個々の施設の枠を超えて、地域全体の観光振興にも貢献し始めています。
例えば、「里山コネクト」というシステムの実証実験では:
- OTAを介さない地域と観光客の直接的なつながり
- 地域の観光客データの活用による効果的なマーケティング
- 宿泊施設と飲食店、観光施設を含む地域全体での連携
といった取り組みが進められています。
このような取り組みは、地域全体の観光産業の発展に寄与するだけでなく、以下のような効果も期待できます:
- 地域経済の活性化
- 伝統文化や自然環境の保全
- 持続可能な観光地としてのブランド確立
## マルチタスク化とデジタル活用の両輪で
次世代のCXを支えるもう一つの重要な要素が、スタッフのマルチタスク化です。
例えば、ある施設ではシステムを活用してスタッフの業務範囲を可視化し、時間帯ごとに個々人のタスクを明確に表示しています。これにより、スタッフは混乱することなく複数の業務をこなすことができ、結果として少ない人数でも質の高いサービスを提供することが可能になっています。
マルチタスク化を支えるデジタルツールの活用例:
- スキル管理システムによる業務範囲の可視化
- シフト作成の自動化による効率的な人員配置
- タブレット端末による情報共有の円滑化
## 人材育成のデジタル化
次世代のCXにおいて、人材育成もまた重要なテーマとなります。
先進的な施設では、デジタルツールを活用した教育システムの導入や、VR技術を用いた接客トレーニングなど、新しい形の人材育成に取り組んでいます。また、休館日を活用した集中的な研修プログラムの実施など、デジタルとリアルを組み合わせた教育体系の構築も進んでいます。
重要なのは、これらのデジタル技術を「人を置き換えるもの」としてではなく、「人の可能性を広げるもの」として活用することです。
## 未来に向けた投資判断
次世代のCXを実現するためには、適切な投資判断も重要です。
観光庁の調査によれば、休館日設定の最大の懸念は「売上の減少」ですが、実際に休館日を設定した施設の多くが、むしろ利益率の改善を実現しています。これは、データに基づく的確な投資判断があってこそ実現できた成果といえます。
投資判断のポイント:
- 導入コストだけでなく、運用コストも含めた総合的な判断
- 短期的な効果だけでなく、中長期的な価値創造の視点
- スタッフの習熟度や活用能力を考慮した段階的な導入
## 未来のCXに向けて
このように、デジタル技術の活用は、宿泊業における新しい可能性を次々と生み出しています。しかし、忘れてはならないのは、これらはあくまでも「手段」だということです。
最終的な目的は、お客様により大きな感動を提供すること。そして、その感動を創り出すのは、依然として「人」なのです。デジタル技術は、その人の可能性を広げ、より質の高いサービスを提供するための道具として活用されるべきでしょう。
次世代のCXとは、デジタルと人間性の両方を高い次元で融合させたものとなるはずです。そして、その実現に向けた歩みは、すでに始まっているのです。
これまでの章で見てきた「サービス品質の向上」「持続可能な経営」「地域との共生」。これらの要素を高次元で実現する手段として、デジタル技術は今後ますます重要な役割を果たしていくことでしょう。