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国境を越えた商標出願と特許出願

科学技術指標2020に面白いデータが掲載されていた。

国境を越えた商標出願と特許出願(それぞれ人口100万人当たり)の関係を表した図表である(図表5-3)。

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科学技術指標2020によれば、国境を越えた商標出願数と特許出願数(日米欧に出願された同一内容の特許)について、人口100万人当たりの値で比較すると、最新年で商標出願数よりも特許出願数が多い国は、日本のみであるとのこと。
また、商標の出願数は、新製品や新サービスの導入という形でのイノベーションの具現化、あるいはそれらのマーケティング活動と関係があり、その意味でイノベーションと市場の関係を反映したデータであることとし、「日本は技術に強みを持つが、国全体で見ると、それらの新製品や新たなサービスの導入という形での国際展開が他の主要国と比べて少ない可能性がある」と結論付けている。

科学技術指標2020

図表5−3の記載によれば、「国境を越えた商標出願数」(Cross-border trademarks)とは、日本、ドイツ、フランス、英国、韓国の商標数については、米国特許商標庁(USPTO)に出願した数とのことである(米国の商標数の定義についてはやや複雑なので、科学技術指標2020の記述を参照されたい)。なお、上記定義から、ここで言う「日本」「ドイツ」などは、商標出願をした出願人の国籍を示すと言える。

科学技術指標2020の分析及び結論に異論はないが、本投稿では、もう少し深堀りした分析を試みる。
ここでは、各国知財庁が接受した商標出願数と特許出願数について分析・考察してみる。というのも、商標はターゲットとする市場で用いられる言語に依存するものであり、日本語は欧米の言語と比較した場合、少なからず言語障壁があるため、日本国籍出願人が国境を越えて(日本語の商標を)外国に商標出願することは考えにくい。むしろ、外国の現地企業と提携して、現地語に相応しい名前の新製品・新サービスを展開する方が多い可能性がある。なお、韓国は自国の市場が小さいため、初めから海外展開を念頭に置いた行動をとっているものと言える。
したがって、言語障壁を気にしなくても良い、各国知財庁をベースとした分析の方が、日本企業の行動分析ができると考える。

表1は、各国の特許出願件数の推移だ(中国の件数は右軸を参照)。各国とも増加または横ばいで推移しているものの、日本(青線)は2001年をピークに減少し1990年代は世界1位の出願国であったが、近年は、米国及び中国に抜かれ世界3位。さらに、韓国の出願件数の増加に伴い、韓国に肉薄されている。

表1:各国の特許出願件数(WIPO Statisticsを用いて集計)

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表2は、各国の商標出願件数の推移だ(中国の件数は右軸を参照)。商標出願件数も各国とも増加または横ばいで推移している。日本(青線)は1990年代前半、商標出願件数は約2万件弱で世界1位の出願国であったが、90年代後半から出願件数が減少している。

表2:各国の商標出願件数(WIPO Statisticsを用いて集計)

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そして、各国の商標出願件数を同じ年の特許出願件数で割ったグラフが表3である。フランスや中国は全年代にわたり特許出願よりも商標出願を多く出願していることがわかる。フランスはブランド戦略を重視しているものと予想される。
なお、中国の商標出願・特許出願も非常に多いが、USPTOのレポートによると中国政府による補助金およびマンデートが影響しているためである。
https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/USPTO-TrademarkPatentsInChina.pdf

また、ドイツ、英国、米国は、1980年代は商標出願/特許出願の割合が日本と同程度であったのに対し、近年は相対的に商標出願が多く行われている。特に、英国の伸びは著しい。
一方で、日本が最も数値が低く、相対的に特許出願数が多いことがわかる。つまり、日本特許庁が受理した件数(=日本市場をターゲットとした件数)の観点で、特許出願と商標出願を比較した結果、日本特許庁には、商標出願よりも特許出願の方が比較的多く出願されていることがわかる。

表3:各国の商標出願件数/特許出願件数の値(WIPO Statisticsを用いて集計)

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念のため、日本特許庁に最も多く出願している企業国籍を確認する。

日本特許庁における特許出願構造および商標出願構造を以下に示す(図1-1-85, 1-1-17)。近年、特許出願も商標出願も、8割程度が日本国籍出願人による出願で、日本市場はほとんどが日本国籍企業により新商品・新サービスが展開されている事になる。つまり、表3で示した、商標出願よりも特許出願の方を多く出願する傾向とは、日本国籍企業の傾向と言える。

繰り返しになるが、科学技術指標2020によれば、商標の出願数は、新製品や新サービスの導入という形でのイノベーションの具現化、あるいはそれらのマーケティング活動と関係があり、その意味でイノベーションと市場の関係を反映したデータである。

JPO商標特許出願構造.001

(出典:特許行政年次報告書2020年版)

それでは、なぜ、日本国籍企業だけ商標出願よりも特許出願を重視するのだろうか?
さまざまな原因が考えられるが、「2019年版ものづくり白書(概要)」によれば、NEDOが2006年および2016年に行った主要先端製品・部材の世界市場規模及び世界シェアを比較した場合、エレクトロニクス系の最終製品は売上高・シェアともに低下したこと、日本は自動車意外、完成品を売れなくなったこと、及び、部素材において高いシェアを占める傾向にある。

図1:「2019年度版ものづくり白書 概要」から

名称未設定.001

すなわち、日本企業は、依然として技術力はあるものの最終製品・サービスは作らなくなった、又は、作れなくなったというのが、特許出願に対する商標出願の割合が比較的低い原因と考えられる。

上述の科学技術指標2020では、日本企業は「国際展開が他の主要国と比べて少ない可能性がある」と結論付けているが、事態はもっと深刻で、日本企業は最終製品・サービスを作らない傾向にあるのだ。

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