[1分小説] 社長
社長という仕事は、事業を健全かつ永続的に維持発展させる組織のトップであること、
――に加え、いかに経理をちょろまかし会社の金で女遊びをするか、ではないだろうか。
「社長」という肩書を持つ50代の男性と交際をする亜沙美は、そう考える。
商売の子だったりプロの女の子を買うのはまだしも
(「もう、社長また銀座ですか」なんて領収書を片手にした経理に言われるのは、もはや彼らの仕事の一つかもしれない)、
そのへんの素人の女の子に手を出すのは結構、グレーゾーンなお遊びだろう。
と、そうは言いつつ、
その役に自ら打って出ている彼女自身もまた、グレーゾーンな存在の一人であるということを、亜沙美はちゃんと自覚している――。
*
先週金曜日の仕事の後、亜沙美は久しぶりに真希と食事に行った。
大学が一緒だった真希とは、お互いに会社勤めが始まっても、こうして時々会って話す仲だ。彼女は今、大手企業のグループ会社の経理部門に所属している。
「だいぶ業務にも慣れてきたかな」と言う真希が、こんなことを言っていた。
「社長が同じ日の同じ時間に別の飲食店に行ってる領収証があってさ、これってどう考えてもおかしいよね」
その話を聞いて、亜沙美は思わず神妙な表情で頷いてしまった。
根がまじめな真希には、紹介で知り合った中堅企業の社長と付き合い始めたことは、話していない。
3か月前から定期的に会うようになった「山中さん」は、いつも亜沙美にこんなことを言う。
「亜沙美ちゃんね、友達とちょっといい店に食事に行ったりしたら、領収証もらっておいで。宛名はいらないから。」
そして次のように言うのだ。「後で僕がその額、バックしてあげるよ」
きっと真希の勤める会社の社長も、女の一人や二人、抱えてるんだわ。
領収書切っておいで、って言ったら、たまたま日時がかぶっちゃったのね。ほかの可能性ももちろん無いわけでは無いが、理由としては、十分あり得る線だろう。
スプーンですくった熱々の海老ドリアに、ふーふーと息を吹きかけながら、亜沙美はこの数秒で頭の中を駆け巡った自分の考えに、微笑せずにはいられなかった。
山中さんは、他にも
泊りがけの出張のふりをして、遠方には行かずに亜沙美と会う際には
「特急券買いに行こう。購入して会社宛の領収書もらって経理に渡さなきゃ。行った事実をつくらなきゃ。
で、あとで手数料340円払って払い戻しするんだ」
と言ったり、
二人でタクシーに乗って移動する時には
「おっと、キャブカードは使えないんだった。使ったら大変だね。
『社長、この日のこんな時間に六本木から品川まで何しに行ってたんですか』なんて全部知られちゃう。そりゃまずい。」
なんてことを、おどけたように言っていたと、亜沙美は記憶している。
山中さんの言葉を借りるなら、
それらはすなわち「優秀すぎて大変なんだ」という会社の金庫番であるベテラン女性経理との、攻防なのだろう。
いかに経理の目を掻いくぐって、自分の女に関わる諸経費を会社持ちにして、それでいて、いかに女の存在を悟らせずに切り抜け続けるか――、
きっとその攻防も、女を囲う楽しみのひとつなのではないか。
社長の仕事とは、いかにも多岐にわたるものね。
ま、その恩恵に預かってる私が言えたことではないけれど・・・。
「その社長さんも、いろいろ大変なのよ」
亜沙美はにっこりと笑みを作って、当たり障りなく言葉を返した。
いまひとつ腑に落ちない、といった顔をする友人を前に、
(経理って、会社の味方であるけれど、社長の敵かもね)と亜沙美は心の中で、独り言ちたのだった。
「まぁ、食べよ?料理、冷めちゃうよ」
やや強引に食事を促し、テーブルに目を落とすと、
幾分、熱が取れて食べやすい温度になったドリアの上で、思い思いの方に反り返った小粒な海老たちが、
(そうかもね)(幸運を祈るよ)
(社長の攻防と、社長とキミとの関係をね)と言っている気がした。
🦐 🦐 🦐
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