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金曜日の朝の夫との会話

私「今朝の夢がね、私、夫と結婚してるのに、他の男の人と一晩デートして、泊まる設定になってる夢だったー。

 私、頭の隅でずっと夫のことを気にしてて、どうしたらいいんだろう?って困ってるの。」

夫「最近、オレに構われ足りなくて、欲求不満なんじゃないの?(笑)」

私「あはは、そうかもねー、今晩はお相手が大変ねー(笑)」


夫婦関係がまた変わってきた

いやー、冒頭からノロケをすみません(汗)

何が言いたいのかというと、実はこういうノリって今までなかったんですよー。

しかも朝6:25。

今までだったら絶対ない…だって余裕ない時間だもん。


こんな軽いノリでニヤリな感じの会話ができるっていうのは、私はね、朝だけどお互いに少し気持ちに余裕があって、気持ちがお互いを向いているときなんじゃないかって思うんですよ。


私ばっかり子どものフォローや対応してる、

私ばっかり家事をしてる、

私ばっかりやりたいことを我慢してる、


そんなふうに思ってたときは、冗談言って笑う余裕なかったんだもの。


これから子どもを起こしてご飯食べさせて、忘れ物チェックして、体温測って3人分ノートに書いて、自分の支度して、三男のスモックをアイロンかけて、三男の支度手伝って…。

夫は7時前に家を出る。

上に書いたことをやるのは全部私。

心も時間も余裕なんてない。


そんなときに冗談言われたって「は?」と思ってしまうし、自分から冗談を振る気にもなれない。

それが今朝は自分、スゴイわ。

見た夢はホントだけど、言ったってそれこそ夫からは「は?」って言われそうなことなのにあえて言ってるし、夫にも余裕があったんだと思う。

ニヤリと返事をしてきたから。


この、?とでもいうんですかね。

これが最近変わったなぁと思ってるんです。

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小さな変化にも気づける余裕

目の前にやるべきことをたくさん抱えて、ひとつひとつこなしていくような毎日の中で、意識しなかったらこういう変化に気づかないと思う。

あれもこれも私ばっかり、という気持ちでしか過ごしていなかったら、やっぱり、気づかないと思う。

というよりも、そういう方向には物事が進まないような気がする。

特にコミュニケーションってキャッチボールだもの。

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コミュニケーションという心のキャッチボール

どちらかが変な方向に投げても続かない。

相手を見て投げなければコントロールがうまくいかない。

相手に合わせた力加減も必要。

楽しむ工夫も必要。


やっていくごとに上手くなっていく部分もあるし、実力差がついてしまう場合もあるかもしれない。


いろんな可能性がある中で、お互いがお互いのために選択することと、自分のために選択すること、そして相手の選択にも許容できる心があること…。


なんか勝手に深いなぁーと思ってます。


特に夫婦のコミュニケーションって、相手が自分の都合に合わせてうまく合わせてくれるばかりではないし、自分都合を押し付けてもうまくいかない。

お互いにお互いを思いやりつつ、自分のことも伝えていく。

その絶妙なバランス!!!

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自然なキャッチボールは信頼関係のベースが大事

キャッチボールのスキルを高めようと、会話術みたいなノウハウを学んでも、それは上すべりしちゃうように思う。

スキルとして幅広く知識があるのはいいかもしれないけれど、上手くやる必要はないわけだから。

スキルを持つとかえってそれでなんとかしようとしてしまい、自分の気持ちを置いてけぼりにしやすいような。


私はそういうスキルよりも、信頼関係がベースにあることが大事だと思う。

信頼関係を築くには相手の世界を知ること、考えていることを理解すること、私との違いを知ることが必要。

それには、私という人間を表現して、伝えて、わかってもらうことも大事。

自分の大事にしていること、相手の大事にしていること、それがわかってくると、お互いにお互いを大事にし合おうねってなってくるもの。

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私と夫がお互いに理解するようになったキッカケ

私はそもそも誰でも信用しちゃう人で、受け入れて話していく中で判断するタイプ。

夫はそもそも人は誰でも信用しないタイプ。

自分へのリスクを考えて行動できる人。

自己開示なんて自分からは絶対にしないタイプ。


こんな2人なので、出会った頃はひたすら私の自己開示から始まった。

2時間くらい私がほぼ一方通行に自分の話を喋りまくるという(笑)

その中で夫が

(この人は危険ではなさそう。

 自分に害は与えてこない。)

と認識できたことから始まったんだと思う。

↑夫にはこれが最重要事項。


2人の絆はリアルの会話よりも、デートのたびに交換していた交換ノートで深まったんじゃないかな、と今は思う。

リアルタイムでの反応が難しい夫の自己開示にはピッタリだったんだよね。

普段は口数の少ない夫の優しい部分や考えていることが伝わってきたし、私も伝えたいことを感情的にならずに伝えることができた。


そんな中で結婚を決めたんだけど、結婚して5年くらいの間の普段の会話は私の自己開示がメインだったような気がする。

夫は自分のことをあまり話さなかった。

どう話したらいいかがわからなかったのかもしれないし、話したあとの反応が不安で話せなかったのかもしれない。

私は2人でいてもひとりのような気がしてた。

夫は一緒にいて嫌じゃないし、私のネガティヴがあふれたときには絶対に必要な人間だった。

だけど宇宙人のようで、夫という人をよく理解できなかった。


突破口は私が自分のことを理解できるようになり、それを言葉で伝えられるようになったところにあったと思う。

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キッカケがあるまでうまくいかなかった理由

それまでの私は求めていることが現実にならないことで勝手にイライラすることがよくあった。

フツー、こういう状況だったらこうするよね?みたいなこと。(勝手な期待なんだけどね)

子どもが遊んでいて私が洗い物していたら、当然夫は子どもを見るよね?みたいなことだったり、子どもの寝かしつけが私だったら残りの家事は夫がやるよね?みたいなことだったり。

だって私たち夫婦だし、共働きだし、一緒に助け合ってやっていくのが当たり前だよね?みたいなノリですよ。


ところが夫は

「言われなきゃわからない」

と言う(あるあるですよねー)。

私は

「状況考えればわかることなんだけど?」

と言って平行線。


その状況が続くと、気づいて動く私の方の負担がどんどん増えていって、ウップンが溜まっていきます。

何かのタイミングで私がキレる→夫がやらないからと責める→夫、戸惑って私と距離を置く

我が家のパターンはそんな感じでした。


その頃、長男や次男は小さくて、長男が夫と気質が似ているのかどうも私との母子関係がうまくいかなくて。

悩んで療育に通ったことで、私とは違う世界観や物の見方、捉え方を知ることができました。

視野が広くなっていって、私という人間がいろんな人間がいる中のどういうタイプでどういうことが苦手で得意で…というのがわかってきたんですね。

私の意識が自分に向いた瞬間でした。

で、やたらと私はこういう感覚でこう考えてるとか伝えたり、同じ状況のとき夫だったらどう考える?とか聞いてみたり、お互いの感じ方、考え方を夫とひたすら話し合うように。


わかります?

今までは私のベクトルは夫に向いていて、夫は自分を守るために自分にベクトルを向けていたんです。

それが私のベクトルが自分に向いた瞬間、夫は自分に向けられているベクトルから自分を守らなくても良くなった…そんな感じでしょうか。


夫は自分に向かってくる言葉には敏感になっていて、責められたり敵意を感じるとスッと距離を置いてました(長男もきっとそうだな)。

でも私の言葉が私へのベクトルの言葉になると、フッとゆるんだのを感じたんです。


多分、あなたは…という言葉から、私は…という言葉に変わったんじゃないかな。

私はそれまで家がうまく回らないのは夫の協力がないから、と夫のせいにしてたのかもって思いました。

うまく回らないという困り感を解決するには、私自身に向き合うことが大事なんだと気づいてからは、より一層自分の気持ちや感じたことに意識が向くようになりました。

そして、その感じたことや気持ちを夫にシェアし、夫だったらどうしてるのかを聞くようになったんですね。

夫は私とは正反対の感じ方、考え方でした。

ビックリしました。

そんなふうに感じる、考える人間がいたことに!!

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夫婦の違い

例えばね、テレビをそろそろ変えたいなって思うとするじゃないですか。


私→見に行く。そしていいのがあったら即買い。だってまたここまで来る手間がもったいないもん!

夫→何回も見に行く。絶対に即決しない。何度も何度も見に行って気持ちを高めていって、ここぞというときに買う。


私の価値観は、手間をかけずに自分のしたいことはどんどん進めていく、次に進むことを大切にしている気がします。

そう、進みたいんです、早く。

次に行きたい。

進めていくことに貪欲な感じ。

だからゲームをやるとレベルアップなんか気にせずどんどん次に進めたいタイプです。

で、進めなくなると飽きちゃう(笑)←なのでゲームってあんまり好きじゃない


夫の価値観は多分、テレビを買うということをとても大切にしたいと思っている。

時間をかけて決める、本当に欲しいものだけを買う。

買うときまでにその価値をしっかりと高め、その後、大切に使うための気持ちの準備をしているかのよう。


これってスゴイなって思ったんです。

最近の流行りの片付けとか整理収納、そしてミニマリストの本とか読んでいて、最終的に必要なマインドってこういうことなんじゃないかって思ったから。


なので、もちろん夫はゲームをやると進むことよりもレベルアップすることとかアイテムを揃えることとか、そういうことで楽しんでます。

進まないで楽しむ、これがスゴイ上手!!


私には一切なかった感覚でした。

そして、中学のときは高校のために勉強、高校に行ったらその先の進学のために勉強、次は就職のため、次は仕事のスキルアップのため、結婚のため、出産のため、育児のため、老後のため…私、次なるゴールのために進めていくことしか頭になかったんだなぁーと気づきましたよね。

そんな単純な私の頭の中に愕然としちゃいました。


あとはねー、旅行に行くとしたら私は現地で行く場所をとことん調べて、タイムスケジュールを組んで、いっぱい行けたら最高!みたいな感じですよ。

夫はそれよりも、行くまでの電車の窓から見える景色の移り変わりを見ながら、旅情に浸ることを大切にしていました。

わ、私、移動時間は寝る時間なんですけど(汗)

だってそこでエネルギー補給しておかないと、ギリギリまで楽しめないじゃん、みたいな。


また夫は道端に可憐に咲いている花を見つけて、幸せを感じられる人でした。


私の今までの人生はね、多分前しか見てなくて、ほとんど走ってる。

ひたすら目的地を目指して。

でもそんなの、すんなり最短距離で行けることなんて少なくて、特に初めてのことだったら試行錯誤ですよね?

だから道に迷ったり、時には反対方向に進んでたり、あーもう私ってなんなの!と憤慨しながらも走ってて、迷ったら歩くってできなくて、焦ってもっと速く走っちゃう、みたいな感じよ。

スゴイでしょ。

多分パワフルだし、動いてることが好きなのよ。

そうは思ってなかったけど、夫を見てるとそう思う。

無駄に動くことが多いから(笑)


夫はゆっくりと歩いたり、立ち止まったり。

前に歩くときっていうのは心に決めた瞬間で、それ以外は密かにフラフラといろんなところを見て回ってるんじゃないかなぁ。

いろんな発見をしたり、考えたりして、コレだな、と思ってから進む。

だから動きとしては省エネなのよ。


ま、筋肉はつきにくいタイプよね、無駄に動かないんだもん(笑)

私は常に無駄に走り回ってるからね。

でもスイッチ切れたら全然動けなくなるけどね(笑)


こんなふうに、もうね全然違うわけ。

大切に思っていることがそもそも違う。

で、夫が大切に思うことの視点が私には全然なくって、でもそれがとても魅力的に感じたのよ、自分にはないものだから。

ないものを手に入れるのって元々大好き。

欲しいと思ったら即行動な私は、気づくと困るたびに夫に聞くようになった。

あなただったらどう考えるの?

自分にはない考えが聞けることにいつもワクワク。

で、聞くたびに

「どこでその考えを手に入れられるの?」

なんて聞いてたよね。


ゲームで例えたら

「そのアイテムがそこにあるってどうしてわかったの?」

みたいな感じよね。


きっと私はホントは道ゆく間にあっただろうに、意識せずに走り去ってきちゃってたのよね。

視点がなかったし、興味も広がってなかった。

夫はきっとそういうのに気づいて考えを深めていくことを繰り返しやってきてる人なんだよね。


私が本でやっと得た知識、夫は知ってることが多かった。

「何でわかるの?」

と聞くと、本には書いてなかったその考えに至る過程を教えてくれたりした。

マジすげぇ!!って心から尊敬した。

宇宙人と感じるわけだ。

住んでる世界が違った。


今までは夫を言わなきゃ動かない人、その場に合わせて動けない人、自己主張のない人認定をしていた私が、神認定に昇格ーー!!


違うってスゲェ!!!


これがね、多分今の発達凸凹な子どもたちの子育てのベースになってる。


多分ね、それまでの私は

「ひたすら学校などに適応し、世の中の考えに沿ってきた私は常識人なのよ」

という意識がどこかにあって、たくさん失敗したし、社会経験も積んでるんだから、私の思うこと、言うことはそこまで間違ってないでしょって思ってたんじゃないかな。

ま、そういう教育だったとも思うしね。

日本って、目上の人の話をよく聞いて、言う通りに動けて、よく学び、努力ができて、しかも協調性があって和を乱さない、みたいな人を量産するような教育でしょ。

上に立つ人も、それに疑問を持たずに同じような人間に育てようとしてる。

ま、それはそこに染まりすぎた私もそうで。

枠にハマらないとハメようとしちゃうし、それがフツーで、社会に出るってそういう枠にハマった動きができることだ、みたいに教育しちゃう。


夫はそんな世の中を斜に構えてみてる人で、絶対に染まってやるもんか、みたいな生き方をしてきてると思う。

でも職場ではわきまえて、必要とされる動きをしてくる。

それがめっちゃ疲れるのだそう。


私?

私は疲れるって言うよりもそういうもんだって思ってきてるから、全然意識なかったんだよね。

でも無意識のところでは溜まっていて、爆発しちゃうことがよくある。

合わせきれない自分が悲鳴を上げてたの、知らなかったなぁー。


夫と話すと、私って身の丈知らずだったんだなーってわかった。

夫は身の丈で省エネで動いていて、省エネだから余裕が常にあって、いざというときはなんとかできる。

私は常にやっつけ。

でも動くことは全然しんどくなくて、やること決まっててどんどん動いて結果が出せる毎日に喜びを感じちゃうようなタイプ。


違う、全然違うよ。

同じ方向を向いてたって、動きが違うの当たり前じゃんね。

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お互いの理解に必要だったこと

お互いの理解に必要だったことって、ズバリ言葉

感覚が違いすぎるんだもの、言葉でやりとりするしか理解の道はなかった。

察するとかお互いに見当違いすぎてね。

夫も私の行動が全然理解できてなかったみたいだしね。


例えば、夫にギャースカあたっちゃうとき、この心理は

「私、もうキャパオーバー!助けて!」

な訳なのよ。

でも夫はキャパオーバーになるまで動くことってないわけ、基本的に。

できる範囲で動くし、やれないことはそもそもやらない人だから。

だから、まぁギャースカ言われたら責められてるように感じるよね。

ま、私もそう捉えちゃうしね。


でも私、自分で自分のことを理解して、あ、そういうことなんだ私ってと思ったから、夫に伝えたの。

「私ね、自分のキャパわからず目の前のことをこなすことにしか考えが及ばなくてね、気づくとキャパオーバーしてて、そういうときはイライラしてたり、夫の協力が足りないとかいってほざくらしいのよ。

 でも夫を責めてるつもりはなくて、いや、責めてるような言葉が出ちゃってるだけで、心の中は助けて!ってことなの。

 ギャースカはスルーしていいから、そういうときは家事とかやれることやってほしい。

 感情コントロールきかなくてすんまそん。」

と伝えたのね。

そしたら、夫、そういうことか!と納得したらしく、スルーもうまいし、感情的な私に必要以上取り合わなくなったし、お風呂とかでさりげなく「なんかあったの?」って聞いてくれるし、取扱いは神領域!!


で、私も自分がイライラしたり、感情のコントロールが効かないときはキャパオーバーなんだってわかったから、イライラしたら自分のやってることを見直すようになったんだよね。

イライラの原因を周りに探さないって大事ね。

何でそんなこと、今まで分からなかったんだろう。


私のベクトルが私に向いたら、何だかいい感じ。

今までは、夫に

「何でこんなタイミングでそんな変なウソつくようなこと言うの!?」

と思ってたことでさえ、ああ、ゆるめろよってタイミングねってわかるようになった。


こういうのが相互理解ってことなのかなーってなんとなく。

自分の価値観だけで勝手に相手を判断しない…言葉にしたら当たり前のようだけど、実践するって結構難しいよ。

でもわかったら楽しい。

なんかさ、大人になったら生産主義を少しゆるめて、深める…みたいなことを楽しむ時間も持てたらいいよね。

なんかそう思ったよ。

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めくるめく夜の楽しみは?

朝の会話のその後が気になる方、いたりする?(笑)

会話ってそのときのときめきを楽しむものでもあるってわかったから、あとは成り行き任せにしてるんだけど、昨夜はねぇ…



次男が夜、不安になって

「朝まで一緒にいて!

 いつも途中でいなくなるの、知ってるんだから!!」

ってラブコールがあったから、次男と朝まで寝てました。

残念!!

今晩はお酒でも飲みながらまったりムフフで盛り上げたいと思います(笑)










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