見出し画像

【心のバランス】家族との距離感と夫婦の関係性

私「例えば父と息子のイメージがキャッチボールをしている図が、なんとなく父と息子の理想的な家族像と思っている人を想像してね。

 で、自分には父親がいなかったりいても叶わなかったりした場合に、自分の息子とはどうしたいと思うようになるか、なんだけど。

 自分が叶えられなかった想いを息子ができたら叶えたいって思う人もいるでしょ?

 結構想いが強いとプロになる夢を託すとかあるじゃない?

 子どもの意志を無視して押し付けるのはやり過ぎだとしても、自分が叶えられなかったことを叶えたくなるってあると思うのよ。

 私だと『もっと子どもの気持ちを理解してあげたい、自分が理解されなかったから』っていう想いは強いしね。

 でさ、そう考える人がいる一方で、例えばキャッチボールをしてみたいって気持ちはあるかもしれないけれど、それよりもそこに持っていくまでの過程とか、それを楽しむイメージとかがわかなくて、実際には行動できなかったり実現しない場合もあると思うの。

 夫ちゃんなんかもそうだと思うんだけど、相手がグイグイくるなら対応できても、相手も自分から来ないタイプの場合、どう距離を詰めていくとか、どう関係を作っていくかとか、難しいって思わない?

 私はさ、父からよくプロレス技かけられて育ったからさ、息子たちとプロレスするの訳ないのよ。

 体張って遊ぶの、自然にできちゃう。

 イメージできるもんね、こんな感じで遊んだなーって。

 自分のイメージややれることの枠から出て、ドキドキするけど息子たちと何かやってみようってのはさ、結構勇気がいるんだろうね。」


夫「まぁね、イメージないし、勇気はいるよね。

 実際にどうしたらいいかってわからないしね。」


私「夫ちゃんはお父さんがもう小学生のときにはいなかったし、高学年になる前にお母さんには心を許せなくなって、距離置いたって言ってたもんね。

 距離置いて関係が悪化しないようにやり過ごすスキルってめっちゃ持ってるって思うんだけどさ、程よい距離まで縮めるってきっと苦手だよね。

 だけどさ、私と最近近いじゃんね?

 どこかに一緒に出かけたいとか、一緒にいると楽しいとか、そういう感覚すごくあるでしょ?

 めっちゃ感じるもん。

 そういうのがさ、子どもたちに対してはあんまりないの?」


夫「なくはないと思うけど、よくわからないね。」


私「子どもたちと細く長くいい関係でいたいなぁ、家族キャンプだけはずっと楽しめたらいいなぁ、みたいな気持ちはない?」


夫「それはあるよ。

 それにみかんちゃんと一緒にいるのは楽しいし、そういう楽しい家族っていいなって思えてる。」


私「なんかさ、長男、今思春期入っていろいろ多感にもなってて、自分からは遠ざかっていくじゃんね?

 それはすごく自然な形ではあるんだけどさ、学校行ってなくて、社会との関わりも限定的な中だから、放っておくとかじゃなくて、絶妙な距離感ってあると思うの。

 もちろん親が関わってくると嫌なこと、ウザいこともたくさんあると思うんだけどさ、だからって親から時々でも距離縮めることがないと、このままどんどん広がっていく一方な気がしない?

 そう思うでしょ?

 なんかさ、心のつながりが感じられるような関わりってあると思ってて。

 父と息子のキャッチボールってさ、言葉は交わさなくてもボールのやりとりをしてることが、心のつながりを感じること…みたいなものってある気がしてね。

 なんかそういうの、あったらいいよね。」


夫「わかるけど。

 今のままじゃダメって言われているようで自信なくすよ。

 社会人になってから、オレはどこかでやっぱり何とかやっていかないとっていう緊張感を持っててね。

 子どもとのことはオレなりに考えて、できることはやってきてるつもりなんだけど。」


私「ごめん、そっか。

 なんかいつもクールに決めてるからわからなかったけど、私とおんなじだったんだ。

 なんかちょっとホッとした。

 別にね、なんかしなくていいと思うのよ。

 うちの母も、ここって局面で父を子どもと話しさせるように算段してたことがあったのね。

 父もそういうの苦手だったから。

 でも父の言葉って当たり前だけど母のとは違うのよ。

 同じことを言ってたとしても、伝わり方が全然違うの。

 その姿を見て、ああ、この人ってこういう人なんだなって、言葉をこんなふうに選ぶ人なんだなって、子どもなりに感じることって多かったんだ。

 それがさ、父が出てくる場面はいつも怒られるとき、とかだと良くないよね、父=怒る人で、父が来たら怒られるってなるじゃん?

 なんかね、言うことを聞かせるために話をする人=親じゃないよね。

 私が父に感じたように、『親のあり方』を感じるための時間でいいと思ってるの。

 私は父の話し方や言葉の選び方って好きだった。

 話をしなかったら、どんな人間なんだろう?って不安ばかりになるけど、時々でも話しにきていたらさ、こんな父親なんだっていうのは伝わるじゃない?

 うん、すごく伝わるの。

 だからね、結果は求めずにただ話を時々してほしいの。

 内容は何でもいいから、つながっている心強さや自分のことを考えてくれる安心感、父親って人間を感じる時間を子どもを最低でも作ってほしいんだよね。」


夫「なんかそれはわかる気がする。」

話したあと、夫が子どもに話しかける言葉が変わった。

なんか感じたのかな。

いつもは諭してもらう側の私だけど、時々はこんなふうに自分の思いを語ってみたりする。


夫と息子の距離感

今朝、夫と長男の距離感が気になって、いろいろ話してみたの。

押し付けがましく話しちゃったのは自覚ある。

でも何でもソツなくこなしているように見える夫も私と同じように不安も緊張感もあったことが、会話の中で感じられてホッとして。

だよね、そうだよね。

私にないもの、夫はいっぱい持ってて、最近は頼ってばかりいたけど、夫は「距離を縮める」って苦手だよね。

私が「距離を置く」を苦手なように。


思春期に入ると、母親よりも父親が大切になってくる、それは長男と接していて感じてた。

考え方がグンと大人になってきて、理論的に物を話す感じは私よりも夫と話す方がきっと深まっていくんじゃないか、そう思えるときがあった。

今の長男は、そういう話を夫にできないし、そういう距離感がない感じがして、ちょっともったいないと思ったのよね。

必要な話はしてるみたいだけどさ、必要最低限というか。

家族はずっと続くものだから、近づきすぎて悪化しちゃうのも良くないけど、なんとなく近くならないで他人行儀でも残念な気がする。

いや、それでも社会に出て自分で世界をどんどん広げられたり、自分に合った人間と仲良くしていく形を取るなら全然いいんだけど、そもそも人との関わりが苦手で怖くて…な、長男でしょう?

ガツガツ関わらなくても、その人と暮らす安心感みたいなもの、あるといいよなぁと思うわけ。

私の勝手な想いなんだけどさ。

画像2


夫について考えてみる

夫は出会った頃から夫らしさがあんまり見えない人で。

時々私が夫を知りたくてグイッとこじ開けちゃうところがあったんだけど、それにも付き合ってくれて。

めちゃくちゃいい人だった。

あんまり人からそんなに距離を詰められたことがないみたいだった。

でも私のソレはあんまり嫌な感じじゃないらしい。←だから付き合ったんだと思うけど


良かったと思って、気になることがあるとグイグイ近寄ったの。

14年。

かなり縮まったと思う。

夫からデートに誘ってくれるようになるなんて思わなかったし、好きな洋服買ってあげるよって言ってくれる人だとは思ってなかった。

一緒にいて楽しい人、ワクワクする人、安心できる人、お互いにそう思える関係にやっとなってきたと思うのね。


多分カップルや夫婦でも最初から結構近い関係ってあると思う。

人それぞれ距離感ってあるからね。

でも近すぎるとそれはそれで難しいでしょ。

近いとぶつけ合っちゃうから。

物理的に距離を置くことでうまくいったりね。

我が家は私が近くて、夫は遠くて、それで最初はバランスが取れてて、ゆっくりゆっくり2人にとって居心地のいい距離感を模索してきたんだと思ってる。


私と長男も8年かかったからね、多分ものすごーーく慎重な気質があるんだろうなって思ったのよ。

そんなとこ、長男と夫は似てる。

だからこそ、この2人の関係って難しいなぁと思う。


なんかね、専門的なことはわからないんだけどさ、親子の関係をとても居心地のよいものにできたら、子どもはその感覚で人とも関わったり関係を持ったりすると思うのね。

自分にとって居心地のよい人との距離感を知っているからね。

無意識にいいなって思える距離感でやっていけるというか。


夫は距離が近い感覚がどんな感じか、近くて居心地がいいって感覚を知らなかったから、人に近づくのが怖い人だったと思う。

私は親との距離が近すぎて苦しくて、自分でそこに距離を置くって感覚を知らなかったから、夫の距離に戸惑いながらも少し遠い感じがホッとして。


お互いにちょっと未知なる距離感だけど、なんか良さそうかもっていう期待も込めて結婚した、そんな気がするのね。

だから多分、親との関係が程よくて居心地いいって人同士が結婚して、程よい感じが最初からある、というのとは全然違ってて、まずは関係をどの距離感で作っていくのかの模索から始まってるの。


夫との距離って私にとって程よいの。

私は実は近いのがダメってわかった。

親といて、近いのが当たり前だって思っちゃってたのが自覚できて楽になったんだ。

私は人との距離が遠い方がいい(多分、今は)。

この人とは感覚が合うな、近い価値観や考え方で話ができるなって人とは少し踏み込んでも楽しそうって思うけど、縮めてこられたら不安に思う。


人との関わりで安心を感じられる、アレコレ考えなくてもいられる、そういう関係を親と築けるってスゴイことよね、なかなかないよね。

でもその感覚が社会に出た時にも大切になるような気がする。

私はもっと距離を縮めないといけないってなんか気負いすぎて、社会では失敗することが多くて。

夫は多分、社会で必要な距離感はドンピシャだったと思うけど、安心できる居場所みたいなのには飢えてたと思うよね。


ま、親とうまくいくってなかなか難しい気はするけどね。

というのは親には親の役割があって、完全にひとりの人間同士で関わるってできない部分もあるじゃないね?

親はどこまでいっても親な部分は残る気がする…でもできるのかな、親ともひとりの人間として付き合うってのは。

うちの親とは4割そうなれていても6割はやっぱり今でも親だしなぁ。


私は息子たちと6割くらいはひとりの人間として付き合えたらいいな、居心地のいい関係を築けたらいいなって思ってる。

それくらいのゆるさがいいよね。

残りは社会で見つけてほしいし、つくってほしいし、広げてほしい気がする。


そんな日曜日の朝の「ふたりごと」から始まった「独り言」でした。

画像2








サポートのお気持ちがとっても励みになります😊✨その幸せの気持ちを他のたくさんの方へつなげていきたいと思います🎶