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大根の笑顔。

地元の中学校へ教育実習に行った時の話。
その時の男子生徒にお礼を言いたい。

私は小学校一種免許と中学校二種免許を取得した。
しかし一度も教壇には立っていないし、免許更新もしていないので、
旧姓のままの教員免許状がある。
教員採用試験も当時受けたが、教員にはならなかった。
理由は色々とあるが、この思い出も理由のひとつかもしれない。

母校の中学校での教育実習は秋だった。
確か10月中の2週間。
地元の中学校は、私が学んだ校舎は取り壊され、移転されていた。

田舎の中学生は、とっても素直で可愛かった。
人懐っこいし、私が地元出身なのも皆知っていたせいか、
「先生のうち、どこ?」
と普通に聞いてくるような真っ直ぐな子供達だった。
幼い頃遊んだ近所の子が中学生になっていて驚いた。

秋の行事の一つに、写生大会があった。
天気の良い秋晴れの日に、1日かけて好きな場所へ中学から歩いて行って、夕方までに絵を完成させるという行事だった。
確か、全校生徒で行った。
私も中学生の時に神社を描いた記憶がある。
特定のエリアがあったが、生徒は自分の描きたい風景を好きな場所を選んで描いていた。

駅、線路、校舎、田んぼ、畑、神社、山。

描くものがたくさんある中で、生徒は半分遠足気分で好きな場所を陣取っていた。

私は先生方とチームを組み、巡回をした。
素晴らしい秋晴れで、山々の紅葉、刈り取られた稲、たくさんのトンボたちに、教育実習をしていることを忘れてしまうほどだった。

お弁当を食べ終えて、巡回をしていた後半での出来事だった。

男子生徒の集団が、畑の作物を描いていた。
地元は雪国なので、大根や白菜を沢山作り雪が降る前に収穫する。
それを冬支度の一つとして、自宅近くの畑などに藁で囲って保存し、冬の食料としている。
大根は収穫間近のようで、立派な葉を繁らせていた。

ある男子生徒が、

「先生!見て!」

と私に声をかけた。

生徒が指差す方向を見ると、なんと、畑の立派な大根に1本ずつ
顔が描かれているではないか!
畑の土から出ている白い首の部分に、青い絵の具で。
それも全て、笑っている。
その畑の一列全てに、青い絵具で描かれた笑っている大根が並んでいるのだ!

ニコニコの大根たち。
全てが、こちらを見ている。
私を見ている。
笑って見ているのだ。

私は、笑いが止まらなかった。
ツボにハマって抜けられないほど笑った。
声をかけてきた男子生徒は嬉しそうだった。

そこに巡回中の先生がやってきた。
生徒は、

「やばい!怒られる」

というのと同時ぐらいに、

「何やってるんだ!早く消せ!」

と、すごい剣幕で先生から注意された。
先生の表情は怖いまま、私のように笑うことは一つもせずに、
生徒をじっと見つめ、早く元に戻せと。
男子生徒は、

「はーい」

少し勿体なさげに持ってきたハンカチを水で濡らして拭いていた。

そうだよね、笑ってはいけなかったよね。
大根たちは、畑の持ち主がこれから食べるもの。
丹生込めて作った大根だもん。
それに絵の具で落書きしちゃ、いけないよね。
他人の持ち物に落書きはまずいよね。

でも私、注意できなかった。
注意する頭がなかった。
先生が怒っている意味が、最初わからなかった程だった。
私、教育実習生だけど、先生なんだから注意しなきゃいけない立場だったんだ。

だけど、私、嬉しかった。
その男子生徒は、私に対してウェルカムな気持ちだったんだと思う。
教育実習生の私を、楽しませたかったんじゃないかな。
そうじゃなきゃ、「先生、見て!」って言わないでしょ。
他の先生には怒られるのを分かってて、大根に顔を描いたんでしょ。
それも全部ニコニコ笑顔。
私、本当に、面白すぎて、今でも思い出し笑いができるもん。

一緒に巡回した先生は、私が生徒に注意しなかったことには何も触れなかった。
次の見回りへ行くだけだった。

私は、あの時の男子生徒の笑顔と、大根たちの笑顔が忘れられない。
生徒はただ、落書きがしたかっただけなのかもしれない。
私のことを先生という立場で見てくれていなかったのも理解できる。
でも、私に見せたってことは、私に笑って欲しかったんだと思う。
そして私は見事に笑った。
それで生徒は満足そうだった。
一緒に笑ったのはほんのひとときだったけど、
こういう優しい生徒が沢山この田舎で育つといいなって思った。
大根の持ち主には申し訳なかったけれど、
私はあの時とても嬉しかったのだ。
生徒の純粋な気持ちを、真っ直ぐ受け取ってしまったのだ。

だからあの時、注意できなかったし、注意することも思いつかなかった。

私が教師になったら、こういう複雑な気持ちを自分で整理していかなければならないかもしれない、と思った。
心から注意することができないかも、って思った。
心から注意できなければ、響かないだろうなって。
私は、教師には向いていないかもなぁって。
自信ないなって思った。

男子生徒へ

あの時は先生に怒られちゃったけど、
私は嬉しかったよ。
私も怒られた気分だったよ。
先生の卵の立場をすっかり忘れてたよ。
男子生徒くんの味方が出来なくてごめん。
弁護できたら良かったけど、
立場上、私、先生側だったから
他人んちの大根に勝手に落書きしちゃ
やっぱりダメだよね。それはダメだ。
でも分かってて描いたんでしょ?
ダメって分かってて描いたんでしょ?
ありがとうね。
私を笑わせてくれて。

おかげで、私が学校での教師向きじゃないって
自分でもやもやが晴れたんだよ。
男子生徒くんみたいな気持ちを
大切にできる大人になろうって思ったんだ。
ダメなものはダメなんだけど、
それをはっきり伝えることは大切なんだけど、
その裏側にある見えないこととか、
大切にできたらなって思ったんだ。

それに気づかせてくれたんだ、
あの青い絵具の大根たちのニコニコで。
私には教師になって、その相対することを両立させることが
自分には自信がないなって気づいたんだ。

当時のあの男子生徒が、
今でも真っ直ぐで幸せであって欲しいと願うばかりだ。


最後までお付き合いいただきありがとうございました。

















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