100人いたら100とおり。頑張らないことを頑張る。
美帆です。
お読みいただきありがとうございます。
マレーシアで3人の子育てをしながら働いています。
長男16歳はADHD。
長女15歳は、「きょうだい児」の典型しっかりもの。
次男5歳は日本での発達診断「要経過観察」。
マレーシアのインターナショナルスクールに通わせながら、日本との違い、そこで考えたことを書いています。
今日は
「全ての人に合う場所」なんて無い
「頑張らない」ことを頑張る
そんなお話です。
人によって合う場所は違う
次男が熱を出しました。
そういう時、私はマッサージをします。
私の特技は「マッサージ」です。
普段もマッサージをしていますが、具合が悪い時はより時間をかけます。
普段と違うのは、「疲れを取る」ことを主眼として、眠りにつけるよう弱めに長時間やるということ。
今回は夜8時から明け方4時くらいまで、30分おきに辛くて起きる次男にずっとマッサージしていました。
そのおかげか、熱は1日で微熱程度に。
マッサージは教科書どおりに行かないことがほとんどです。
だって、人は100人いれば100とおりだから。
家族へマッサージすると、彼らは家族だから、遠慮なく意見を言ってくれます。
だから、私がやっていることのフィードバックを得やすいです。
それから感じるのですが、例えば「熱を出した」
という、同じような症状の時でも、その度毎に、
そして、人によって
「どこが気持ち良いか」
が全然違います。
長男は、大抵ふくらはぎです。
長女は背中を痛がることが多いです。
夫は首と足。
次男は、今回肩でした。
ひたすら腕を揉み続けました。
全然違うんです。
長年やってきたので、触るとだいたいわかります。
わかりますが、そこで大事なことは「思い込み」を無くすこと。
「風邪だから気管支かな」と気管支の反射区をマッサージをしても、心地よいかどうかは本当に子どもによるんです。
触ってマッサージをして、注意深く観察しながら、子どもが「うっとり目を閉じる」ところを探し続けます。
人によっては違う、ということ。
これは、身体のマッサージだけの話ではありません。
長男は、日本の一部の学校が合わず、マレーシアの、とあるインターナショナル校が合っていました。
だからといって、「万人に合う」とは私は思っていません。
とても評判の良い学校だからといって、我が子に合うというのは「思い込み」です。
長女には、もしかしたら合ってないかも。
それに、長男も「もっと合う」ところがあるかも。
次男は今、こちらのナーサリーに通っています。
ゆるいし、お勉強もあまり無い(こちらのナーサリーはお勉強があるところが多いです)し、運動も無いし、午後はほぼお昼寝タイムです。
かと言って「モンテッソーリ」などでもなく、ちょっと中途半端な感じ。
彼は楽しんで通っていますが、他の子に合うかどうかはわかりません。
もっとたくさんお勉強するところが合うかもしれないし、運動が多くて外遊び充実してるところが合うかもしれない。
次男も、もっと楽しめるところがあるかもしれません。
だから、全ての人に「マレーシアのインターナショナルスクールに行けば、解決しますよ!」と言いたいわけでは無いんです。
「探し続ける」ことを選択するのかどうか
なんとなく違う。
もうちょっといいところがあるかも。
こう考えるのは、ヘアサロンをジプシーのように探し続けることに似ているなぁ、と思います。
人気のあるスタイリストさんでも、自分には合ってないかも。
そう思うこと、ないですか?
でも、探し続けないこともありますよね。
マッサージと違うのは
「探し続ける」ことを選択するのかどうか、かな、と私は思っています。
私は「探し続けない」ことを選びました。
だって「もっといいところ」を探し続けることは、私にも子どもにも、とっても負担だから。
スタイリストさんで言えば
「今、何か不満があってもそれは自分の髪質のせいじゃなくて、単にセンスがお互い違うから。でもまぁ、これでもOKだし」
で良しとしました。
探し続けるのは面倒なんです。
そこに時間と労力をかけるのは疲れてしまう。
学校もそう。
まぁ、我慢できる範囲なら
「多少トラブルがあっても、学校変える時の面倒臭さや対人関係1から作り直す子どもの手間を考えたら、まぁいいか」
そう考えるようになりました。
子どもの意見も聞きますが。
「子どもの為に、すべてを犠牲にする」
なんて、無理なんです。
インターナショナルスクールは、入学金が結構バカにならない金額かかります。
そんなに頻繁に変えるのは、私たちには無理。そもそも出せません。
そう言い切るようになりました。
そもそも、今日本にいたら、海外のインターナショナルスクールに行くのはなかなか思い切った決断になります。
しかも合うかどうかもわからない。
それに際限なくお金を注ぎ込めるわけでは無いんです。
「親なら子どものために全てを犠牲にして当たり前」?
これは、長男が日本の幼稚園に行っていた頃、同じクラスの保護者の方に言われたセリフです。
発表会前、子どもの衣装作りの打ち合わせでした。
「私、縫い物苦手で…他のことを頑張るので、誰かお手伝いしてもらえませんか?」
そう言う意見に対し
この「親なら…」が続きました。
正論というか、「親なら子どものために!」という意見には反論しにくくて、皆、シーンとしてしまいました。
私は縫い物得意なので、後からそういった方の分までこっそり作ってお渡ししましたが、その場では反論することができず…
でも、マレーシアに来ると、結構皆ハッキリ言う人が多いんです。
先日、次男のナーサリーの帰りにお話したマケドニア出身のママ。
「今のナーサリーに不満はあるし、変えたいなぁと思うけど、夫は駐在で来てるし。
いつ別の国に行くかもわかんないのに、入学金が惜しいから変えないわ」
ナーサリーはインターナショナルスクールとは違い、それほど高額の入学金ではありません(我が家にとっては高額だけど)。
でも、ハッキリ「惜しい」って言っちゃうんです。
そこに「子どもより経済的な面を優先させることの罪悪感」は微塵もありません。
これは、お金の話をしない日本とそうじゃない他の国、という側面もありますが。
それで良いんです。
「今いるところが合わないだけで、合うところはきっとある」
「私(我が子)が悪いんじゃない」
「いつか見つかるかもしれないから、そんなに深刻に考えることは無い」
私はまずはそう思ってみることを勧めています。
お仕事のオンラインキャリアコンサルで今いるお仕事を辞めるかどうか迷っている方にも、こう勧めました。
これだけで、ストレスは本当に減ります。
まず、ストレスを減らす。
ストレス過多の時の決断は、大抵良いものになりません。
もっと頑張らなきゃ!
とストレスに感じているのであれば、その考えを手放せるよう、
ストレスを減らすことを頑張る、
頑張らないことを頑張って。
そう声をかけられる人になりたいです。
私は今回、次男のマッサージを8時間ほぼぶっ続けでやりました。
でも、やれなくても良いんです。
皆が皆、我が子が具合悪い時に8時間マッサージ出来るわけじゃない。私はマッサージが得意なだけ。
その代わり、別のことが出来てませんから。
ここまで読んでくださりありがとうございます。