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天才たちの共通点

紅葉が美しい季節になりました。
散歩に出かけると、色とりどりの葉っぱに目を奪われて、そのたびに立ち止まるのでちっとも前に進みません。


秋は、あちこちの美術館や博物館で魅力的な展覧会がひらかれる季節でもあります。
先日、上野にある東京国立博物館に行きました。素敵なミュージアムショップがあるのですが、そこで異色の本に出会ったんです。

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作家の二宮敦人さんが書いた『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』(新潮文庫)というノンフィクションです。


二宮さんは、奥さまが藝大生であることから、藝大の「謎」と「秘密」に興味を抱いたそうです。この本は音楽学部と美術学部、それぞれの学科生にインタビューをして書かれているのですが、藝大生たちの発想や行動がとにかく個性的で、惹きつけられます。


たとえば美術学部工芸科で、漆芸(しつげい)を学んでいる大崎さんの言葉。


「漆(うるし)は、あの質感がいいですよね……宇宙の果てから生まれてきたみたいな」

漆塗りの器が「宇宙の果てから生まれてきたみたい」なんて、私は考えたこともありませんでした。


ほかにも、口笛の世界チャンピオンや、気の遠くなるような手間をかけてからくり人形を作り続ける青年など、魅力的な人たちが次々に登場します。

興味の方向性も、音楽や美術をはじめたきっかけもみんなバラバラなのですが、読み進めるうちに、ぼんやりした共通点みたいなものがあることに気づきました。

「(モノづくりは)人生そのもの、ですかね」「他にやりたいこともないっていうか」(鍛金専攻の山田さん)
「離れられないんです」「人間って、美術から逃れられないものなのかもしれません」「課題とか何もなしに家にいても、やることなくて……結局、何か作りたくなるんです」(彫金専攻の岩上さん)
「どういうわけか離れられないんです。美術は、好きかどうかはわからないんですけれど、腐れ縁的な存在ですね……」(鋳金専攻の城山さん)

「離れられない」「腐れ縁」なんて、ちょっと意外な言葉が並んでいます。


この本を読むまで、藝大に合格するような才能をもつ人たちは、音楽や美術が「好きで、好きで、たまらない!」とハイテンションな情熱をほとばしらせているものだとばかり思っていました。


もちろん、この本に登場する藝大生たちは、音楽を演奏し、アートを創り出すことに膨大な時間と労力を捧げています。一方で、音楽や美術とめぐり会ったことに対し、どこか呆然として、途方に暮れているようにも思えるのです。


自分にとってあまりにも大きく、かけがえのない対象に出会ったとき、人は最初からその全貌を知ることはできなくて、「好き」なんて簡単には口にできないのかもしれません。


そして「自分はこれから、決して頂上に到達できないことがわかっている山を、生涯をかけて登っていくんだ」と静かに覚悟を決め、その孤独を引き受ける人が天才と呼ばれるのかな、なんてことを思いました。

「制作した作品には、凄く愛着がわきますね。自分より大事なもののように思えたり。自分と世界の接点ですし、自分の分身でもある。でも、完成した瞬間にそれは他者になっていて、もう分かり合えない部分が生まれちゃうんですよね。だからまた、新しく考える……」(音楽環境創造科の黒川さん)

芸術って、どこか遠い世界のすごい人たちが生み出しているもの……という感覚があったのですが、この本を読んで、ぐっと親しみを感じるようになりました。


美術館やコンサートホールに足を運ぶ前に読むと、作品の見方、聴き方が変わるかもしれません。

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