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ブリヂストン美術館(現・アーティゾン美術館)は、のび太くんの机の引き出しだった

昔、教育テレビ「みんなのうた」で、「メトロポリタン美術館」という曲が流れていました。

夜の美術館で不思議な時間旅行を楽しみ、最後は絵の中に閉じ込められてしまうというミステリアスな歌詞なのですが、子どものころから、この曲が大好きでした。

美術館という場所の魅力と、展覧会を訪れるときの高揚感を、あの曲は端的に、見事に表現していると思います。

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メトロポリタン美術館を聴いて育った私が、本物の美術館を好きになったのは、京橋にあったブリヂストン美術館がきっかけでした。

ここでモネの「睡蓮」や「黄昏、ヴェネツィア」を見て、静止した二次元のカンヴァスに、光の揺らぎを閉じ込めようとした画家の感性に圧倒されたのです。

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いつか聴いた歌の通り、美術館は絵画を通じてタイムトラベルに出かけ、画家と対話できる場所なのだと思いました。

以来、いろいろな展覧会に足を運ぶようになりましたが、気がつくといつも、ブリヂストン美術館に戻ってきてしまいます。

美術館の構造のおかげなのか、コレクションの傾向によるものなのか、理由はよくわからないのですが、絵を通じて画家に出会うということが、ここではとても自然にできるようです。

もちろん、素晴らしい美術館はほかにもたくさんあるのですが、ブリヂストン美術館は私にとって、「のび太くんの机の引き出し」、タイムトラベルの装置みたいな場所だったのです。

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2015年、ブリヂストン美術館がリニューアルのため長期休館に入ったとき、しばらく行けなくて寂しいとか、リニューアルオープンが楽しみという感情よりもまず先に、私はとても焦りました。

のび太くんが机の引き出しを開けたら、ふつうにノートと鉛筆が入っていて、タイムマシンが消えていたのと同じくらい、危機的な状況。

ブリヂストン美術館で時間旅行をして画家たちに会う時間は、私にとって貴重なリフレッシュとエネルギーチャージのひとときでした。

工事の間は何とか我慢するとして、もう一度開館したとき、もうタイムマシンが使えなくなっていたら、私はどうやって画家に会いに行けばいいのでしょうか?

メトロポリタン美術館…は、日常的に通うには、あまりに遠すぎます。

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ブリヂストン美術館は「アーティゾン美術館」と改称し、2020年7月にオープンしました。

開館したことは知っていましたが、タイムトラベル機能が失われていたらどうしよう…と思うと、なかなか訪れる勇気が出ませんでした。

でも、11月に始まった展覧会のテーマを見て、天を仰ぎました。

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「琳派と印象派 東西都市文化が生んだ美術」。

私は、最初に絵を観る楽しみを教えてくれた印象派と同じくらい、琳派の絵画が好きなのです。

インターネットから日時予約をして、とても久しぶりに京橋を訪れました。

ブリヂストン美術館があった場所は、モダンなビルに生まれ変わっていて、かつての面影はありません。

中へ入ると、美術館の新しい常識になった検温と消毒、QRコードのスキャンを経て、会場へと誘導されます。

音声ガイドの貸し出しはなく、自分のスマホに専用アプリをダウンロードして館内Wi-Fiに接続すると、無料で解説を聴いたり、読んだりできる仕組みになっています。これは便利。

(この機能を利用するとスマホの充電があっという間になくなるので、予備バッテリーを用意するのがおすすめです)

展覧会では、おもにアーティゾン美術館所蔵の作品について、撮影も許されています。図録に掲載されていない、絵葉書の販売もない常設展の作品なども、手元に置いて後から見返すことができるので、これはとても嬉しい変化です。

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酒井抱一の「白蓮図」の前に立ったとき、私は心の底からほっとしました。

展示室の様子はがらりと変わったけれど、タイムマシンとしての機能がこの場所に残されていることを、ちゃんと確認できたからです。

その日、私は夜桜の下で鈴木其一とすれ違い、四季の草花を扇絵にする中村芳中の鼻歌を聴きました。

常設室では、ザオ・ウーキーの青い絵や、キリコの吟遊詩人や、クレーの羊飼いや、懐かしい作品と再会して、同窓会に来たみたいに嬉しくなってしまいました。

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旧知の絵たちも、新しい居場所を与えられて、何だか胸を張っているみたいです。

人に会うこと、遠くへ旅に出ることのハードルが上がっているこんな時期にも、好きな美術館をひとつ心にもっていると、人生が少し豊かに、ひろびろとするような気がするのです。

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1枚のチケットで、19世紀のパリと、江戸時代の日本、両方へ時間旅行ができるお得な展覧会は、2021年1月24日まで開かれています。

興味のある方は、ぜひ。








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