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小説「15歳の傷痕」-24

- 風のエオリア -

福崎先生の発言には、ビックリした。

「先生、それはマジですか?」

「ああ。出来ればお前に夏まで部長をしてもらいたいんよ」

俺は余りの先生の発言に驚いたが、やれと言われればやってもいいかなと、一瞬思った。
だがそうなると、副部長と会計にも、同時に夏のコンクールまで務めてもらわなきゃなくなる。

流石にそこまでは、最近関係が改善してきた副部長カップルにも頼めないし、ましてや2人とも俺とは絶縁中の会計には、余計に頼めない。

俺はかなり考えてから、先生に答えた。

「…大変光栄なお話、ありがとうございます。でも、一応規則で役員は入学式の日に改選するとなってますし、副部長や会計にも影響が及びますし、もう春で任意引退を決めてる同期は反発するでしょうし、やっぱり俺
は入学式までで部長職からは降ります」

「そうか…やっぱり難しいか。残念だが仕方ないな。でも上井、少しは部活に残ってくれるんじゃろ?」

「それはもちろんです。一部員として、夏のコンクールまで出たいと思ってます」

「それなら助かる。何かあった時、お前がいてくれたら安心じゃけぇの」

「もう、何もないことを願いたいですけどね!」

俺と福崎先生は2人して笑った。

「ミエハル先輩~。あっ、ここにいた。あ、先生も!みんな、楽器をトラックに積み込んだので、出発してもいいか、また誰が高校へ行くかの指示を待ってますよ」

1年の瀬戸がアチコチ俺を探してくれたみたいで、ハアハアと息を吐きながら教えてくれた。

「ゴメンゴメン、今行くよ」

「お願いします!」

「おっと、瀬戸さ、そこで『くるよ』とか返してくれにゃあ」

「プッ。何オヤジギャグ言ってるんですか、早く来てくださいね」

といって瀬戸は駆け出して行った。その後姿を見ながら、俺は先生に最後の提案をした。

「先生、最後に、去年は撮らなかったんですが、全員の集合写真を撮りたいと思ってるんです」

「おお、それはいいな」

「なのでトラック前に集まってる面々には直に伝えて、館内放送も借りてホールへ集まってもらって、写真担当をお願いしてた先輩に撮ってもらおうと思うんです」

「じゃあ俺はホールで待ってればいいか?」

「はい、お願いします!」

俺は駆け出して、まず2階で写真を撮ってくれていた卒業生の先輩に、全体写真を撮りたいのでお願いします、と頼み、その後事務室で館内放送機器を借り、部員はホールへ集まるようにと繰り返した。
その館内放送だけで、トラックの前にいたと思われる部員も集まってきたので、助かった。

ホールはザワザワしていたが、見た限りでは全員集まっているようだ。

「えー、皆さん!今日は朝からこんな時間まで、本当にお疲れさまでした!今から、2階におられる先輩に、みんなの集合写真を撮って頂きます!せんぱーい、カメラOKですか?」

2階の先輩は、大きく丸印をしてくれた。

「はい、じゃあ並んでね。全員写るようにしたいので、何列かに分かれたほうがいいかな?」

みんなワイワイキャッキャ言いながら、何とか4列に並んでくれた。

「せんぱーい!みんな入りますか?」

「ミエハル部長だけ入らん!」

ドッと笑いが起きた。半分、ワザと狙ってもいたのだが。

少し俺は真ん中よりに位置をずらした。

2階の先輩からは、OKのサインが出て、今から撮るよ~と言ってくれた。

パシャッ!

当然(?)のように、あーっ、目を瞑っとったとか、横向いてたとか、様々な反応がある。2階の先輩からはもう1枚撮るよ~と声が掛かった。

「3!2!1!」…パシャッ!

カウントダウンをして下さったというのに、やっぱり失敗じゃーとかザワザワする。まあこんなもんだろう。

「せんぱーい、ありがとうございました!」

と俺が大声を出したら、みんなもありがとうございましたーと続けて言ってくれた。

「先生、こんな感じですが…」

「ええんじゃないか?去年は撮ってなかったしな」

「ありがとうございます。あとトラックですが、先生は今日はマイカーで高校までお願いしていいですか?」

「ああ、いいよ」

「あとトラック部隊ですが、私は会場に最後までいた方がいいと思うので、4名ほど…いや、先生の車にも2人ほどお願いしていいですか?」

「もちろん」

「じゃあ、指名していきます」

俺はザワザワしてる部員に向かって、これから会場清掃チームと、高校へ戻って楽器を音楽室へ運ぶチームに分ける、と宣言した。

「皆さん、静粛にー!大変申し訳ないけど、高校へ先生の車かトラックに乗って行って、楽器を音楽室に運ぶチーム、6人ほどお願いしたいんよ!立候補おる?」

みんな顔を見合わせている。

「立候補がなければ、最後の部長権限で指名させてもらうよ~」

「指名とかいうんじゃったら、その前に俺、立候補するわ」

と声を上げたのは、なんと村山だった。

「村山?行ってくれる?」

「ああ、力仕事なら任せとけ。トラックに搬入した責任があるけぇ」

なんでもないちょっとした会話だったが、俺と村山が3ヶ月ぶりに会話した瞬間だった。

「じゃあ村山に頼むのと、あとは細かい部分で女子も2人ほど頼みたいんよ」

「じゃ、アタシ行こうか?」

と言ってくれたのは、広田さんと末田だった。

残りは1年の男子が、俺行きます、と次々手を挙げてくれたので、6人すぐに決まった。

「はい、じゃあこれで2つのチームに分かれるので、今日は解散です。明日、音楽室に運びこまれた楽器を正しい位置に戻してから定演の反省会をやるので、朝は9:00に音楽室に来てください。以上、お疲れさまでしたー!」

アチコチからお疲れ様でしたーと声が上がる。

俺はトラックと先生の車を見送ろうと会場の入り口に行った。広田さんからは、
「楽器を運ぶついでに、チャンスがあったら、ミエハルに謝れって、村山君に言っとくから、ね」
と言われたが、無理しないでいいよ、と答えておいた。

残る会場清掃チームは、会場に出した椅子の片付けと、控室の片付けを行った。

何か指示せねばと思ったが、大村が

「もう上井は座ってればええよ。あとは俺らが仕切るけぇ。部長じゃないと出来んことだけやっといて。会場への挨拶とかOBへの挨拶とか」

「ホンマに?悪いね…」

「いいのいいの、俺なりの償いだから」

「償い?意味深な…」

「…俺は上井と喋れるようになったけど、チカ…いや、神戸さんとも、色々話せるように戻ってほしいんだ。最近2人で帰ってても、お前の話題ばっかり出るしさ」

と大村は苦笑いしながら言った。

神戸千賀子も、俺のことを気にしているのだろうか。

そう思いつつ、会場の事務室の方に挨拶し、俺はさっき福崎先生と喋っていた自販機がある待合スペースのソファに、缶コーヒーをまた1本買ってから身を委ねた。

そこへ新たなお客さんがやって来た。

「ミエハル先輩!」

「あ、宮田さん。もう片付けとか、終わった?」

「はい。椅子は山中先輩と大田先輩が指示して一気に片付いたし、女子の方が多いから控室も女子の控室はもう綺麗だし。男子の控室は分かんないけど」

「そっか、ありがとうね。宮田さんには去年の夏からずーっと迷惑掛けっぱなしだったけぇ、いつかお礼を言わなくちゃと思っとったんよ」

「ううん、お礼を言うのはアタシの方です。だから先輩を探してたんです」

「え?なんで?」

「去年、アタシ以外の1年生が一気にいなくなってピンチになった時、ミエハル先輩がすぐにバリサクから打楽器へ移籍してくれたじゃないですか」

「ああ、あれはね。まさかあんな事態になるとはって思ったし、そんな事態は部長が責任を負わないと」

「あの時、ミエハル先輩が凄くカッコよく見えたんですよ♪」

「そんな、照れるじゃん」

すぐ顔が赤くなる俺は、多分この時も真っ赤な顔になっていただろう。

「先輩が夏休みに、汗だくになってティンパニーの練習してる姿も素敵だったし♪」

俺の鼓動が早くなる。ま、まさか告白?!

「だから…」

俺は固唾を飲んだ。だから…?

「コンクールまで打楽器でいて下さいね♬」

「あっ、そ、それはもちろん…」

まさかの告白ではなく、ホッとしたような残念だったような…

「でもミエハル先輩、広田先輩から聞いたんですけど、酷い目に遭い続けてたんですね」

「あ、そっちの話ね」

「村山先輩や若本ちゃんと喋らなくなったのはなんでだろ?と思って、広田先輩に聞いたんです。ミエハル先輩に口止めされとるけど…と言いながら、教えてくれました」

「そっかぁ。俺ってモテないじゃろ?自分でも嫌になるよ」

「いや、そんなことより、村山先輩がミエハル先輩に黙って若本ちゃんと付き合ってたことに、腹が立ちました。そりゃあミエハル先輩だって、2人とはもう話したくないって思いますよね」

「うん、まあね」

「でもミエハル先輩は、いっつもアタシ達の前では明るくて楽しくて優しくて。そんないい先輩を騙すようにして付き合うなんて、アタシも頭にきて、村山先輩が打楽器に助っ人に来たとき、蹴り入れようかと思いましたよ!」

「うわっ、そこまで?なんか宮田さん、後輩というよりは姐御って感じだな~。このことは何人かに話したけど、蹴ってやるまで言ってくれたのは宮田さんだけだよ」

「そうですか?でもそれぐらい私も怒りましたよ。きっとミエハル先輩の人柄を知ってれば、100%みんな怒りますよ」

「ありがとうね。じゃあそこまで俺のことを思ってくれたからには、打楽器でもうしばらく隠居の身として働かせてもらうよ」

「隠居って…。あっ、先輩は部長じゃなくなるんですね、もうすぐ」

「うん。入学式の演奏後に役員改選ってのが決まりだからね」

「寂しいな…。でも先輩の後を継ぐ人は大変ですよ。先輩は意中の後輩っていますか?」

「まあね、コイツに部長になってほしいなぁ…ってのは1人いるんじゃけど、立候補してくれるかどうか。立候補がなかったらまず話し合いで、話し合いでも決まらなかったら、部長による後継指名っていうのが決まりらしいから、どうなるやらね」

と、宮田さんと話し込んでいたら、アチコチから俺を探す声が聞こえてきた。

と言うことは、どのスペースも片付けが終わったということだろう。

「じゃあアネゴ、もうしばらくよろしくね」

「えーっ、アタシ、アネゴがあだ名になるんですか?」

「宮田さんはリーダーシップがあるよ。新しい1年生をグイグイ引っ張ってほしいな。確保済みの子も含めてね。だからアネゴと、敬意を表して呼ばせてもらうよ」

「うーん…」

宮田さんは悩んでいたが、満更でもなさそうだ。

「じゃあ一旦入り口に集まって、解散しようか。アネゴ、みんなに伝えてきてくれる?」

「はい、分かりました!」

駆け出す宮田さんの姿を見ると、本当に定演も終わったんだな、と思った。

無事に俺は3年生に進学出来、高校生活も残り1年になった。

今日は入学式、俺が部長として取り組む最後の演奏になる。
この後、役員改選が待っているが、どうなるやら…。

とりあえず演奏を無事に終え、今年は何人新入部員が来るかな?と考えながら楽器を片付け、ミーティング仕様に席を並べた。

「皆さん、お疲れ様!今から、役員の改選をしたいと思います。この1年、不甲斐ない部長で皆さんには迷惑掛けましたが、我こそはという立候補者はいますか!?」

……誰も立候補者はいなかった。

残念だが、俺がこの1年、部長ってのは大変だという姿ばかり見せてきたせいかもしれない。

「立候補、いない?」

再度問い掛けたが、誰も手を上げなかった。

「去年は選挙戦になったんだけどなぁ、おかしいなぁ」

なかなか新2年生には響かないようだ。立候補がない場合は、規則で、新2年生での話し合いになる。

「じゃあ残念ながら立候補者がいないので、規則に従って、まずは新2年生で話し合いをしてもらいます。なので3年生は、俺と副部長が立会人として同席しますが、その他の3年生は…話し合いの期限を決めようか。30分、校内の何処かで過ごして下さい、スイマセン。30分経ったら、戻ってきて下さい。その30分で話し合いで部長が決まらなかったら、最後の手段、俺が強硬指名することになってるんだけど、それはしたくないので、出来れば円満に話し合いで部長を決めてほしいな、なんて」

ということで、3年生はどこ行こうか〜と言いながら音楽室を出ていき、俺と大村、神戸という3人が最後列に座って、2年生の話し合いを見届けることになった。

「じゃあ今から30分、話し合って見て下さい。俺らは場が荒れないようにと、公平、公正に新部長が決まるのを確認するだけなので、何も喋りません。ではとりあえずスタート!」

最初はシーンとしていたが、まず瀬戸が声を上げ、それに釣られて次々と誰々がいい、という声が上がる。

俺は大村に話しかけた。

「去年とは大違いやね」

「ホンマに。俺も立候補して、結局上井に負けたけどさ、それくらいの意気込みがある後輩がいてほしかったよね」

「でも俺は、まさか大村、更には村山まで立候補するとは思ってなかったよ」

「俺はさ、なんとなーく上井が新部長じゃないか?って流れになってて、いやいや、そんなスムーズに決まったら面白くないじゃんと思って、立候補したんよ」

「そうなんじゃ?」

やっぱり直接話をしてみて分かる事もあるものだ。

「だから、部長選には落選したけど、落ちて当たり前と思ってたから。逆に副部長に指名されて、ビックリしたんよ」

「そう?でも所信表明演説なんかは、凄い準備してたような感じだったよ」

「いやいや、アドリブだよ。まあもし奇跡的に対立候補がいなくて部長になっちゃったら喋ろうと思ってたことはあったから、それを喋っただけで、アドリブみたいなもんだよ」

そんなことを話していたら、2年生の議論も活発になっていて、部長が決まりそうな感じだった。

出河が最後を締めていた。

「じゃあ新部長は、ユーフォの新村君で決定にします。先輩、新部長、決まりました!」

「早かったね。まだ10分ほどあるから…じゃあさ、副部長と会計も決めてよ」

「そうですよね、分かりました」

出河がリードする形で、新村を前に出し、副部長と会計を誰にするか話し合っていたが、副部長は俺が本当は部長になってほしかった瀬戸と出河に、会計は女子の橋本、そして打楽器のアネゴ、宮田さんになった。

「じゃあ、去年の慣例のごとく、各役職で引き継ぎをしますが、3年生もそろそろ戻ってきたかな?戻ってきたら、俺の最後の挨拶の後、新役員の紹介をして、今日は解散になります。明日、新1年生向けの部活紹介で俺が喋ったら、完全に世代交代になるので、みんな、頑張ってね」

3年生達が、ゾロゾロと音楽室に戻ってきた。ほぼ全員、同じ階にある図書室か進路相談室にいたみたいだ。

「えっと、3年生全員戻ったかな?」

戻っとるよーと山中の声が聞こえた。

「じゃあ、新役員の人、前に並んでください」

新村、瀬戸、出河、橋本、宮田の5人が並んだ。

「まず新部長は、ユーフォの新村君です」

拍手が起きると同時に、へーとか、意外だねという声が聞こえた。

「副部長は、クラの瀬戸君とサックスの出河君です。また会計は、トロンボーンの橋本さんと打楽器の宮田さんです。これからの1年をバトンタッチしますので、よろしくお願いします。皆さん、盛大な拍手をお願いします」

音楽室の中が拍手に包まれた。

「では新部長となった新村君に、所信表明演説をお願いします」

新村に場所を譲り、何か話すように促した。

「えーっと、今日さっきまで部長になるなんて思ってもなかった新村です。でも、2年生の話し合いの結果、俺が部長になることになりました。部長になるからには、目指せコンクール金賞!で頑張りたいと思います。よろしくお願いします」

再び拍手が起きた。

「はい、じゃあ新旧役員で引継ぎしてください。他の部員さんは、今日はこれで解散です。3年生で、もう春で引退する方、コンクールまで続ける方、迷ってる方、俺か新村君に教えてくださーい。あと春で引退を決めてる方も、明日は新入生が沢山来るので、出来たら助けに来てくださーい」

3年生が早速俺に、いつまで続けるかを言いに来てくれた。コンクールまで出ると言い切ってくれたのは3人だけだったが、また気が変わるかもしれない。

俺はその後、新村を連れて音楽準備室の福崎先生を訪ねた。去年、俺が須藤先輩に連れられて先生に挨拶してからもう1年経ったのか…。

「新しい部長は新村か。よろしく頼むな」

「はい。先生、俺も部長になるなんて思ってもなかったので、最初は戸惑うと思いますし、出来たら上井先輩に相談役みたいな形で残ってほしいと思ってるんですけど…」

「ああそれなら、この前上井からも聞いたから大丈夫だ。コンクールまで残ると明言してくれたから」

「本当ですか?良かったぁ…。上井先輩、助けて下さいね」

「あっ、ああ、もちろん」

と言ったが、あまり介入しすぎても院政だとか言われるから、ほどほどにしなくては…。

俺との引継ぎというより、福崎先生からの話の方が多かったが、とりあえず部長交代の儀式は終わった。

「あと部長は、ご存知だと思うけど、最後に音楽室の鍵を閉めて職員室へ返す、というのがあるから。今日はもういないのかな?副部長も会計も引き継ぎ終わったんかな?」

「そうみたいですね」

「じゃあ帰ろうか。鍵閉めてみてくれる?」

「はい」

新村が鍵を閉めた。後は入り口だけだ。

「じゃあ最後に入り口を閉めて…っと。これでOK。じゃあ俺はここで。また明日」

「先輩、1年生が沢山入る演説頼みますよ!」

「頑張るよ!じゃあ、職員室に返しておいてね」

「はい、分かりました。お疲れさまでした!」

俺はゆっくりと下駄箱に向かって歩き始めた。

すると下駄箱に俺を待っている男がいた。

「よぉ、上井。喋るのは超久しぶりじゃね…」

村山だった。

(次回へ続く)

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