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小説「15歳の傷痕」81〜誤解からの亀裂

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― パンドラの恋人 ―

俺が山中の話を聞いて、高校生カップルでセックスまでしても良いのか?と悶々と悩みながら、宮島口駅へ向かって1人で歩いていると、少しずつ背後に人気を感じるようになって来た。

最初は同じN高生だろうとしか思わず気にもしなかったが、少しずつ俺との間隔を詰めて来るようになってきた。

流石に気になったので、途中の赤信号で、後ろを振り返ると、そこにいたのは同じクラスの大谷香織さんだった。

「あっ、ミエハルくん…」

「大谷さんじゃん。どしたん、後ろからコッソリと秘密探偵みたいな…」

「あっ、あのさ…。いや、なんでもないよ」

「え?なんでもない訳、ないでしょ?なに?」

大谷さんはしばらく考えていたが、俺に聞いてきた。

「うーんと…。あのね、ミエハルくん、一つ聞いてもいい?」

「うん、なに?」

「ミエハルくん、月曜日の体育で、ダウンしちゃったじゃん」

「うん」

「保健室に、キョウちゃんと行ったじゃない?ミエハルくんは次の日、直ぐに早退したって言ってたけど、もしかしたら保健室でずっと休んでなかった?」

「えっ…」

そのタイミングで信号が青に変わり、俺は大谷さんと並んで歩き始めた。

「違ってたらごめんね。でもね、アタシ帰る時、ふとミエハルくんの下駄箱を見たの。そしたらミエハルくんの靴が残ってたから、アレ?って思って…」

「あっ、それは…その…えーっとね…」

俺は答えに詰まった。やはり完璧なアリバイ工作など、無理なのだ。
しばらく黙ってしまったが、俺は観念して、逆に大谷さんに尋ねた。

「大谷さん、その、下駄箱に俺の靴が残ってたのって、他に誰か知ってるかな?男女問わず…」

「うーん、どうかな…。多分女子はアタシだけだと思うよ。場所が離れとるけぇね。男子はミエハルくんの場所の、上下左右の男子が気付いてるかどうか?じゃないかな」

「そっか…。一応今日まで、上下左右に限らず、男子からは何も聞かれてないから、気付いてないか、気付いてたけど黙ってくれてるのか…」

「そうなんだね…。やっぱりずっと保健室で休んでたんだね」

「うん。認めるよ。ごめんね、大谷さん、俺のこと心配してくれて手紙までくれたのに」

「ううん、それは別に気にしてないよ。アタシが気にしてるのはね、佐々木のキョウちゃんとずっと保健室で2人切りだったのかな…ってことなの」

「……」

「キョウちゃんは保健室で体操服のまま爆睡してたって言ってたけど、もしかしたら調子の悪いミエハルくんを看病する為に、ずっと保健室にいたんじゃないかなと思ったんだ、アタシ」

なんと女子の勘は鋭いのだろう。俺の靴が下駄箱に残っていたことから、ここまで推理するなんて。
もう諦めて全部話して、代わりに黙っててほしいと頼むしかないだろう…。

「白状するよ。その代わり、誰にも言わないで」

「分かったよ、ミエハルくん」

「全部大谷さんの推理通り。あの日体育の初っ端から頭痛と目眩がしてて、フォークダンスの練習し始めた所で目眩が酷くなってね。そのまま佐々木さんを道連れにするように倒れちゃって…」

「うん、ビックリしちゃった」

「で、体育の先生…誰だったかクラクラしてて覚えてないんじゃけど、誰か上井を保健室に連れてってくれんか?って言ってくれて、そしたら佐々木さんが、俺が体調悪そうなのをずっと見てたから、フォークダンスの相手だったし、俺を保健室まで連れて行くって立候補してくれて…」

「その辺りは混乱してるかな…。確かにキョウちゃんの肩に掴まって、フラフラと歩いてるミエハルくんの姿は覚えがあるんだけど」

「そうだよね。騒然としてたから」

「気が付いたら、フォークダンスの練習が再開になったから、2人で保健室に行ったんだ…って思い直したのよね」

「うん。保健室まで肩を貸してもらって、ベッドに横になったんじゃけど、横になったらなったで上を見たら天井が回ってるし気持ち悪いし。素直に言えば、早退する気力体力は無かったよ」

「やっぱり…。アタシ、あんなに顔色が悪くて倒れたのに、早退なんて出来るのかな?と思ってたの。でもミエハルくんのカバンも制服も無いし。なのにキョウちゃんのカバンはそのままだし。で、結局キョウちゃんとずっと保健室にいたの?」

「…う、うん。実は保健の先生が出張で途中でいなくなるからって言われたから、末永先生に相談したんだ。そしたら先生が佐々木さんに、俺がある程度回復するまで面倒診てやってって頼んで、佐々木さんも分かりました、ってなって…」

「…そうなんだね…」

「で、でも、誓って言うよ。佐々木さんと4時間位2人切りだったけど、立ち上がる時に手を貸してもらっただけで、他には何もしてないから」

俺はちょっとだけ嘘を付いた。

「ううん、そんなことは心配してないよ。ミエハルくんは優しいから、保健室で2人切りになったからって、キョウちゃんを襲ったりしないよね」

「あ、そう思ってくれるなら、嬉しいけど」

「実はね…。アタシが一番残念なのは、キョウちゃんとは親友だと思ってたのに、アタシにまでミエハルくんと一緒に保健室にいたってことを隠してたことなの…」

大谷さんは表情を曇らせて、そう言った。

「そ、そうなんだね…」

「今、ミエハルくんに話したアタシの推測を、実はキョウちゃんにも話したんだ。でも頑なに、ミエハルくんは飴玉を舐めて元気になって先に帰ったって言いはるの」

「俺は落ちたのに、佐々木さんは頑なだね…。確かに目眩がするのは糖分が足らないからだって言われて、飴玉を舐めさせられたよ。それは事実」

「だからアタシね、もしかしてキョウちゃん、ミエハルくんのこと、好きなの?って聞いちゃったの。だからミエハルくんは先に帰ったって庇ってるの?って。2人切りで保健室にいたのを秘密にしたいの?って」

女子って怖い…と思うのが、こういう瞬間だ。

「そしたら佐々木さんは、なんて言ったの?」

「そんなことある訳ないじゃん。ミエハルくんのことはなんとも思ってないよ、だって。だからアタシ、余計に混乱しちゃって…」

佐々木さんが俺のことを何とも思ってない…のは、ホッとしたようであり、ちょっと残念であり…。だがあの日の会話では、多少脈アリな感じも受けたんだけどなぁ…。ただ今の俺には森川裕子という彼女がいるのを忘れちゃいけない。それらを踏まえて、俺は言った。

「佐々木さんがそう言うのは、もしかしたら大谷さんの為に、かもしれないよ、なんかそんな気がしてきた」

「えっ?アタシの為に?なんで?」

「保健室に俺とずっと2人でいたって認めると、大谷さんは…さ、多分、あのさ、自分で言うのも凄く恥ずかしいんだけど、あの、去年同じクラスになってから、俺のことを気に入ってくれてたよね?」

「…うん」

「それを、大谷さんは仲良しな女子何人かには言ってるでしょ、多分」

「ま、まあね。上井くんが気になる、とは言ってたと思う」

「だから佐々木さんは、大谷さんのそんな気持ちを考えて、俺と4時間、保健室で2人切りだったとは言えないと思ったんじゃないかな、なんて」

「えーっ、まさか!でも、そうなのかな…」

「だから俺のことも何とも思わんって、ちょっと俺には傷付く言葉じゃけど、そう言ったんだと思う」

「うーん…」

「真実は俺がさっき取り調べに落ちて全部吐いた通りじゃけぇ、佐々木さんをそんなに攻めないであげて。親友の大谷さんのことを思ってのことだと俺は思うから」

「う、うん…」

話している内に、宮島口駅に着いた。

俺は大谷さんと一緒に改札を通り、ホームへ出た。

「前に大谷さんに言われた言葉、忘れてないよ」

そう言うと大谷さんは、顔を真っ赤にして俯いた。本当なら森川裕子という彼女が出来たと告げるべきなのだが、今それを言うと、やっと色んな疑問を解決した大谷さんに新たなショックを与えかねないと思い、自重した。

「だから、佐々木さんと仲直りしてよ。明日さ、ミエハルに聞いたら、佐々木さんと同じ事言いよったって言って…」

「…うん。ありがとう、ミエハルくん。アタシとキョウちゃんの間まで心配してくれて」

「実際は、大谷さんの推理通りだったから、大谷さん、凄いよ。刑事になれるよ」

「何言ってんの〜。でもミエハルくん、優しいね、やっぱり。アタシ1人でカッカしてたから…」

そこへ岩国行の列車が入って来た。

「玖波まで一緒に行こうよ」

「うん。久々だね、ミエハルくんと同じ列車になるのは」

俺は同時に、山中と太田さんが初めてセックスしたというモーテルの場所もチェックしておきたくて、海側のドアにもたれた。大谷さんも向かい側に立ってくれた。

だが、大谷さんの気持ちを宥めることには成功したが、俺の足元には別のマグマが近付いていた。


「チカちゃん、あの女の子って、昨日見掛けた上井の彼女さんと違う女の子だよね?」

大村は今日も予備校がないため、神戸と一緒に宮島口駅へ向かっていた。その前方を、上井が昨日とは違う女子と並んで歩いていた。

神戸は昨日見掛けた、上井と彼女のイチャイチャシーンのせいで、上井に対して奇妙な感情が渦巻いていた。

(昨日、彼女さんとあんなにイチャイチャしてたのに、何よ今日は。上井くんってそんなに女にだらしなくなったの?)

「違う女の子みたいね」

神戸は冷たく言い放った。

「誰だろ。チカちゃん、見掛けたことある?」

「ううん。ウチの高校の制服だけど、知らない」

「そっか。俺も見たことない女子だな…。吹奏楽部の後輩かな」

「まさか。今日も体育祭のマーチの合奏してたじゃない。違うよ」

だが上井と相手の女子の様子を見ていたら、特に付き合っているようには見えなかった。

普通に知り合い同士で話しているようだった。

上井と同じクラスの女子だろうか。

だが神戸はこれまで上井に抱いていたイメージが崩落していくのがハッキリと分かった。

(仲直りして、それでも恋愛感情が抜けなくて、親友になれなくて悩んでたのがバカみたい。何が女子が苦手よ。好きにすればいいわ)

完全に昨日と今日の2日で、神戸が抱く上井のイメージは地に落ちていた。

「チカちゃん、表情が冷たいというか、怖いというか…。上井と喋れるようになったけど、上井の事が許せないの?」

「正直に言うけど、昨日は動揺したのよ。上井くんに彼女が出来たのは知ってたけど、キスシーンなんて誰が見たい?」

「まあ、知り合いのキスシーンなんて、見たくないよね」

「それが昨日で、今日は別の女の子と2人切りで帰ってるじゃない。彼女さんじゃないみたいだけど、話し方は結構親しそうだし。節操が無さ過ぎ」

「そこまで言うか…。せっかく仲直りしたのに」

「うん。アタシの中では仲直りは無かったことにするわ」

「えっ…」

神戸は再び上井との縁を切ることに決めた。更に心の中で秘めていた、最終的には上井の事が好きだという気持ちも、捨て去ることにした。

(上井とチカちゃんの仲直りの為に力を貸してくれた人もガッカリだろうな…。俺が言えたギリじゃないけど)

大村はそう思った。

「だから大村くん、アタシ、上井くんとかに遠慮してたけど、これからは遠慮しなくていいよ。登下校の時とか、腕組んでもいいよ」

「ま、まあ、上井はともかく、他の人の目もあるからさ、そこは柔軟に…」

完全に上井を見下した神戸は、絶対に上井とは喋らないと決め、いずれ村山や松下、武田といった、仲直りの場にいた同期生にもその旨伝えると決めた。

(なんであんな人が、元カレなんだろう)

<次回へ続く>



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