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小説「年下の男の子」-6

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第7章ー1「転機」

井田正史は、燈中由美とそのまま一緒に電車に乗って帰った。

燈中も、とりあえずの悩みを井田に吐き出し、翌日原田に会いに音楽室へ行くと決めたことで、ちょっと表情が吹っ切れていた。

井田も電車の中では、あえて部活の話はせずに、中学時代の話とか、お互いのクラスの話とかして、過ごしていた。

そして2人とも降りる駅に着き、改札を抜けると、井田と燈中は家のある方向が違うので、また明日ね、と駅でバイバイをして別れた。

井田は家に帰ろうかと思ったが、明日の部活でいきなり燈中が原田を訪ねてきても、原田は面食らうだろうと思い、このことを原田に伝えないといけないと思って、駅のベンチで原田を待つことにした。

(2時間半だろ?それくらいなら待てる、待てる)

時にして6時を少し過ぎたところだ。井田は、カバンから漫画を取り出し、駅の待合室のベンチに座り、原田の帰りを待った。

(8時過ぎに終わるんなら、8時半頃に着く列車で朝子先輩は帰ってくるはず)

…7時には、漫画1冊を読み終わってしまった。

(あと1時間半か~。一旦帰ってから出直そうかな…。いや、もしその瞬間に朝子先輩とすれ違ったらどうするんだ?ここにいなきゃ)

井田は駅の売店で、慣れないスポーツ新聞とカレーパンを買って、時間を潰すことにした。
でも高校の制服のままでスポーツ新聞を読む勇気がなく、カレーパンを食べながら、到着する列車から降りてくるお客さんを眺めることしか出来なかった。

最初は高校生が多かったが、少しずつサラリーマンも増えてくる。
その内に酔っ払いも混じってきた。
時計を見たら、そろそろ8時だった。

(部長会議、終わったかな…。朝子先輩、高校から出たかな…)

井田は付き合ってまだ間がない原田の事を思うと、心配で堪らなかった。

(夜遅いし、変な奴に捕まったりしてないかな…)

次の列車が到着し、お客さんが降りてくるが、8時15分の列車には原田は乗っていなかった。

(次の列車に乗っててほしい!)

井田はジリジリした思いで15分が過ぎるのを待ったが、次の8時半の列車から降りてくるお客さんの中にも、原田の姿は無かった。

(朝子先輩…なんでこの列車にも乗ってないんだ…。会議長引いたのかな?それとも…。早く、早く会いたいよ)

次の列車は20分後で、8時50分に着く。少しずつ間隔が空いていく時間帯に入ってきた。

こんなに人が列車から降りてくるのを待ち侘びた事は、井田は初めてだった。

焦れる思いで列車を待っていたら、次の8時50分の列車がやっと到着した。
井田は思わずベンチから立ち上がって、改札まで走り寄った。
お客さんがゾロゾロと降りてくる。

(朝子先輩、朝子先輩…)

井田が祈るような思いでお客さんの列を見ていたら、やっとN高校の女子の制服が見えた。

(良かった、朝子先輩だ!)

原田はまさか井田が改札で待っているとは思っていないので、疲れた表情で定期券をスカートのポケットから出そうとしていた。

「先輩!朝子先輩!」

原田はその声に一瞬驚き、声の主をキョロキョロと探した。
井田が笑顔で手を振っているのに気付くと、原田の表情も一変し、嬉しそうな顔になったが、次の瞬間、涙が溢れてきた。

改札で定期を見せ、井田に走り寄った原田は、井田が「おかえり」と言おうとする前に井田に抱き着いた。

「あ、朝子先輩…」

「井田くんのバカ!先に帰っていいって言ったのに!こんな遅くまでアタシのこと待ってくれるなんて、聞いてないよ。もう、バカ、バカなんだから…」

と言いながら、涙も拭かず、抱き付いた井田の肩に顔を埋めた。
井田は肩に顔を埋めたまま泣き続ける原田の頭を撫で続けた。

原田が少し泣き止んだタイミングで、井田は声を掛けた。

「朝子先輩、お疲れ様」

「…うん、ありがと井田くん。何時から待ってたの?」

「んっとね、6時過ぎから」

「じゃあ、高校から帰って駅に着いてから、ずっとアタシのこと、待ってたの?」

「うん。伝えたいことがあってね…って、あ、朝子せ…」

原田は再び涙を浮かべながら、井田の唇を自分の唇で塞いだ。

「んんっ、井田くんとのキス、今日2回目になっちゃった。約束、アタシが破っちゃったね」

原田は唇を離しながら、そう言った。2人は、キスは1日一回だけと、付き合う時に決めていた。

「じゃあ、明日はキスしないようにする?」

「もう、意地悪!」

原田は井田の脇腹を突付いた。

「ちょっ、そこ弱いんだってば!」

「ダメ!意地悪な事言ったから、もうちょっと罰を受けなさい!」

その頃には、原田も落ち着いてきていた。


第7章ー2

「え、そしたら燈中さんが、明日の部活時間にアタシを尋ねてくるの?」

原田が落ち着いたあと、2人は待合室のベンチに座って、話し始めた。

「うん。で、先輩に相談に乗ってほしいんだって」

「アタシが最初に危惧してたとおりになっちゃったね。あの子の性格で、女子バレー部がアタシがいた時のような状態のままなら、絶対あの子は壁にぶつかっちゃうって」

「朝子先輩は、燈中さんが相談に来ても大丈夫?」

「うーん、大丈夫というか、とりあえず受け止めてあげなきゃね。彼女だって中学の時は女子バレー部のキャプテンしてたプライドがあると思うし。だからこそアタシみたいに現状が許せないんだと思うし。どういう風に話が転ぶか分からないけど、女子バレー部の先輩として、相談に乗ってあげなきゃね」

「かっこいいなぁ、朝子先輩。俺もそんな風になりたいよ」

井田はため息交じりにそう言った。原田は少し間を空けてから、井田に提案した。

「ねえ井田くん、今は2人の時間だから…。これからアタシのことは、朝子先輩じゃなくて、朝子って呼び捨てにして?ダメ?」

「ええっ?そ、そんなの、いいの?」

「うん。その方が嬉しいの。カップルって感じがするじゃん。その代りアタシも井田くんじゃなくて、下の名前の、正史くんって呼びたいな」

「うーん…、どうせならさ、俺が先輩を呼び捨てにするなら、先輩も俺のこと、呼び捨てにしてよ」

「嫌!」

「え?なんで?」

「アタシ、2人でいる時は…甘えたいもん。正史って呼び捨てにしたら、なんかアタシが強く見えるから、甘えられないもん」

そういう原田の顔は、さっきまでの女子バレー部OBの表情ではなく、恋する乙女の表情になっていた。

「そ、そんなもんなの?じゃあ、くん付けでもいいよ。…練習してみる?」

「う、うん。…正史くん!」

「あ、あっ、朝子…」

「ダメ!もっと元気よく!正史くん!」

「あ、朝子!」

「いいよ、そんな感じで、これからは2人でいる時は呼び合おうね」

「なんか、照れるなぁ…」

井田は本気で照れていた。ついこの前まで、雲の上の存在だった先輩を、下の名前で呼び捨てで呼ぶなんて。

「でも部活中は、原田先輩って呼んでね。アタシも井田くんって呼ぶから」

「そこは一線引かないとね、俺たちは」

「うん。逆に部活中は厳しくしちゃうかも…」

「えーっ、それは勘弁してよ」

「ウソだよ、正史くん」

原田は微笑みながら言った。

「アタシの大好きな正史くんに、部活では一線引くからって、そんな厳しくしたりはしないよ。正史くんはユーフォの上達も早いしね」

そう言って原田は、隣に座っている井田の腕に、腕を絡ませてきた。

「えっ?」

「うふっ、腕組もうよ。アタシ、彼氏が出来たら腕を組んで歩くのが夢だったんだ。今から途中までだけど、腕組んで帰ろ?正史くん」

「あ、そうだね、結構遅くなっちゃった。家まで送るよ、朝子…」

「うーん、ちょっと『朝子』の呼び方がまだ不自然だなぁ。でもありがと、嬉しいな。アタシの家まで行ったら、正史くん、更に遅くなるけど…いいの?」

「そんなの、たった数分だよ。大丈夫!朝子…が変な奴に絡まれたら嫌だしね」

「じゃあ、送ってくれる?正史くん」

「うん、行こうか、朝子」

2人はベンチを立ち上がり、改めて腕を組みなおして、原田の家へと向かった。

(先輩は彼氏と腕を組んで歩くのが夢だったと言ってるけど、俺も彼女と腕を組んで歩くのは夢だった。まさか憧れの先輩とこんな関係になる日が来るなんて…💖)

原田は歩きながら、今日の部長会議が長引いたのは野球部のせいだから、夏の甲子園予選の応援には行かない!とか、今日の会議のことを色々と話してくれた。

時折、グッと腕に力が入ることがあり、そんな時は井田の腕に原田の胸が少し当たったりもして、その度に井田はドキドキしたが、原田は全然そんなのお構いなしのようだった。

色々話しながら歩いている内に、何とか無事に原田の家に着いた。

「正史くん…おやすみ…だね」

「うん、おやすみ…」

「…寂しいな」

「…俺も」

2人はしばらく見つめ合うと抱き合い、この日3度目のキスをした。3度目のキスは、少ししょっぱい味がした。


第7章-3

「井田くーん!」

と、N高1年2組に井田を呼びに来たのは、同じ中学から進学し、クラスは1年4組と別のクラスになった、女子バレー部の燈中由美だった。

「燈中さん?あ、俺と一緒に音楽室へ行く?」

この日の放課後、井田と同期の燈中は、中学時代の女子バレー部の主将で、高校では井田が入部した吹奏楽部の部長を務めている原田朝子に、色々と相談したいからと、井田に橋渡し役を頼んでいたのだ。

放課後早めに音楽室へ行くとは言っていたが、まさか先に井田のクラスにやってくるとは、井田も思っていなかった。

「ごめんね、井田くんも忙しいと思うけど、同じ中学校卒業のよしみで、一緒に音楽室に行ってくれない?アタシ、音楽室は言ったことがなくてさ…」

「いいよ。燈中さんもいくら原田先輩がいるとはいえ、不安だろうしね」

「ありがとう!助かるよ。さすが元バレー部!」

「その、元ってのが、良いのか悪いのか…」

井田は苦笑した。

「まあまあ、細かいことは気にせずに、ね」

昨夜井田は、燈中が1人で音楽室に来るかのように原田に伝えていた。原田もそう思っているはずだから、井田と2人で現れたら、あまりいい気がしないかもしれない。
何せ昨日は2人の約束を破って、1日で3回もキスをしたほどの仲に進んでいるからだ。

井田はどうしても拭えない不安を抱えつつ、燈中を音楽室へと案内した。

「ここだよ」

「初めて入るから緊張するよ~。井田くん、昨日の約束忘れてないよね?」

「俺が燈中さんの味方になるってことでしょ?」

「うん、それそれ。何かあったら、お願いね」

「分かったよ」

井田は燈中を連れて、音楽室の中へ入った。

「原田先輩、お疲れ様です!」

まず井田が、音楽室に先に来ていた原田に声を掛けた。

「井田くん、お疲れさま。あれ、横にいるのはもしかして?」

原田は燈中に分からないよう、ウインクしてくれた。

(良かったぁ…。流石朝子!)

井田も軽くウインクで返した。似合ってなかったのか、原田は笑いを堪えるのに必死だった。

「原田先輩!お久しぶりです!燈中です!」

「燈中さんじゃない、元気にしてた?」

「はい、まぁまぁなんとか…」

ここで燈中の元気な顔が、少し曇った。

「ところで今日はどうしたの?もしかして、女子バレー部から吹奏楽部に転向するとか?」

原田は昨夜、井田から予め燈中がバレー部の悩みで相談に来る、と聞いてはいたが、あくまでも燈中から話し始めるのを待つように心掛けた。

「先輩、冗談が上手いです。でも、冗談じゃなくて本当になるかも…です」

「ん?本当になるかもって…というと、女子バレー部に入ってはみたものの、燈中さんが思うような活動をしてないってことかな?」

原田は少し核心に迫ってみた。

「…はい。アタシ、中学校のバレーは楽しかったし、部活してるって充実感がありました。でも憧れのN高に入れて、女子バレー部に入部したんですけど、満足いく練習が出来ないんです」

井田は燈中のちょっと後ろから、2人の会話を見守るようにしていた。
少しずつ吹奏楽部の部員も練習に集まってきた。
その全員が、井田に「新入部員?」と聞いてくるが、井田はよく分かりません、と答えるしかなかった。

「そうなんだね…」

原田はちょっと考え込むポーズをした後に、話し始めた。

「実は燈中さんには初めて打ち明けるけどね、アタシもこの高校に入った時は、迷わず女子バレー部に入ったんだよ」

「えっ?そうだったんですか?」

「ごめんね、隠してたみたいになっちゃって」

「い、いえいえ…。そしたら原田先輩、吹奏楽部には途中で転部したんですか?」

「そうだよ。最初は女子バレー部だったからね」

「こんなこと聞いてすいません、先輩はどうして吹奏楽部へ移られたんですか?」

「うーん…。今燈中さんが悩んでるケースが、アタシは実によく分かるんだ。アタシが経験した2年前のケースと変わらないから。先輩が教えてくれないとか自分勝手とか、そんな感じでしょ?顧問も正直役立たずでしょ?」

燈中はウンウンと頷いていた。

「やっぱりアタシの時と変わらないね。アタシはその違和感問題を、顧問や部長を巻き込んだせいでもっとデカくしてしまってね。最後は追い出されるように退部せざるを得なくなったの」

「えーっ?追い出されるって…そんな、先輩程の方が…?ショックです」

燈中は本当にショックを受けた顔をしていた。

「燈中さんは、なんかイジメっぽいこと、されたりしてない?」

「…実はこの前、1年生だけで試合しろって突然言われたんです。女子バレー部は結構、S中の卒業生が多いですよね。だからか、S中卒業生vsその他の中学校卒業生みたいになって、S中から来た子はもう最初からまとまってるから、試合運びが上手いんです。アタシの方は、まだロクに喋ったこともない他の中学から来た子達とチームを組まされて、コミュニケーションも取れてないから、ボロボロに負けたんです」

原田は女子バレー部時代を思い出すような表情になり、燈中の話を真剣に聞いていた。

「それだけで終わればまだ良かったんですけど、試合後に…」

「試合後に?」

「上級生が笑いながら、アタシを指差して、アンタ、試合中ずっとブルマからパンツがはみ出てたよ、なんで気付かないの?ってアタシ1人を他の皆の前で晒し者にして、ハミパンに気づかないなんて、試合では減点だねーって嘲笑し続けたんです…」

「何それ!」

奇しくも、原田も井田も、同時に叫んでいた。他の吹奏楽部員が何事かと、原田の方を見た。

「あっ、みんな、気にしないでね、ごめんね。パート練習の準備してね」

原田は吹奏楽部の部長として、一言発した。

「アタシ、こんな思いをするためにバレー部に入ったんじゃないんです…」

燈中は涙を堪えながら、原田に訴えた。

「先輩も分かって頂けると思うんですが、バレーの試合してたら動きが激しいから、ブルマからパンツがついはみ出ちゃうなんてことはしょっちゅうじゃないですか。だから中学の時とかは気付いた子が試合の合間にこっそり教え合うようにしてたし、高校でもそうだと思ってたんです。なのに誰も教えてくれないどころか、試合後に笑って恥かかせるなんて…」

燈中は今にも泣き出しそうだった。

井田は内容が内容だけに、慎重に原田と燈中の様子を見ていたが、原田の表情がどんどん怒りに満ちたものに変わっていくのが分かった。

「燈中さん、バレーボールってさ、厳しい練習なら我慢できるけど、残酷な練習は我慢できないよね。アタシの時も酷かったけど、燈中さんも酷すぎる。よく今まで耐えたね。ウチの高校の女子バレー部は、S中出身者ばかり優遇してるし。そんなことするなら部活説明会やポスターで、S中出身者だけ募集するって言えばいいんだよ。狂ってるよ。昨日の全部長会議でも何か言ってたけど、アタシは可愛い後輩がこんな恥かかされたことが許せない。今から女子バレー部の部長に文句言いに行こうか?アタシが言ってやるから、燈中さんは何も言わなくていいよ」

燈中は、原田がここまで親身になってくれたことに感激していた。そう言ってくれるだけで十分だった。

「先輩、ありがとうございます」

燈中は泣きながら原田にお礼を言っていた。

「燈中さん、泣かなくていいんだよ。本当はせっかくの新入部員に恥をかかせて喜んでる今の2年生、3年生が、燈中さんに対して土下座してごめんなさいって泣くのが筋なんだから。アタシ、燈中さん抜きででも、乗り込んで文句言ってきてあげるよ?」

「いえ、先輩にアタシの悔しさがわかっていただけただけで、アタシの気分は晴れました。アタシ、女子バレー部を辞めます!」

原田は思わず、井田と顔を合わせた。

「燈中さん、今ここで決断してもいいの?」

井田が聞いた。

「うん。だって、あんな部活、バレー部じゃないもん。S中出身者の同好会だよ、ただの。上級生がS中出身者ばかりなのはなんでかなと思ってたけど、先輩の話も聞けて、よく分かったわ。他の中学出身の子は、みんな途中で嫌になって辞めていくから、上の学年になるほどS中出身者しか残らないんだよ。そんな部活にいても時間の無駄だもん、退部届書いて、顧問の机に置いてくるよ」

「バレーに未練はない?」

原田が聞いた。

「はい。というか、今の女子バレー部には未練はありません!バレーだけなら、地域のスポーツクラブとか、もしこの先大学に進んだら大学のサークルとか、色々選択肢はあると思いますから。バレーボール自体は好きなことに変わりありません」

「そうだね。何も高校の部活だけじゃないもんね、バレーボールが出来る場って。今からもう、退部届置きに行ってくる?アタシ、ついていかなくていい?」

「大丈夫ですよ、原田先輩。辞めると決めたんですから。ただバレー部の人たちには会いたくもないですけど」

「そうだね、アタシもそうだったよ、2年前。じゃあ、頑張ってね」

「はい!ありがとうございました!」

燈中は原田に深々と頭を下げた後、井田にも小声で「ありがとう」と礼を言い、最後には音楽室にいる吹奏楽部員に向けて、「お邪魔しました!」と挨拶して、職員室へと向かっていった。

音楽室内はまだちょっとザワザワしていたので、原田が言った。

「はい、みなさん、ちょっとアタシの個人的な後輩の相談を受けてたので、お騒がせしてごめんなさいね。今から、通常通り練習に入ってください。お願いします」

井田の横には、いつの間にか山村聡が立っていた。

「なあなあ、井田。さっきの女の子って、吹奏楽部に入るわけじゃないの?」

「ああ、入部とかじゃないよ。原田先輩の中学校の時の後輩で、相談したいことがあったから、音楽室に来たんだって」

井田は第三者的に発言した。

「俺、あんな女の子、好きだな~」

と山村が突拍子もないことを言い始めた。

「へ?さっきの子?」

「うん。礼儀がすごいしっかりしてたじゃん。俺達にまで最後、お邪魔しましたって挨拶したりして。なかなかあそこまでは出来ないぞ」

「観点がなかなか鋭いな、山村も」

「それで、バレー部を辞めるんだろ?吹奏楽部に来ないかな~。性格も良さそうだし、髪形もちょっと身長高めなのも俺好みだよ。井田もあの子と仲良さそうだったじゃん」

「ああ、数少ない同じ中学出身だからね」

「じゃあさ、吹奏楽部に転部しないか、誘ってみてよ」

「俺が?」

「うん、お前しか頼めないよ、こんなこと。な、頼む!」

山村は本気の表情で、井田に手を合わせた。あまりの迫力に、井田は分かったよ、としか答えられなかった。

だが井田が色々と心配する前に、事態は勝手に動き出していた。

<次回へ続く ↓ >


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