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小説「15歳の傷痕」55

<前回はコチラ>

<一旦中断した第43回までの流れ、登場人物のまとめはコチラ>

- セシル -

俺が神戸さんと会話を交わした後、突然視線を感じてその方向を振り向いたら、そこにいたのは大谷香織さんだった。

7組の女子はほとんどクラスに一旦戻って行ったが、大谷さんと、大谷さんの親友、佐々木恭子さんの2人がそこには立っていた。

大谷さんと目を合わせるのはいつ以来になるだろう。期末週間で部活が休みに入った辺りだから、3週間近くになる。

ただお互いに目は合ったものの、お互いに言葉が出ない。大谷さんは何となく申し訳ないような表情をしている。

大谷さんの一歩後ろにいた佐々木さんが、小声で「カオリン、早く!」と急かしている。

「あっ、あの…。う、上井くん…」

「はっ、はい」

とだけ言葉を交わしたところで、サッカーの呼び出しが掛かった。

『3年生の男子サッカーに出る1組と7組、1年生の男子サッカーに出る3組と10組は、グランドの試合スペースへ集まってください。繰り返します、3年1組と7組…』

「上井先輩、サッカーの試合の出番ですよね?」

山田さんが状況を察してか、そう声を掛けてくれた。

「う、うん。あとよろしくね、山田さん」

そして大谷さんの方を向いて、

「あの、すいません、試合時間になっちゃったんで、また後でもいいですか?」

と俺は、なんと他人行儀な言い方だと自己嫌悪に陥りそうな言葉を大谷さんに言い、サッカーの試合に向かった。

「あっ、はい…」

なんとなく察しはつく。恐らく末永先生から、俺の言い訳を聞いたのだろう。
末永先生は行動力が素早い。神戸さんと同じチームで百人一首に出る、出ないで揺れ動いていた1年生の時も、あっという間に俺の悩みを解決してくれた。
今回もすぐ動いて下さったに違いない。

それで、俺に対してワザと無視したことを謝ろうとしてくれているのではないか?

それならそれで、素直に話を聞けば良いだけなのだが、もはや女性不信、恋愛恐怖症の俺は、もし想像通りに大谷さんが謝ってくれるのだとしても、素直に受け取れそうもない気がしてしまう。

今は幸か不幸かサッカーの試合開始のタイミングと重なってしまったので、また後で・・・と逃げてしまったが、同じクラスだし、いつまでも逃げられる訳がない。

ましてや7組男子のサッカーの試合ということで、ソフトボールを終えた女子がブルマの上にスカートを履いて、応援に少しずつ出てきてくれていた。
大谷さんと佐々木さんも、スカートを取りに行く間がなかったからか、ブルマ姿のままで応援に参加している。

対する1組も、タイミングが良いのか、女子が応援に集結している。

体育が苦手な俺には、色々な意味で地獄のような時間が始まった。


サッカーの試合は1回戦は20分1本勝負だった。20分で決着がつかない場合、PKで決着をつける。
1組vs7組の試合は20分時間切れで0-0だったため、PKが行われることになった。
PKメンバーはお互いサッカー部のメンバーや、体育が得意な猛者ばかりなので、俺は安心して一歩下がって応援に専念していた。

すると、俺の体操服のシャツの裾を引っ張る女の子がいる。

佐々木さんだった。

「上井くん、ちょっとコッチに来てくれない?カオリンが大事な話があるんだって」

俺は観念するように、応援の集団から離れ、佐々木さんに連れられ、グランドからすぐには見えない木の陰で、大谷さんと再度顔を合わせることになった。

「カオリン、上井くん、連れて来たよ。頑張って」

と言うと、大谷さんの退路を断つように、佐々木さんは7組の応援に戻っていった。
PKもなかなか決まらないようで、両組の歓声が鳴り止まない。

そんな中、大谷さんは木陰に身を隠すようにして、俺を待っていてくれたのだった。

「あっ、あの…。上井くん…」

と絞り出すように大谷さんは声を出した。かと思ったら、突然しゃがんで泣き出してしまった。

「大谷さん、そんな、泣かないでよ。話、ちゃんと聞くから」

俺は突然のことに動揺し、大谷さんの腕を持ち、立ち上がらせようとした。
しかし泣き顔を見せたくないからか、物凄く腕に力を込め、立ち上がろうとはしなかった。やむを得ず俺がしゃがんで、話を聞くことにした。

「改めて大谷さん、話って、どんな話?」

「あのね、あのね、アタシ、上井くんに酷いことしちゃったから、謝りたくてね、それで…」

泣きながら、必死に喋っている大谷さんを見て、俺も冷たい態度を取りすぎていたと、反省した。だが大谷さんは続けた。

「アタシ、玖波駅でせっかく上井くんが期末の勉強、どう?って、話しかけてくれたのに、無視するようにしたでしょ?」

「う、うん…」

それが原因で、俺は深刻に悩み、やっぱり俺は女性運も恋愛運もないと悟って、全く何もする気が起きなくなり、期末テストは滅茶苦茶な結果になってしまったのだ。

「その後もクラスや一緒の選択授業で、上井くんがアタシのことを気にしてくれているのは分かったの。だけどアタシ、無視し続けた…」

「……」

「この前ね、末永先生に呼ばれたの」

「う、うん」

「上井くん、期末テストが殆ど全滅に近くて、ギリギリ赤点とか追試を免れてるだけで、各教科の先生もびっくりしてて、末永先生もびっくりしたって聞いたの」

「うん…。成績は無残だったよ」

「だよね。アタシもまさかってビックリしたけど…アタシが悪いんだよね?」

そう言うと大谷さんは、再び泣き始めた。ただ本当にそうなので、俺も慰めようがなかった。

しばらくそのままの体勢で、俺は大谷さんを見つめ続けていた。ちょっと落ち着いた頃に、大谷さんはポツリポツリと語り始めた。

「…アタシ、アタシね、上井くんと文化祭をキッカケにお話出来るようになって、嬉しかったの。実は上井くんに憧れてたから…」

「憧れ?俺なんかのことを?」

「うん。そのことを話し出すと長くなっちゃうから…。また今度でもいい?今日は上井くん、生徒会のお仕事で忙しいでしょ?」

「ま、まあね」

「だから、とにかくアタシのせいで期末の成績が悪かったって末永先生に聞いてから、アタシ、上井くんに謝りたくて。本当にごめんなさい」

「あっ…。うん、過ぎたことだし、もういいよ」

「許してくれる?」

「も、もちろん…」

「よかった…。アタシ、なんで上井くんにそんな失礼なことしたかって言うとね…」

その時、やっとサッカーの決着がついたようで、一段と凄い歓声がグランドを包んでいた。
佐々木さんが飛んできて、俺と大谷さんに、7組がPK8本の打ち合いでやっと勝ったんよ!と興奮しながら教えてくれた。

「勝ったんだ?凄いなぁ。1組には負けると思ってたから…」

「1組って強いの?」

大谷さんが聞いてくる。

「1組は、男子も女子もスポーツに強い生徒が集められとるんよね。野球とかサッカーとかバレーとか」

「そうなんだね。じゃあウチのクラス、凄いんだね!」

「凄いと思うよ!」

なんとなく2人で気分が高揚してくる感じだったが、俺は生徒会の仕事をしなきゃいけないと、ふと思い出した。

「じゃ、ごめん、大谷さん。俺、生徒会の方に戻らなきゃ…」

「うん、分かったよ。アタシ達もソフトボールで勝ったから、また後でグランドに来るから、続きはその時にでも話せたら話すね」

「うん、よろしく」

俺は急いで生徒会本部のテントに駆け付けた。
丁度女子ソフトボールの試合が終わり、次の試合へチェンジしなくてはならなかったが、誰もいなかった。そのせいで本部はちょっとしした混乱状態になっていた。
山田さんは女子バレーの試合中なのだろう、間一髪だった。

慌てて模造紙に結果を書き、次の第4試合のクラスを呼び出す校内放送を行った。

「女子ソフトボールの第4試合のクラスの選手は、グランドに集まってください…」


「みんな、お疲れさーん」

山中が生徒会室で、一日目のクラスマッチを終えてとりあえず撤収してきた役員を迎えていた。

俺と山田さんも、模造紙のほか、色々な道具を段ボール箱に突っ込んで、女子ソフトボールから戻って来た。

お疲れーと、先に戻っていた役員から声がかかる。ただみんな疲労困憊なのか着替えることすらせず、体操服姿のままだ。男子はズボンを、女子はスカートを履けばよいのに、そのまま短パン、ブルマ姿のままで座り込んでいる。
山田さんも道具を置いたら、ブルマ姿のまま椅子に座り込み、ふぅーっと大きな溜息をついた。

「疲れた?山田さん」

「あ、先輩の前で失礼しました。でもいくらテントがあるとはいえ、猛暑の中をずっと外にいるってのは疲れますね」

「確かにそうだよね。体育祭でずっと外にいるのは特に何とも思わないけど、クラスマッチだと精神的にも疲れるのかなぁ」

そう言いながら生徒会室の中を見回すと、今日1日を共に過ごしたからか、各競技担当者ごとにカップルになっているような錯覚を起こしそうな気分になった。見事に男女同数の役員が揃ったものだと、俺は改めて思った。

「山田さん、今日は部活あるの?」

「はい、あるんですよ。疲れてるのに…。先輩は?」

「同じくあるんだよ、これが…。土曜日に野球部の応援に行かなくちゃいけなくてね。応援歌を練習しなきゃいけないんだ」

「うわー、吹奏楽部の皆さんも大変ですけど、野球部も大変ですね」

「そうだね~。でも俺が1年生、2年生の時は、野球部は2回ともコールド負けしてるんだよ」

「こーるどまけ?凍るんですか?」

「ハハッ、山田さんのその無邪気な発想、元気が出るな」

「えっ、アタシは無邪気なんかじゃないです!もう17歳なんです!」

山田さんはそう言って顔を膨らませた。面白かったので、俺は膨らんだ頬を指で突っついた。

「んもー、先輩何するんですか。怒ってるって態度を示したかったのに。先輩には敵いません…」

「ははっ、山田さん、可愛いね。彼氏とかいたら、仲良くデートとか出来そうだね」

「あの…。アタシは年齢イコール彼氏いない歴の女ですから…。募集中とだけ、先輩にはお伝えします…」

「ごめん、ごめん。とにかく疲れを取って、また明日頑張ろうね。俺はクラスにカバン取りに行って、部活に行ってくるから」

「はい、明日もよろしくお願いします、先輩!」

山田さんはわざわざ椅子から立ち上がって、礼をしてくれた。なんと礼儀正しい女の子なんだろう…。

「あっ、そうそう山中、野球部の応援は行く?」

「うーん、分からん…。こんなに疲れるとは思わんかったけぇ…」

山中は部屋の奥で壁にもたれかかって座り込んでいた。その横にチョコンと森川さんが、他の女子役員と同じくブルマ姿のまま、座っていた。

「まあ3年生は自由参加みたいだから、コンクールに集中すればいいさ。俺はとりあえず野球を見たいから、応援に行くって感じかな」

「まあ、行けそうなら行くよ。みんなによろしく…」

俺は体操服のままだったので、着替えるためもあって、一旦クラスに戻った。


もう誰もいないと思って、あ~疲れた~とやや大きな声を発しながら入ったら、1人だけ、女子が席に座っていた。

ビックリしてごめんと謝ったら、なんとその女子は大谷さんだった。勿論、既に制服に着替えている。

「大谷さん?どうしたの?みんな帰ったんじゃない?」

「うん、他のみんなは帰ったり、部活に行ったり…。上井くんは?」

「今生徒会の片づけが終わったから、部活に行こうと思って。制服はクラスに置いたままだったから、着替えようと…。大谷さんは?」

ここで大谷さんは覚悟を決めるかのような深呼吸をした。

「…聞いても笑わないでね。上井くんを待ってたの」

「えっ?俺?」

「うん。クラスマッチの時、あんまりちゃんと話せなかったから…。でね、上井くんの机を見たら、まだカバンも制服も置いたままだったから、きっと戻ってくると思って、待ってたんだ」

「そんな、俺なんかのために…。ごめんね」

「ううん、もう一度、ちゃんと謝りたいし。アタシこそ、ごめんね」

「…末永先生に、どんな風に言われたの?」

音楽室からは楽器の音が聞こえてきたが、俺は意に介さず、大谷さんに向き合った。

「…上井くんが、期末で酷い成績を取った、しかも殆ど全教科で、って切り出されたの。最初はそれとアタシに何が関係あるのよって思ってたの。アタシ、ある事で上井くんを避けるようになっちゃってたから…」

「そこなんだよね。俺は大谷さんが話すどころか、目すら合わせてくれなくて、凄いショックで…。俺、何か悪いことした?したんだよね、きっと。知らない内に」

俺は大体内容は末永先生から聞いて知っていたが、あえてそう言った。

「それが、アタシの勘違いって、先生に教えられたの。アタシね、塾の帰りに玖波駅に降りたら、上井くんがいるのを見付けて、声を掛けようと思ったんだけど、隣にはH高の制服を着た不良の女子がいたんだよね」

「うん…」

「アタシ、てっきり上井くんの彼女だと思っちゃったの。手も繋いでるように見えたし。それで、こんな怖い不良の女の子と付き合ってるんなら、上井くんも実は裏では本当は怖い連中と繋がってるんじゃないかとか、怖いほうに怖いほうに勝手に考えるようになっちゃってね。それで…」

「それで?」

大谷さんは一呼吸置いて、話を続けた。

「憧れてた上井くんだけど、その思いは捨てようって、勝手に決めて、無視するようになっちゃったんだ…」

耐えられなかったのか、再び大谷さんは涙ぐみながら必死に喋ってくれた。

「そうだったんだね。逆に大谷さんの気持ちがピュアなことが分かるよ」

「ううん、ピュアなんかじゃない。1人の男の子を傷付けて期末テストの成績を落とす原因を作ったんだから」

「……」

「末永先生とはね、2回話し合った。1回目は何で上井くんを避けるのか?って。2回目は、アタシの勘違いを教えてくれたの。上井くんも先生に話したでしょ?H高の女の子のこと」

「うっ、うん…」

「上井くんの中学時代の同級生なんだってね。で、中学時代は頭も良くて可愛くてアイドルだったって。だからH高校に行ったのに、何故か馴染めなくて道を誤りそうになったとき、上井くんと偶々出会って、上井くんはそんな不良から足を洗えと説得したんだってね」

末永先生は、そのように大谷さんに説明してくれたのか。まるで俺が人助けしたような美談に、グレードを上げすぎてるじゃないか。

「それでアタシが誤解した、手を繋いでるって場面も、握手しただけって聞いてね、アタシはなんて馬鹿な女なんだろうって思っちゃって…」

大谷さんは溢れる涙を拭きながら、必死に喋っていた。

「その話を先生から聞いたのが、火曜日の放課後なんだ。だからアタシ、その時から上井くんに謝りたいって、ずっと思ってたの」

俺が末永先生に詳しく話をしたのが月曜日の放課後だ。すると次の日にはもう大谷さんへ、俺から聞き出した話を伝えてくれている。なんて行動力のある先生なんだ…。

音楽室から聞こえていた楽器の音は、いつしか野球の応援曲の通し練習になっていた。

「ごめんね、上井くん。アタシが引き止めちゃったから、部活に行けなくなっちゃった?」

「あ、そんなことは気にしないで。野球部の応援の練習だもん。明日の練習に行ければそれでいいし。そんな難しい曲じゃないし、去年も一昨年もやってる曲だから、なんとかなるよ」

「…上井くんって、本当に優しいんだね」

大谷さんはそう言うと、再び涙が溢れてきていた。手で涙を拭っていたので、俺はまだ置きっぱなしの制服のズボンからハンカチを取り出し、大谷さんに渡した。

「俺なんかのために泣いちゃだめだよ。涙がもったいないよ」

「もう、上井くんってば…」

大谷さんは俺のハンカチで目元を隠すようにしていた。

「ねえ大谷さん…」

「…ん?なに?」

「今朝聞いた、長くなるからまた後でって、あの…、その…、えっと…」

俺も照れ屋で恥ずかしがり屋だから、俺に憧れてたって話、教えてよ!という言葉が出てこない。

「クラスマッチの時?あ、上井くんに憧れてたって話?」

「そう、それそれ…。良ければ教えてほしいな、なんて…」

「アタシみたいな女に憧れられても迷惑だよね?」

「いや、その…。今というより、昔の話というか、まだお互い話もしてないような頃のキッカケというか…」

「あ、昔のこと?うん、それならいいよ。いいよっていうより、アタシから言い出したんだもん、気になるよね」

大谷さんはちょっと泣き顔から笑顔になり、舌を出して、照れていた。その瞬間、キュンとしてしまったが、俺はもう女の子に好きとか言わないと決めたんだ。絶対失敗するんだから…。

「1年生の時まで遡っちゃうんだけどね…」

初めて大谷さんについて広田さんから聞いたのは、2年生に上がってクラス替えをした直後だったので、キッカケが1年生の時というのは辻褄が合っている。

「夏休みの時、アタシは帰宅部だったから毎日休みだったけど、上井くんは吹奏楽部だったでしょ?だから夏休みもずっと練習に行ってたでしょ?」

「うん…一応ね」

その頃は神戸さんが大村と付き合い出したのを知って、心が荒れに荒れていた時期だ。

「その夏休み中に、玖波駅で部活帰りの上井くんを見掛けたんだ。最初は同じ高校の男子だ…としか思ってなかったんだけどね」

「うん…。別のクラスならそんな程度だよね」

「アタシ、塾に通ってたんだけど、塾の帰りと、上井くんの帰りが、大体いつも一緒の電車だったの」

「そうだったんだ」

1年生の時の夏休みといえば、後半は伊野さんに片思いし始めていた頃だ。たまに伊野さんと一緒に帰れたりしたら、喜んでたものだ。懐かしいな…。

「でね、上井くんは1人の時もあったけど、他の吹奏楽部の人と一緒の時もあって。でもね、部活帰りの上井くんが、凄く輝いて見えたんだ」

「俺が?輝いてた?頭が輝いてたんじゃない?」

と、俺は前髪をオールバックにする仕草をした。

「キャハッ、そんな訳ないじゃん、もー」

でもやっと大谷さんは泣き顔が晴れ、スッキリした顔になってきた。

「それで、青春っていいな、なんでアタシは部活に入らなかったのかなとか思ったりもしたよ。そしてね、1年生の体育祭の時に、やっと上井くんが吹奏楽部だって分かったの」

「あ、もしかしたら延々と歩かされるヤツで、事前の体育の時は、吹奏楽部の者は前で休憩させてもらってたやつかな?」

「そう。あの時、吹奏楽部って羨ましいな~って思ったんだけど、その中に玖波駅でよく見掛ける男の子がいる!って気が付いて、上井くんが吹奏楽部だっていうのは、1年の体育祭の練習の時に初めて知ったの」

「そうなんだね。あの時は、1学期中に屁理屈言って退部した奴が、体育祭だけ復帰させてくれとか言ってたよ」

「アハハッ、そうだよね。テントの下で演奏出来るから、演奏は大変かもしれないけど、少なくとも日差しは避けれるもんね」

「日射病とかなっちゃう女子も結構いたもんね」

「そうそう…。でも上井くん、上井くん、って今まで話してたけど、実際は1年生の体育祭の時点でも、まだ上井くんの名前は知らない状態だったの」

「え?そうなの?」

「うん。実際にはまだその時点で上井くんは、『玖波駅でよく見かける男の子が吹奏楽部だったのが分かった』っていう状態なんだ」

大谷さんは少しずつ俺のことに興味をもってくれたんだな、ということが分かった。

「俺の名前って、いつ知ったの?」

「あのね、その体育祭の時。思い切って、同じクラスだった吹奏楽部の広田さん…って覚えてる?」

「広田さん!はいはい、去年は部内で色々あって、すごい助けてもらったんよ。優しい子だよね」

「そうでしょ?その広田さんに思い切って聞いたの。ちょっと色白で、芸能人の見栄晴に似てて、大きなサックスを吹いてる男の子って、何組?って」

「本当に?」

「こんなことで嘘は言わないよ。そしたら広田さんが、ミエハルのこと?ってすぐ反応して、却ってアタシの方が驚いちゃったけどね」

「うん、部内でもクラスでもミエハルって呼ばれとったけぇね。もっと言えばO中の時から…」

「へぇーっ!もしかしたら本名よりも愛着がない?それだけ続いてるあだ名だったら」

「そうだね。結構もう呼び慣れてるしね」

「そうだよね。そうそう、広田さんがミエハルのこと、気になるの?って言ってくれて、本名は上井純一って言って7組にいるよって教えてくれたの。やっと1年の体育祭の日に、アタシは上井くんの全容を教えてもらったの」

「そうなんだ…。広田さんは何か他にも言ってなかった?」

そこで大谷さんは急に顔を赤らめて、モジモジとしだした。

「あ、ごめん…。言いたくなかったら言わなくていいよ」

「ううん。ちゃんと言っておくね。広田さんは、ミエハル…くんなら、いつでも呼んであげるよ?って、言ってくれたの。でもアタシ、今まで男の人を好きになったことがなかったから、急にそんな展開になっても…って、そこまではいいよ、ってお断りしちゃったんだ」

「なるほどね…」

道理で、1年生の体育祭の後には、なんにも起きなかったわけだ。

「そこからは…。2年生のクラス替えで、まさか上井くんと一緒になるなんて!ってビックリしたけど、アタシ、好きだとか恋とか、全然不慣れだったから、新しいクラスで友達になった人にだけ、上井くんのことが気になる存在って伝えて、でも絶対本人には言わないで、って言ってたの」

「そうなんだ…。ありがとう、色々教えてくれて」

結構長い時間、大谷さんと2人切りで話していたら、いつの間にか音楽室の方は静かになっていた。部活はもう終わったんだろう。

「だからね、もうアタシの気持ちを告白しちゃったようなものだけど…。これからも仲良くしてくれる?」

それに対して俺はどう答えるべきなのだろうか…。友達としてなのか、彼女としてなのか…。

<次回へ続く>


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